tall 「――どうかしましたか、ユーリ?」 天真爛漫な双黒の主――ユーリが深夜にさきほど地球から戻ってきた。いつもであれば、出会った瞬間に、笑顔をみせてくれるのだが今回はその笑顔がわずかに曇っていた。 濡れた衣服を着替えてもらい「まだ眠たくない」ということでコンラートの自室へと招き睡魔がくるまで適当に菓子をツマミながら談笑をすることにした。ユーリが夜遅くにスタツアするときの流れになっているが、彼は微妙にのり気ではなかった感じがする。ユーリはおそらくため息を帰還してから幾度がついていることに自分で気がついていないのだろう。 コンラートもはじめのうちはユーリが自分で悩みを口にしてくれるまで待とうと思っていたが、なかなか彼はそれを口にしてくれない。いいたくなければそれでもいいとも考えたが、さすがにやっと会えたというのになにをはなしてもうわの空でいられるのは、コンラートもつらい気持ちになる。以前それでも打ち明けてくれるのをひたすらに待っていたときユーリが深刻な悩みに押しつぶされて精神的に病んでしまったことがあった。 なので、コンラートはおずおずとユーリに尋ねることにした。 「んー……べつになんでもないよ」 すると、ユーリは紅茶に目を落としながらちいさな声で答えた。どこかもじもじとした仕草に今度はコンラートがため息をはいてしまいそうになる。 コンラートはユーリの向かい席に腰掛けるとそっと彼の手を取って握った。 「……うそをつかないでください。顔になにかあったと書いてありますよ。あなたがなにで悩んでいるかは俺にはわかりませんが、あなたが悩んでいることはわかっています。……俺ではユーリのちからになれない?」 ユーリの手を握るちからをすこしだけ強めていうと、彼のまつげがふるえた。 「ね……お願いです、ユーリ。あなたの悩みを教えてくださいませんか?」 ユーリが自分のお願いに弱いのを知っていて、このようなことを口にするのは少々卑怯だと思うが、こうでもしないと彼は言ってはくれないのだ。さかなのように泳ぐ視線をとらえてもう一度コンラートは主の名を呼ぶ。 「ユーリ……」 「コンラッドに言うほど深刻な悩みでもないし、どうでもいいことすぎてあきれると思うぞ?」 だから放っておいて。というユーリの心の声がコンラートには聞こえたような気がした。 「どんな些細なことでも聞きたいです。まえに言ったでしょう? 俺はあなたのことならなんでも知りたい」 「ったくその声卑怯だっつーの……。おれだってよくわかんないっていうか」 説明下手だからな? と、唇を尖らせる彼に頷いてゆびさきにキスをした。 「それでもいいです。はなして?」 「……っ! あいからわずキザなことやるよな、あんたってやつは」 ぱっ、と勢いよく手を振り払われ、額を小突かれた。それから、ユーリは長く息を吐くと「ほんとうにくだらないぞ」と前置きをしてから、はなしをはじめた。 「今日健康診断があったんだけどこのまえより身長が伸びてたんだ」 「……? よかったじゃないですか」 からだを鍛えるために地球でもこちらでも彼は、ロードワークやトレーニングをしてたはずだ。ユーリが理想としている体型は悪友のグリエ・ヨザックらしい。彼を目の前にして言えないが、正直日本人である彼が外人体型に近いヨザックのような体型になるのはむずかしいのと、このままでいてほしい。……まあ、でもユーリの努力が実をむすんだのはうれしい。背がほしいと言っていたし……なぜ、ユーリは悩んでいるのだろう。 「身長がほしいと以前言ってたじゃないですか」 言うと「それはそうなんだけどさ……」と再びコンラートから視線をはずして何度か口を開閉させ――出てきたことばはコンラートの予想もしないものだった。 「……だって、そしたら抱き心地わるくなるんだろ」 「抱き心地?」 「あんたよくいうだろ。『これぐらいがちょうどいい』って。コンラッドよりも身長が高くなる可能性は低いだろうけどさ」 数秒思考が止まりユーリのことばを脳内で反芻され、やっと理解し、コンラートは思わず突っ伏した。 「……」 「え、くだらなすぎて机に突っ伏するとかやめろよ。おれだって自分の気持ちがよくわかんなくていまいちテンションあがらないんだから」 突っ伏していて、ユーリの顔をみれないがほんとうに自分でもなにを言ってるのかよくわかっていないのだろう。 「コンラッド、なにかいえよ」 「……つまり」 「つまり?」 「ユーリがかわいいってことですね」 「は? どうしてその答えにいきついたのか意味不明なんですけどコンラッドさん」 おれ、かわいくないし。 ユーリのそのセリフをもう何十回、何百回。耳にタコができるほど聞いている。コンラートはそれを今回も否定した。 本当に無意識にこのようなことをするから、ユーリはタチが悪い。 コンラートはゆっくり顔をあげ「かわいいですよ。だって身長が伸びたら俺に嫌われてしまうとか考えてしまったということでしょう?」というとユーリは「べつに嫌われるとか……」と答えた途中、ぼっと顔を赤くした。無意識に口にしたことばが一体どのような意味を含んでいたのか理解したのだろう。 「……俺と抱き合ったり、ハグするのが気持ちよかったですか?」 「なんでそういうことケロっというかな! あんたは! い、いわなくてもわかってるだろ……っ」 「そうですね、わかってます。だから聞いたんですよ、うれしくて」 いますぐ、彼の手を引いてベッドに引きずりこんでしまいたいのを理性で押さえつけてコンラートは答える。 「大丈夫ですよ。あなたが身長が伸びても抱きしめるのをいやがったりなんてしません。……それでも心配になるようでしたら俺が意地でも自分の身長を伸ばします」 「コンラッドもう成長期止まってるんじゃないの?」 「俺が伸ばすって言えば、絶対に伸びます」と、いうとユーリはあきれたようにこちらをジト目で数秒にらんだあと、耐えきれないように吹き出した。それにつられるようにしてコンラートも笑う。 「そんないまどきの小学生でもそんなこといわないって」 それをいうならあなたのようにかわいいことで悩むひとのほうがすくないですよ、と言おうと思ったがコンラートはやめた。 彼にはかわいいことを言っている自覚がないのだから。 「ユーリ、ちょっと手を貸して」 有無も聞かずにコンラートは、ユーリの手を取ると小指を絡ませた。 「かわいい悩みを抱えるユーリと約束をしましょう。あなたがたとえ背が伸びても、もっといえば太っても痩せても俺はあなたを嫌いになることはありません。そんなあなたも俺は愛でますよ。嘘をついたら針千本飲ませてください」 「あんたがうそをつくとは思えないけど……喜んで針を飲むのを想像して笑いがとまんないや」 笑い過ぎて涙が出てきた、というユーリの手を掴んだままコンラートは立ち上り腰にもう一方の手を絡ませた。 「やっと今日はじめてあなたの笑顔がみれた。すこしでもあなたの悩み解決できましたか?」 尋ねるとユーリは「コンラッドが身長伸びたら解決だな」と甘えるように、確かめるようにコンラートの背中に手をまわす。 久々に腕のなかに閉じこめた愛しいひとはたしかにすこし以前よりも背が高くなったように思える。でもやはり、抱き心地がいいことにはかわりなかった。それに背が伸びたことでうれしいことがひとつ増えた気がする。 「ユーリ、顔をあげてください」 言われるままこちらを見上げる素直な少年の唇をコンラートは啄む。 「ああ、やっぱり、あなたの身長が伸びたことで以前よりキスをするまでの距離が短くなった」 啄んだまま、言うとユーリはコンラートの首に腕をまわした。 「コンラッド、」 「なんです?」 「ーー……すき」 脈絡もなく突然された告白に、コンラートは満面の笑みを浮かべた。 ……身長が伸びたても、なにが起きてもきっとこのひとに募る愛情は変わらない。 その思いを乗せるようにコンラートはユーリの腰をより引き寄せて深いキスをした。 END |