貴方に降り注ぐ絶望



「やり直しは、きかないよ」
 やり直しはきかない。村田は言い、はなしをつづける。
「……どんなことがあったって、時間は進むんだから僕らは前に進むしかないんだ」
 ここはゲームの世界ではない。現実はひたすらに前にしか進まない。と、自分の目の前で死にかけている犬のような表情を浮かべている男に言うが、おそらくこのウェラー卿コンラートという男は目の前が真っ暗で自分やヴォルフラムのことなどもう見えてなどいないし、はなしも聞いていないのだろう。
 本当に、どうしようもなくて殴ってしまいたい。
 だが殴ったところで意味がないのはわかっている。時間は待ってはくれない。効率良く使わなくては。
「ウェラー卿」
「……はい」
 力なく返事をするコンラートに思わずため息をつきながらも村田は言う。
「命令だ、ウェラー卿。地球に向かい、渋谷を連れ戻してきて」
 言うと、わずかにコンラートの目が見開かれた。自分もそうだが、どうも皆渋谷有利のこととなると冷静でいられなくなるらしい。我が主は罪深いお方だ、だと村田は苦笑する。
 コンラートがゆっくりこちらを見る。
「なぜ自分が? って顔をしてるね。それはそうだろう。きみたちふたりの問題なんだから、きみたちが解決しないと。もう遠回りするのやめてくれる? みんな迷惑してるんだ」
 そう、かなり迷惑している。ユーリもコンラートも簡単なことを難しく考えすぎて遠回りをしているせいでこっちはずっともやもやしているのだ。
「しかし……」
 それでもなお、なにかを言おうとし動かない男に切れたのはヴォルフラムだった。盛大なため息をついてこちらに近づいてくる。
「……本当に貴様は、どうしようもない男だな。コンラート。猊下がここまでしてくれたのに幼児のごとくだだをこねて、我が兄であることが恥ずかしい!」
 冷や水がたっぷり入ったポットを手に掴むと足早にコンラートに歩み寄ってその中身を頭からぶちまけた。
「さっさと行ってこい!」
 村田は両手をコンラートに向けて魔力を注ぐ。すると、髪や服。床に投げ捨てられたポットの水がうねり出した。
それをみてヴォルフラムは寝台の横に用意していた袋を呆然としている男に投げる。
「コンラート! 貴様がユーリを連れてくるまでこちらには帰らせないぞ!」
 コンラートが口を開く。しかし、それは音になることなく量を増した水のなかへと飲み込まれーー消えていった。

 そうしてふたりだけになった室内で村田は、ふんと鼻息をしたヴォルフラムに向かって声をかけた。
「水を頭からぶっかけるなんて……そういうことするフォンビーレフェルト郷、僕すごく好き。きみも結構サディストだよね」
「さで……?」
「こちらでは加虐的性欲っていうのかな。まあいわゆる鬼畜ってこと」
 言うと、ヴォルフラムはニヤリと笑い「まあ、あんなどうしようもない兄がいるからな」と言った。その笑みを見ると、さきほどの涙は演技なのではと思ってしまう。まあ、そんなことはどうでもいい。
 なんだかんだ、自分たちはあのふたりが好きだということには変わらない。
 このゲーム。絶対バッドエンドで終わらせてやらない。
 これからのふたりがどうなるのか考えながら、再び焼き菓子に手をのばした。

END

ぼくらの主に絶望なんて似合わない。
thank you:怪奇

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