ごめんね、なんて云わないで
 

  たいぶこちらの文字も読めるようになり、王様業もゆっくりだがグウェンダルから以前よりは引き受けるようになった。
 そうしてすべての仕事を終え、自室に戻る途中に疲労からか無意識にため息をつくと半歩ばかり後ろを歩いていたコンラッドがふいに「ごめんね」と言う。
「なにが?」
 有利は答え、後ろを振り返って彼に顔を向けるとコンラッドはとても悲しそうな表情していた。
「……もっと、ゆっくり学んでいくはずでしたのに」
 それはきっと、彼が自分のもとを離れシマロンの兵になり、そのあいだ自分は幼稚さと無知を悔やんだ。もっと大人にならなければいけないとあのとき、いまさらながらに学んだのだ。
 あの出来事がいいとはいまでも思えない。しかし、学ぶべきことを学んだ。
 だから、そんな顔をするのはずるい。と、有利は思う。彼がいなくなって王様らしくなった自分。それを彼は悔いているのだろう。
「いままでがゆっくりすぎたんだよ。あの速度で学んでいたら、無知すぎる王様だって民にもほかの国にも笑われてた」
 コンラッドのせいじゃないよ、とはうそでも言えなかった。彼は自分を甘やかすのが好きだったが、もう自分はコンラッドに甘えることはできない。大人になるといままで考えなししていた行動ができなくなるものだと今更ながら実感する。成長するとできることも得るものも多いが失うものも多い。色々と考え過ぎて言えなくなることも増える。なのにまたコンラッドは言うのだ。
「ごめんね、ユーリ」
 ごめんね、なんて聞きたくない。だってそしたらコンラッドを許すしかないじゃないか。許したくなんてないのに。
 もうコンラッドに対して、怒りはない。彼は彼なりに自分のことや国のことを考えてした行動なのだから。しかし、やはりどうしても許せないのだ。
 謝罪なんて、聞きたくない。
 有利は、ちらと周りにだれもいないことを確認してからそっとコンラッドの頬に手を伸ばした。
「部屋、行こう」
 言うと、コンラッドは頷いて再び半歩後ろを歩こうとしたので頬から手を離して隣を歩くように言えばわずかに表情が明るくなった。
 ごめんね、なんて言わないでほしい。コンラッドのことを許せない。
 それをきっと彼もわかってるはずだ。だから、こちらの返事は聞かないのだ。
 部屋に着いたらドアに鍵をかけよう。それから、抱きしめたい。再び会えたことを慈しむように。いつか、彼のことが許せるように。

END


――おれたちは、ゆっくり前に進んでいく。いろんなものを失いながら。