愛してるで締めくくる
 

 村田は資料を探しに血盟城の書物庫を訪れていた。
 目的の本をいくつか手に取り廊下を歩いていると窓から友人と友人の護衛が中庭にいるのが見えた。王と臣下。中庭に見えたふたりの姿はそんな関係には見えなくて、仲睦まじい恋人にしかみえない。いいなあ、村田は彼らを目に映して「いいなあ」という言葉を口内で転がした。
 恋人、というのはあのふたりのようなことをあらわすのだろう。いいなあ。普段は羨ましいなんて思わないが、時折無性に羨ましくなることがある。そのように感じるときは、あの男と肢体を重ねたあとの二、三日してからこの症状がでる。
 性行為のきっかけは忘れてしまったがこの関係はきっと成り行きであり、行為に意味はない。互いの性欲を満たすだけに肢体を重ねる。自慰と大差なんてない。
 それでいいと思っているはずなのだが、空っぽな時間を過ごしていた事実を中庭のふたりを見ていると思い知らされるのだ。
 いいなあ、を何度も口内で転がす。
 あの男は、優しいがそれは誰に対しても同じことで自分が特別な存在ではないことを村田は知っている。特別であれば、会うたびに他のひとの香りなどしない。
「あらま、猊下じゃないですか。本、重いでしょう。オレが持ちますよ。と、いうか顔色悪いですね」
 あの男――ヨザックが執務室から出てきた。任務が終わって帰ってきたのだろう。相変わらず、人懐っこい笑顔だ。誰に対しても同じ、笑顔。
「ヨザック、あのさ」
「なんです?」
「デキたみたい」
「できた? なにが」
「きみのコドモ」
 同性同士の性行為でできるわけがない。馬鹿なことを言った。なぜこんなことを言ったのか、気がつくと口から零れ出していた。
 またご冗談をと彼は言うのだろう。からかわれるのは嫌いだ。とくにいつもばかにしている彼に言われるのは不愉快に思う。彼のことばを否定し、かつ自分の手で転がすような返答を考えているとヨザックは「それじゃ、責任とらないといけないですね」と言った。
「セキニン?」
 セキニン。セキニンとは一体何に対してのだ。
「オレのコドモが猊下の腹にいるんでしょう。だから、結婚前提で付き合っちゃいましょうか? 猊下もコドモも大切にします」
 コドモなんてできないことを彼は知っているはずなのに。いたく真面目にヨザックが答えて、村田は喉の奥になにか詰まったような感覚を覚えた。こんなの冗談よりタチが悪い。
「なにそれ求婚?」
 それに加え、やっと出てきた声は馬鹿なことしか言わない。今日の自分はどうかしている。どうかしているのはわかるが、どうにもできない。
「ええ、もちろんですよ。告白してます。あとは返事待ちです」
 求婚をしていると言うわりには、緊張感が感じられない。あいさつと変わらないような口調。なんて嘘臭い。声に重さが軽い。
「愛しています」
 と思うのにこちらに歩み寄る男にそんなことを言われた途端、不覚にも涙が溢れてきた。抱きしめられると今までの空っぽだったふたりの時間が埋まっていくように感じる。
「……コドモなんてできるはずないじゃないか、馬鹿ヨザ」
 声が震える。先ほど喉元に詰まっていた何かがほろほろと口から放たれていく。
「ええ、そりゃ残念だ。でもま、オレは猊下と結婚前提にお付き合いしたいと思うんですけど。返事きかせてくれませんかね?」
 こんなとき、なんて答えるのか忘れてしまった。四千年の記憶がまったくもって生かされない。どうすればいいのかわからない。
 わからなくなったとき、中庭のふたりの顔を思い出した。思い出すと自然に強張っていた表情が緩む。
「なんてまー可愛い顔して笑うんでしょうね、猊下は」
 ヨザックの唇が口唇に押し当てられて、やっと理解する。
 きっと、自分はずっとこの男に愛していて、愛されたかったことを。
「愛しています」
 そうしてこの話は、どこにでもある愛のことばで締めくくられた。

END


――いいなあ、はもう口のなかで転がさない。