「おおう……」
目がぱっちり冴えていた。すこしも眠気は余韻を残さず、ぱっと。ベットわきに置いた目覚めし時計はアラーム予定時刻より一時間もはやい。五時半。寝れなかったわけじゃなかったけど、気持ちは自分で思ったよりずっと今日を思っていたらしい。
起きあがり、ゆっくりとカーテンを開ける。
眩しい光に思わず目を瞬かせ、同時に口端をゆるめた。
雲ひとつない、晴天。無意識にちいさくガッツポーズをしていた自分がちょっとだけ恥ずかしい。
「でも、ま。うれしいからしかたないよな」
おれはひとりごちてクローゼットへと向かう。秋十月の下旬ともなると朝は一瞬身震いするくらいに空気が冷える。早々とスニーカーソックスを履き、クローゼットを開ける。ハンガーにかけられたもう何年と使い回しているコートやジャケットがぎゅっと詰められているなかで一式の衣装だけがすこし間を開け掛けてある。
この日のためだけに、村田に放課後付き合ってもらい買ったデート服もとい、勝負服。ふだんは、適当安価な値段を重視した適当な服ばかり見繕っていたから、流行なんてまったく知らなかったし、大手チェーンのファッションセンターでしか買い物しかたことなんてなかったから、村田におすすめしてくれたお洒落な服屋で値札をみたときはその値段の高さに驚いた。ゼロの桁が一個違うし、ぴったりとしたズボンを試着したときなんてぴっちりとしていて違和感がすごかった。でも、クラスの女子からも私服がオシャレだと評判の村田様にかかれば垢ぬけず中学生に間違われることもあるファッションがうそのような変身を遂げる。
店員さんと、村田にお墨付きをもらってバイト代をつぎ込んで買った一式の服。今日の先生――コンラッド、とのデートを想像しながら着替えをはじめる。
リブの入ったホワイトカラーVネック。グレーのモヘヤタッチカーディガン。デニムのスキニー。ワンポイントでシルバーのネックレス。
村田が教えてくれた服の名前を歌うように口ずさんで繰り返す。
姿見の鏡には見なれない服に身を包んだはにかんだおれが映っている。
いつもより大人っぽく見えるかな。
はにかむ頬を軽く手ではたいて、真面目な顔を作ってみる。が、すぐに緩んでしまいものすごく変な顔になってしまう。
……会うまえから心臓ばくばくしてるとか、本人目の前にしたらおれどうなっちゃうんだろう。
まるでお袋が愛読しているべったべたな少女漫画のような思考回路に振り回されている自分に若干憂鬱になりながら机に置いていた携帯電話の電源を入れるとメールが一件あった。送信相手は村田健。件名は『※必読』と書かれている。本文に目を通しておれは机に突っ伏した。
「これは難題だってば……」
たしかに、必読だった。きっと村田にはおれが今回のデートでいま以上の発展を望んでいるのは悟られているからこその必読なんだと思う。
本文内容はこうだ。
『キスの雰囲気に持ち込める十のテクニック』
十のテクニックは、どれもこれも奥手なおれには難しいものばっかりだ。
メルヘン男子
(困難なテクニックだと思いながらもシチュエーションを模索しながら目を通した文面の最後が『P.S頑張れメルヘン男子 (○-○)ノシ』で締めくくられてちょっと恥ずかしくなり、再び机に沈んだのはそれから数分後のことだ。)
thank you:深爪