朝食を食べながら、テレビ番組に目を向けているとちょうど占いになっていた。その占いもほとんど終わりに近づいて今週の運勢上位しか残っていない。もう獅子座は終わっちゃってるかな。
 と、ぼんやり思いながら三位、乙女座。二位は、牡羊座。そして、一位。
『――今週の一位は、獅子座のみなさんおめでとうございます! 恋愛運が最高潮! 恋人がいるひとは週末デートに誘ってみるといいことが起きるかもしれません! ラッキーカラーは……』
 なんと、一位は獅子座だった。いや、べつにだからどうしたってことじゃないけど、恋愛運が最高潮、デート……このふたつの単語につい過剰に反応してしまう。思い浮かぶのは自分にはもったいないくらい素敵な恋人がいる。英語教師のコンラート・ウェラー先生。補習の授業から、色々とあって恋人同士になった。付き会ってからまだ一度もけんかなんかしたことないし、とくに問題もなくお付き合いをしてるんだけど――正直、いまのままの関係じゃいけないじゃないかって思ってる。
 受験生と呼ばれるおれと、そのおれや生徒をフォローする先生は、忙しくなった。だけど、帰りは一緒に帰ったりするし、日があればデートもしてる。だけど、そのデートが問題なんだ。
「……はあ」
 考えると思わずため息が出てしまう。デートはいつも楽しい。この時間が続けばいいのにって思うくらいに。でも、デートのときはいつも先生がおれを誘うまえに計画を立てていて、食事代や映画やデートスポットなどのお金も全部出してくれるんだ。そのたびに申し訳なくてすこしでも彼の負担を減らそうと財布を開けるけどすぐに遮られて「気にしないで。俺がしたいんだ」って言ってくれる。
 でも、おれは彼と対等な立場に立ちたい。
 そりゃ、バイトの給料なんて一ヶ月もつかもたないかってくらい貧相なものだけど、それでも与えられるだけなのは違うと思うから。
 無意識に二度めのため息が口からこぼれ落ちる。どうしたらいいんだろう?
「ゆーちゃん! そろそろ家出ないと遅刻しちゃうわよ!」
「え、うそ! もうこんな時間!」
 もの思いにふけていたら家を出ないとぎりぎりの時間になっていた。慌てておれは食べかけの食パンを口のなかに突っ込み、牛乳で流し込んで玄関へと走る。
 すでに、この時点で、運勢最悪が気がするんだけど。
 三度めのため息を吐きながらおれは全力疾走した。



* * *



 ――なんとかぎりぎりで登校時間に間に合って、おれの体力はそこで力尽きた。もう、勉強に身がはいることもなんてあるはずもなくノートも居眠りしたりぼんやりでほとんど取れなかった。やっと頭と体力が回復したのは、お昼ご飯を食べてから。となりのクラスの村田とそれと同じクラスの武田と岡田と談笑していると、とつぜん思い出したように武田が財布を取り出し数枚紙を取り出した。
「これお前らにやるよ。ひとり一枚ずつな」
 受け取ったものはカラオケの半額チケットだ。
「どうしたの、これ?」
 村田が尋ねると武田は「この前大人数の合コンに行ったときに、カラオケ行ってそのときもらった」と答え「収穫はこれだけだったよ」とうなだれる。
「会計のときに配られてさ、半額チケット貰って女の子に配ったらみーんないらないって言うんだもんな。普通貰うもんだろ。あれ遠回しにもう会いませんって言われたみたいで傷ついたわ」
 肩をすくめた武田に「まあまあ、つぎがあるだろ。元気出しなよ」とおれが肩を叩けば羨ましそうに横目でこちらを見つめる。
「……なんだよ、その顔は」
「リア充してる渋谷に言われると悔しいっていうかなんていうか。ああもう、いいなあ! 渋谷には恋人いて!」
「俺も羨ましい!」
 武田と岡田は頭を手で覆い大げさなリアクションをとり、おれは瞬時にぼっと熱で頬が染まるのがわかった。
「……村田っ!」
 小声で、村田を窘める。おれと先生が結ばれたことを知っているのはこいつだけなのだ。
「べつに隠すことでもないでしょ。高校生ともなれば恋人ができてもおかしくない年頃だし。僕は渋谷の恋人がだれかとは言ってないよ。浮いた話があれば牽制できるしいいじゃない」
 しれっとした顔でペットボトル(お茶)に口を付けながら村田が言う。
「は、牽制って?」
 一体なにから? おれが小首を傾げると村田は「いや、渋谷は気にしなくていいから」と答えそれから武田から受け取ったチケットをおれに渡す。
「僕、カラオケとか行かないからこれあげるよ。そういえばここって結構高いお店のじゃなかった?」
「そうなんだよ。せっかくバイトで貯金したお金を崩して行ったんだ。部屋とサービスはかなりいいぜ」
 武田は、しょげた顔のまま答え、村田と岡田が相槌を打つ。
「じゃあこれで武田が言ったように、渋谷は恋人とカラオケでも行ってくればいいじゃない。きみ、恋人に頭が上がらないんだろ」
「うっ」
 さらり、と痛いところを突かれて思わず声が出る。村田にはなにかと相談しているから(誘導尋問もされるけど)、とくになんとも思わないけど、武田と岡田やほかのひとには恋人のはなしなんて一切持ち出さないので、武田と岡田は興味津々と言ったように視線をこちらに向けた。
「え、渋谷恋人に頭上げられないのか?」
「渋谷の恋人は、秀才だからね。恋人がデートスポットに連れ行ったり、食事代を出してくれるから頭が上がんないだってさ」
 村田のばか! 暴露しすぎだろ!
 焦って、村田の脇を突くが「大丈夫だよ」と村田は笑うだけで、一切フォローをしてくれないらしい。
「ふうん。やっぱ男ならリードしたいもんな。できる彼女っていうとやっぱり年上かあ。ここ、予約制だし大人もなかなか行けないって言ってたから行ったら?」
 武田が言い、続けて岡田が「かわいそうに」と同情の声をもらし「っていうか、恋愛からかけ離れてると過言ではなかった渋谷に恋人ができたのは俺達も素直にうれしいし、うまくいってほしいよ。おまえの泣き顔みたくねえもん」と笑った。
 岡田のことばに武田がうんうんと頷く。さっきまで、冷やかすようなリアクションをとっていたのに、どこか微笑ましさを思わせる表情を見せるふたりにおれはなんだか気恥かしくなる。
 そういえば、占いでも週末のデートはいいことあるみたいなことを言っていたし、勇気を出して先生を誘ってみようか。こんな機会なんてめったにないし。おれは手にあるチケットを見つめながら考える。
「じゃあ、武田くんと岡田くん。今週暇なら僕と付き合わない? K女子高の子と合コンがあるんだけど、ふたりほど面子が揃わなくて困ってるんだけど、どうかな」
「「行く!」」
 村田のことばに目をきらきらと輝かせて、武田と岡田が声を揃え、手をあげた。
「K女ってあのかわいい子がいっぱいいるお姫様学校だろ! 行かせてください!」
「村田様!」
 友達想いのいい奴らだと思っていたのに、おれのことなど忘れたように武田と岡田は村田へと熱い視線を注ぐ。
 まったく現金な奴らだ。ちょっとだけむくれてしまう。
「了解。じゃあ、さきにK女の子のほうに面子がそろったこと連絡するよ」
 村田が携帯でメールを始めて、すぐにおれのズボンのポケットが震える。メールが一件。
『日曜日にウェラー先生を誘いなよ。だれも邪魔しにこないから』
 それは、村田からだった。村田のほうを振りかえれば、優しい笑みを浮かべている。
 おれはちいさく頷いた。
 村田のばか! って思ってごめん。なんて心のなかで謝るおれもおれでけっこう現金な奴なのかも。なんて微苦笑しながら、おれはカラオケのチケット二枚を財布にしまいこんだ。
 誘うなら、今日の放課後だ。
 



まず君とデートの約束をします


 それは、おれにとってかなり高度な課題です。





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