どこで選択をあやまったのか、なんてわからない。気がついたらいつも自分は選択をあやまっているのだから。いや、最初から選択しすらなかったのかもしれない。 諦めろ。 選ぶこときは、このことばが頭に浮かぶ。どうせ手に入れたところでそれをいつまでも執着するのかと問われればそんなことはないと思ってしまうのだ。子供が泣きじゃくり欲しがったおもちゃを手に入れたところで数日も経てばそんなことを忘れてしまうをコンラートは知っていた。おもちゃでなくと友情や恋人もそのようなことだろうと感じていた。 だから、なんでも諦めて生きてきた。 大切なもの、大事なものは極力触れないように生きてきた。大切に、大事に腕のなかに閉じ込めて守ってみようと思うこともあったがそれは単なる独占欲と優越感を生むことでしかないとルッテンベルク騎士団に入隊してしてから痛感した。自分はなにひとつ守れなかった。共に戦った友も、国も、なにもかも。 なら、最初から手にしないほうがいい。 そう思っていたはずなのに。 ユーリと出会って、望んでしまった。 望んではいけないことを。気がつけば、彼はそばにいてくれた。だれよりも近い存在で尊いものになってしまっていた。 自分が彼にとって必要だと言われたときどんなにうれしかったことか。しかし、同時に恐怖を覚えたのだ。 ――ユーリを失ったら自分はどうしたらいいのだろう。 考えると、怖かった。友人であるスザナ・ジュリアが亡くなったあの日に知ってしまった己の失望感と埋まることのない消失感。最初から、大切なものをつくらなければあんな想いをもうすることはないとわかっていたはずなのに。 それでも一度手にしてしまった感情を消しさることはコンラートにはできなかった。 だから、こんどこそはと守ろうと思った。ユーリのためなら命を投げ出すことなんて容易い。いや、むしろ死にたいと思っていたのだ。死んだらなにも守らなくていい。この感情もなにもかもなかったことになる。死ねば、すべてが終わる。 四つの箱の線上にあった――シマロンとの対立はその点からすると、コンラートにとって都合がよかった。ユーリを悲しませることは胸は痛んだが、それ以上にほっと安堵をおぼえた。 いっそ自分のことを憎んでくれたらいい。できれば、彼の手で一生を終わらせたい。でも忘れ去られるのは嫌だ。だから、できるなら憎んでほしかった。彼の、ユーリの場所に戻れなくとも心にどんな形であれ残っているのなら――本望だ。 でもユーリはそんな自分の望みをかなえてはくれなかったのだ。自分を憎んでくれなかった。ずっと自分を欲してくれたのだ。……そうして、戻ってきてしまった。なんの処罰も受けず、離反するまえと同様にユーリの隣に、いる。 一度決心した想いは、そうやすやすと揺らぐことはなく胸でしこりのように残りいまも自分を苛んだ。 もう二度とこの場所に立てると思わなかった。思いたくなかった。 なにも守れず、なにも大切にできなかった自分。そんな自分を守るユーリ。その小さな後ろ姿をだれが守ってやるのだろう。だれかが守らなければいけないのに、自分にはできない。 毎日風に乗ってくる、非難の声。 『どうして、ユーリ陛下の護衛にコンラート・ウェラーがいるのだ』 『一体、魔王はなにを考えているのか』 大人になったといわれる少年は、嘘を覚え、隠しごとを覚えた。愛想笑いも。 守るべき者のために。 なのに、自分は……どうして彼を傷つけることしかできないのだろう。 たった一言がいえない。 「どこで自分は選択を間違ってしまったのでしょうか……」 目の前でヴォルフラムが泣いている。 猊下が口を開いた。 「最初から、間違えていたんじゃないかな。どうしようもないね」 ゆっくりともとの形に戻ろうとする陶器の破片。 「やり直しは、きかないよ」 まったくもってそうだ。自分で外してしまった首輪。 すこし、首元がさびしいとコンラートは思う。 |