この両腕は君を泣かせない為にある




 頭を使うときには、糖分がとても欲しくなる。
 村田はコンラートとヴォルフラムが戦う姿を机上に用意された焼き菓子を摘まみ、どっかりと椅子の柄に背中を預けながらみていた。
 そんな自分の姿が、アメリカ人がポップコーン片手に映画鑑賞をしている姿を彷彿させて思わず笑いが込み上げた。
 剣のぶつかりあう音。物が落下するもしくは破壊される音が絶え間なく耳に入る。部屋は荒らされたように汚い。ヴォルフラムの怒号が飛ぶ。これだけ派手にやっていれば騒ぎを聞きつけて誰か現れそうな気がするが、誰かがくる気配はない。
 それはそうだろう。
 ここは自分が作った部屋なのだから。この部屋だけ一定の時間を止めている。どんなに破壊しても元に戻り、音も漏れないよう結界を張ってある。
「陛下は、貴様の行いにお心を痛めていた! 貴様には、陛下を守る義務がある。シマロンとの戦いのなかで忠誠を誓い、帰還をしてもう一度僕と猊下とヨザックのまえで陛下への忠誠をしたのに……なぜ、貴様はっ!」
「もちろん俺はユーリ陛下に忠誠を誓った。俺の一生、命、すべてはユーリ陛下のためにある。しかし、それとこれとははなしが別だろう。俺は人形ではない。人間だ」
 剣がぶつかり合う。さすがルッテンベルクの獅子と謳われる男。息一つ乱さない。適格にヴォルフラムの急所を狙い続けている。けれど、ヴォルフラムも己の感情に振り回されて剣の扱いを狂うような男ではもうない。向けられる剣先を絶妙なタイミングで払いのけていく。
 五分……というにはすこしヴォルフラムのほうが、ぶが悪いがそれも計算のうちだ。たしかにコンラートは腕の立つ剣士ではある。が、この戦いでは腕が立つだけでは勝てない。
「大層なことを言うじゃないか、ウェラー卿。きみが人間なら、きみが忠誠を誓う魔王陛下も人間なんだよ。きみの行いに心が傷ついてないとでも思ってるのかい?」
 コンラートは、答えない。聞こえないふりでもしているのだろう。
 ……まったく誰に向かってそんな口をきいているのか。
「渋谷はだれよりも純粋な心をもっている。そういうひとはね、ひとの気持ちに敏感なんだ。特にきみのように澱んだ気持ちを持ってるひとには」
 ユーリは対創主用に眞王が選んだのだ。たくさんの犠牲をはらって。もともとの彼本来の性格もあるのだろうが、眞王の思惑も作用している。
「困るんだよ、そういうの。きみがさ、無意識にやってるうちはかわいいなって思うけど、渋谷に意識してもらおうっていうのは解せないよね。気持ちわるいよ。ヘドがでる」
 ヴォルフラムが体勢を低くして一歩前に踏み出す。左胸を狙って。コンラートは表情を変えず、状態を後ろへ反らし避けるとまるで剣舞のようなしなやかな動きでヴォルフラムの喉元を狙う。前衛姿勢でコンラートの攻撃をかわすのは難しい。ヴォルフラムの目が大きく見開く。
「――ねえ、きみが怒る理由なんてどこにもないんだよ。ウェラー卿。渋谷は王としての義務を果たしただけなんだ。きみはなにを怒っているの、渋谷有利が汚れてしまったことかい?」
 どんな結果も予想していた。ヴォルフラムが殺される仮定もしていた。村田はティーカップをコンラートの顔めがけて投げる。それに意味がないのを知っている。案の定、コンラートは避けた。けれど、彼の刃先はヴォルフラムの喉へ到達することはなかった。
「あのさあ、最初っから言えばよかったはなしでしょ。渋谷有利が好きだって」
 鈍い音を立てて剣が床に落ちる。
「勝手に理想を押しつけて、自分の手の届かないひとにして、納得してでも納得仕切れないのわかってたはずだよ。きみがフォンビーレフェルト卿やぼくに感情を向けてもそれはただの八つあたりってやつだ」
 コンラートは黙っていた。
「なんのためにきみは、渋谷を裏切って、泣かせて、剣を向けて、敵になったのか思い出してごらん。渋谷のためを思ってだろう。王を護るために、なにより渋谷有利を守るために。その腕はだれのためにある」
 コンラートが左腕をさする。それから小さく呟いた。
「……この腕は、泣けないユーリを泣かせるために、抱き締めるためにあります」
 どこで自分は選択をあやまってしまったのでしょうか。
 誰に問うわけでもなく、抑揚のない声が室内に響き、ヴォルフラムが震える声で「このへなちょこ」と言った。
 泣けない男の代わりに、泣いていた。
 泣けない男が泣く場所もまたひとつしかないのだ。


計画外だったことは――彼が泣かなかったことだ。
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