他愛もない会話をしながら、湯殿へと向かう廊下でコンラートは未だ拭えないユーリへの不信感があった。 ここ一ヶ月で絶対にユーリの雰囲気が変わったことだ。離反してから、信頼関係というものがほぐれているような気はしていた。末弟との婚約破棄や猊下との接吻も主は自分に言ってはくれなかった。もとより彼は悩むと口を噤んでしまう傾向はあったがそれらは表情や雰囲気から読み取れたが……いまはどうだろう。 ユーリは、なんでもないことのように表情をつくり婚約破棄にいたっては笑顔を浮かべていたのだ。おそらく猊下との接吻も尋ねれば素直に答えてくれるだろう。しかし、反対に正直はなしてくれてもそこにある本当の感情が読みとれない。それでは、意味がない。自分は、彼の素直で純粋は表情が陰るのが好きなのだ。自分に対していらない罪悪感を胸に抱いているような表情が。 それがどうしてこんな風になってしまったのだろう。問いの答えはすでに出ている。 ユーリはもう自分に絶対的な信頼を持っていない。持つ価値のない男だと切り捨てられたのかもしれない。 だとすれば、主はいまだれに信頼を委ねているのか。猊下、それともヴォルフラムか。考えると胸が熱を持ったように熱くなる。もとより、自分がどんなにユーリを愛してもこの願いが叶うことはないことはわかっている。想うだけのみ赦される。自分が願うことはひとつも叶えていけない。しかし、屈折したもうひとつの澱んだ想いがそれを良しとしない。 まあ、どんなに虫の居所が悪かろうがなかろうがゲームは進む。ひとりよがりのゲームはひたすらに。 脱衣場に着いて、いつものようにユーリが上着を脱ぐ。上着を受け取るとなにかを思い出したように目を見張る。一瞬であったが、コンラートは見逃さなかった。一体なにに動揺したのか。 「……どうかしました?」 尋ねながら、ユーリの視線を追う。わずかにユーリの視線が自らの肩に視線が移動したのを確認して思わずコンラートは笑いが込み上げそうになる。 どうしてこうも自分の思ったようにことは運ばないのだろう。 ユーリがいつもコンラートの想定する以上のことをすることはわかっていた。けれど、ここまでするなんて考えるはずもなかった。 主は純粋で、気高く、神様のような存在だったのに。 ――ああ、どうして。 「その首筋にある赤い痕、どうしたんです?」 慎重なことば選びをしたのだが、口から出た声音は低く静かで問いただすようなものでコンラートは奥歯を噛んだ。これでは顔に出さずとも相手に思惑を悟られてしまう。 想定外が起きようともつねに冷静に表情やなにもかもを隠して、平常心でいられる拷問訓練を受けてきたというのに。こんな簡単に崩れてしまうなんて。 「……ああ、これ?」 ユーリはためらいもなくシャツのボタンを外して首筋を晒す。一ヶ月もまともに外に出ていない肌は太陽の光に白く反射しているように見えた。白い肌に赤がとてもよく映える。赤い痕は赤い花にも見え、そこから甘い匂いが漂っているようだ。 頭がぐらぐらする。 コンラートは、ひっそりと息を飲んだ。息と同時に憤りも飲み込む。 「――淫乱ですね」 しかし、飲み込んで吐き出した二酸化炭素とともに出たことばは、あまりにも稚拙で悪意に満ちていた。吐きだしたことばはもう消すことも捕まえることもできず、ユーリの耳のなかに潜りこみ、かたつむりのような器官を巡り、脳へと送られる。 ことばを理解した彼の目が突としてぱっと開いたかと思うと刹那表情が和らいだ。 まるで、安堵したかのように。 thank you:怪奇 |