「ふふっ」 眞王廟の大量の書物に覆われた部屋、窓から血盟城を見つめて漆黒の髪と衣装に身を纏う少年もとい大賢者であり猊下と呼ばれる村田健が楽しそうに突然無邪気な笑い声をあげた。 「なにか楽しいことでもありましたか、猊下」 書物の整理をうけたヨザックが尋ねれば「こんな愉快なことはないね」と猊下は視線をヨザックへと向ける。その瞳は王と同じ漆黒の色であるのに、まったく雰囲気が違う。王の瞳は黒くも太陽のあたたかさがあるが柔和に目を細めたまるで猫のような少年は王とは反対でどこか冷たくひやりとした月のような印象。 しかし、冷たいだけではないことはよく知っている。 「……しかし、あんなことをして坊ちゃんに嫌われたらどうします?」 苦笑を混ぜながら言えば、「平気だよ」と少年は言い一通り目を通した本を棚に戻していく。 「だって僕と渋谷は友達だから。嫌われたって喧嘩したって仲直りできる」 そういうものなのだろうか。 ヨザックは思ったが、口には出さなかった。猊下の目には絶対的な自信がある。 「……僕のやっていることは余計なお世話なのかもしれない。だけど、渋谷だって僕に対して同じくらいいやそれ以上に余計なお世話ってことをやってきた。そのたびに僕は彼をうっとおしく思ったけど、きっと渋谷が動いてくれなかったら僕はきっといまのように笑ってなんていない。僕は渋谷にもう一度笑ってほしいんだ。僕がやったことは無駄じゃない」「ええ、そうですとも。猊下。あなたはいつだって正しい」 その正しさのまえに自分は焦がれて、跪いて足先に接吻を落としたいと思うほどに。 月の冷たさを彩る瞳をうっとりと見つめてヨザックはここ数か月間のことを思い出す。たったひとりのかけがえのない友人のために、このひとはどれほど頑張ってきたのかを。 「ではコンラートの援護はオレがしときます」 「お願いするよ。どうせ自分が思ったとおりに物語が進まないばかりか予想外の展開に頭おかしくなると思うから。あ、でもすぐに助けちゃだめだよ。しっかり後悔されてあげなきゃ、意味がない。……まあ、渋谷も同じだけど」 ふたりとも、しっかり自分のしでかしたことの重大さを知らないといけない。 なんてわざと意地の悪そうな表情と言い方だが、その態度、発言の裏はとてもやさしい。 「……なに笑ってるの、ヨザック」 「いえ、猊下はおやさしいな、と思いまして」 言うと、猊下は肩をすくめてまたちいさく笑う。 「僕がやさしいのはあたりまえのことだ」 「ええ、仰るとおりです」 猊下はいつでもやさしい。彼のやさしさはひやりとつめたいが、本当は太陽にも劣ることのないあたたかさも持ち合わせている。 とくに、友人である渋谷有利というに対しては最大級に甘く、やさしいのだ。 「さあて……ウェラー卿と渋谷はどんな愉しいことをしてくれるのか、書物の整理が終わったら血盟城へ行って見てこなくちゃ」 「そうですね」 あの歪んだ愛情と思考と行動のさきに欲するものがどうなるのかをあの男は知るべきなのだ。 猊下と自分の感情はきっといま同じものがあるはずだとヨザックは思う。薄い笑みを浮かべながら書物を次々と棚に整理していく。 「あのふたり。さっさと、啼いて、嘆いて、悔やんで、壊れてずたずたになっちゃえ」 きっとこのお方は愉しんでいるのと同時にかなり憤慨しているに違いない。 |