一日、二日、十日と日は過ぎて主の護衛から離れて一ヶ月も立ったあくる日のこと猊下が自室で次の任務の支度をしていたコンラートの部屋を突然訪れた。とても楽しそうな微笑みを浮かべて。 「おはよう、ウェラー卿。長い間、たくさんの任務を請け負ってくれてお疲れ様。突然だけど今回の任務はヨザックにお願いしたからきみは今日から渋谷の護衛を頼むよ。きみへの罰は終わりだ」 「はい。……このたびは軽率な行動をとりたいへん申し訳ありませんでした」 深々と頭を下げ、コンラートが謝罪をすると村田は「ああ、頭なんか下げなくてもいいよ。顔を上げて」と言い「上辺だけの謝罪なんてちっともうれしくないから」微笑を浮かべたまま、コンラートの想いを見透かしたようなことばを口にした。 猊下は苦手だ。ひとを見透かしていて、それでいて己のことはまったく見せてくれない。 コンラートにわかるのは、猊下がいまなにを考えているのかわからないことだけだ。 「ウェラー卿がまったく反省と成長なんてしてなくても我らの魔王はきみがいなくてもとても優秀だからね。しっかり毎日お仕事をこなしてお勉強にも励んでたった一ヶ月でかなり成長したんだ。たまにはべったりくっついているきみたちを離すこともいいのかもしれないね」 「そうですか」 たしかに、主、ユーリと会う機会があるのはここ一ヶ月で数回だけであったが雰囲気が変わったように思えた。ユーリの成長はとても喜ばしい。だからといっていま自分の胸に蟠るこの歪んだ感情が抑えられるわけではない。反対に主が王として確立していき大人の対応ができるそれがおもしろくてたまらない。まだ、成長しきれていない感情を突いて壊してしまいたくなるのだ。 対立していた一年前を思い出す。そして再開したあの日々のこと。 ユーリの精神が不安定になって、自分に依存していたこと。 心の傷が癒えるのは時間がかかる。そして心の傷は完全に癒えることは少ない。それが深いものであればあるほど、すこしでも突けばさらに傷口は大きくより一層の痛みをともなって精神を崩壊させる。 最低な男だと自分でも思う。 ユーリに絶対的な忠誠を誓い、この身のすべてを捧げ、彼のために生き、彼のために死ぬ覚悟はあるのに――屈折したこの感情が、ユーリを壊そうとしている。 ユーリに抱く想いが、ただの庇護欲だけであればよかった。……いまさら、どうにもならないことだけれど。 「……では、猊下。俺はいまから陛下を起こしに行きますので」 「ああ、よろしく。ここ一ヶ月で凛々しくなった王様に驚かないようにね」 猊下は変わらない笑みを浮かべると、すぐに部屋を出て行った。愉しそうな笑みを浮かべたままで。 コンラートは、その表情を見て、あのときのことを思い出した。主と猊下が接吻していた光景を。ユーリは、どんな気持ちで、表情で猊下の接吻を受け止めたのだろう。考えても正解が見当たらない。もう一度だけ、姿見の鏡で衣服の乱れを整え部屋を出る。 廊下を歩けば、すぐに魔王の自室へと到着する。久しぶりだ。懐かしいとさえ感じる。 さて、主を起こさなければと扉をノックしようと手をあげた瞬間、がちゃり、と内側から扉が開いた。どうやら、ひとりで起きられるようになったらようだ。これも成長の証か。 「おはようございます、陛下」 まさか自分がいるとは思わなかったのだろう。戸惑ったようにユーリが自分の名を呼んだ。 「お久しぶりですね」 すべての感情を押し殺して、ユーリの知る自分を演じる。彼の知っている自分はやさしい男。 「久しぶりだな、コンラッド」 ユーリが言って、笑う。 途端に背中に言いようのない違和感を覚えた。嫌な予感にも近い、違和感を。 「どうしたの、コンラッド?」 「……いえ、なんでもないです。任務はすべて終わりましたので今日からまたよろしくお願いします」 気のせいだろうか。彼の瞳に自分と同じ色が見えるのは。 ここ一ヶ月なにがあったのですか。簡単に尋ねることのできる質問がどういうわけか、コンラートは聞けなかった。 |