自分の選んだ道に悔いはない。これからさきどんな苦難が待ち受けようとも、それを受け入れまえを向いて生きていこうという気持ちはかわらないだろう。 眞魔国の王としての道を受け入れて、民を導くことは渋谷有利の役目。 だれにもかわりにはなれない。 それを自分はだれよりもわかっている。たくさんの仲間に支えられ、すこしずつこの国、そしてこの世界は変わろうとしている。 心のそこからうれしく思う。きれいごと笑われた夢はいまや眞魔国に住む民の願いへと変わり現実のものへなってきている。 夢物語だったはずなのにね、と以前グリエ・ヨザックは有利に対してそう呟いた。そのことばはヨザックをはじめいつしか民のくちからも聞くようになりゆっくりと有利は王様から神様だと崇めたたえられた。通常のひとでは行動を起こすどころか考えもしないからだそうだ。ひとに好意を持たれるのも愛されるのもうれしい。 どこにでもいる十七歳の男が、王様として成長している証。 けれど、王様として行為をもらい、愛されるほど、自分とひとと距離が広がっているような気がする。王としてできることが増えて、ひととしてできないことが増えた。 自分が王として確立したとき、そこにひととしての自分はどこにあるのだろうか。 ひとを愛することなんてできないような気がする。特定のひとを愛せば、そこに平等は生まれないのではないか。しかし、愛さなければ、結婚しなければみな心配になるのだろう。 渋谷有利という一個人の心配ではなく、さらなる国と世界の繁栄を心配するのだ。 と、そこまで考えて有利は自分自身の考えがあまりにも卑屈めいていることに気づいて苦笑する。 考え過ぎた。 最近、日中は執務。夜は房事の連続で肉体だけではなく精神的にも疲れているのかもしれない。 腰がだるい。 昨晩、女性講師に言われたことを思い出す。 『ユーリ陛下、いまは勉強の時間ですよ。房事には快楽がつきものです。けれど、いまユーリ陛下の抱く私情を忘れるように房事にのめりこんでは勉強の意味がありません。いつか陛下が愛するかたといつか行う大切な行為なんですよ?』 『……すみません』 なにを考えて房事を受けていたのか忘れていたが、女性講師の言うように自分はなにかから逃げるように房事に集中していた。それから、ぼうっとした行為のなかでいまさらながら講師にたいして失礼なことをした……それ以前に乱暴なことをしたのではないか。 『あの……っ』 不安になって声をかければ先読みしたように『大丈夫です。私は乱暴になど扱われてはいませんよ』とやさしく有利の髪を撫でつけた。 『ただ女性の心情としては、勉強とはいえ、むっとしましたが』 『……すみません』 『謝ることではありません。これもまた勉強なのですから……いつか、ユーリ陛下にも愛するひとができますように』 首筋に講師の首が埋まり、ちくりと痛みが走る。月灯りに首を寄せるとそこにはうっすらと赤い跡が残っている。講師は赤い痕を確認して『勉強をないがしろにしたお仕置きですよ』と小さく笑った。 ――学ランを着て、姿見の鏡で首元を確認する。お仕置きと言っていたこともあり、みえるかみえないかのぎりぎりのラインに赤い痕があり有利は小さく笑う。 ……自分を愛するひとも、自分が恋愛感情として愛するひともきっとこのさき現れることはないだろう。房事を受けて改めて思う。あの行為は愛がなければただ苦痛なのだから。 「……だから、おれは考えすぎだ。おれはまだ十七歳」 愛だのなんだの語るにはまだ幼すぎる。 そして、まだだれも愛したことなんてないんだから。 ドアを開ける。 さて、今日は腰がだるいからロードワークではなく散歩をしてこよう。ちいさく息を吐き今日一日のスケジュールを回想する。 と、ドアを開く手が止まった。 「おはようございます、陛下」 「コン、ラ……ッド」 目の前にあらわれたのは、コンラッド。予想もしていなかったことに思わず声がうわずってしまった。 「お久しぶりですね」 有利は密かに息を飲む。心臓が早鐘を打つのがわかる。 コンラッドからほのかに香る甘い匂い。薄っぺらい笑み。毎夜みる彼の夢。それらすべてが脳内を巡る。 大丈夫だ。そう、自分に言い聞かせてなんでもないように返事を返す。 「久しぶりだな、コンラッド」 動揺することなにひとつない。甘い香りも、笑み、夢も。 ……自分は彼を愛してなどいないのだから。罪悪感など感じる必要なんてない。 |