liquor

 コンラート・ウェラーという男は、爽やかな好青年と称されるが実際はそうではないことを有利は知っている。すでに青年と呼ばれる歳はとっくに過ぎているし。地球の年齢にすればギネスブックに認定確実であろう長寿だ。推定百歳以上。青年というには歳を重ねすぎだろう。
 自分の何倍も生きている男は、とても美味そうに酒を飲む。晩酌を毎夜しているわけではないがときおり彼を部屋を訪れると飲んでいる。大理石を使用された円型の瑠璃色の天板にすらりと長い脚が美しいサイドテーブル。そこに酒瓶と琥珀色の液体が注がれたグラス。酒とともに置かれるナッツのつまみを有利は摘まむ。
「お酒ってそんなにおいしいものかな、苦いのに」と以前尋ねたことがある。するとコンラッドは酒を舌転がすように味わいながら「ええ」と頷いた。好青年と言われるような明るい笑みと声音はそこにはなかった。
「あなたの味に、似ています」
 コンラッドは飄々に述べた。
「ばか」
 やはり好青年ではない。自然な動作で酒を注ぐ動作に目を奪われ、彼が改めて大人なのだと実感するのだ。酒が飲めるからと言って大人であるとは限らないのは知っている。おそらく、自分に自然にできないことにたいして憧れを持つのだろうと思う。コンラッドは、談笑をたのしみながらゆっくりと酒を味わう。さきほどの発言を耳にしたあとでは彼がグラスに口をつけるたびに気恥かしい気持ちがわき直視ができなかった。
 同時に性欲も湧きあがる。
 なにをされたわけでもないのにからだじゅうに淫蕩な火がじわじわと帯びて、瞳が潤む。
 そうしてコンラッドがグラスを空にすれば、耐えきれなくなりベッドへと誘ったのだった。



「―――お上手になられましたね」
 コンラッドが有利の髪を梳きながら言う。平然とした口調に聞こえるがわずかに声のはしばしが揺れている。
 なぜひとというのは見栄を張るんだろう。
 有利は、コンラッドのことばを無視して口淫を続ける。あの夜以来、無性に彼のものを咥えたくなっていた。口淫はあまり好きではなかったはずなのに。亀頭からくびれを口内に含み、幹を丹念に指や手のひらで上下に扱く。
 鈴口から滲む先走りを舐めとる。透明な色をしているのに、苦い。透明なら雨か水のように無味かシロップや水あめのような甘いものだと彼に出会うまで思っていた。
「美味しいですか?」
「おいしくはないよ、苦いもん」
 喉奥まで陰茎を咥え、きゅっと吸いあげる。すると髪を梳いていたコンラッドの手が一瞬わずかに強張り、小さく唸り声が聞こえたのと同時に口内のものが熱く爆ぜた。それを、ゆっくり有利は嚥下した。
 先走りよりも苦味があるものが味覚を刺激する。口端から飲み込みきれなかった彼の熱を手の甲で拭う。熱を吐き出したあとだというのにすこしも萎えていない。
「美味しくないのに、飲むんですか?」
 コンラッドはおかしいのか、くすくすと笑う。
「んー……お酒ってこういう味なのかなって」
 苦くて癖のある味。お酒は自分の味に似ていると言った彼。
「まあ、青臭くはないですけど。もうあなたも二十歳になりましたし、今度お酒のテイスティングしてみますか?」
 上半身を起こし、コンラッドが有利の首筋を唇でなぞりながら言う。
 味見程度なら……と、好奇心が疼いたが、有利は「いいや」と答えた。
「お酒は飲まないって決めたし、飲みたくなったらこれ飲むからいい」
 それに、酒を飲むたびに情事を思い出したら、おかしくなってしまいそうな気がした。
「ずいぶんとうれしいことを言ってくれますね」
 うれしいことを言った覚えはないが、彼はとても機嫌がよさそうだ。今度はさきほどとは反対にコンラッドに両肩を押され、有利はシーツへと背中を預けた。首筋にあてられた口唇が舌へと降りて――その舌先のどこへ行きつくのか予想がつく。
「コンラッドは舐めちゃだめ」
 コンラッドの口を手で押さえる。
「おれのは、お酒で代用できるだろ」
「本物にはかないませんよ。酒では酔いませんが、あなたのは違う。あなたのは、そんなものと比べものにならない」
 口に宛てた手をべろり、と舐めて、それから順々指を舐めあげていく。爪先の指に歯をあてられると、お腹の奥に重い快感が燻ぶる。
「……酒を飲むと、あなたに触れたくてたまらなくなる。いつでもあなたを抱いていたくてしかたのない男ですからね。それを酒で紛らわせるんです。頭のなかで、あなたをおもうさま貪る。だけれど、やはり本物にはかなわない」
 手をやんわりと外されて、コンラッドの行動が再開される。臍に舌を差し込まれて、からだがさかなのようにはねた。
 すでに上着とズボンは脱がされて残るのは下着だけ。下着を勃起した陰茎がはしたないほど押し上げていた。それをコンラッドの指が布越しにやわやわと撫でる。ほんのすこし撫でられるようにされただけなのに、水音が小さく耳に届き、有利は頬をすっと赤らめた。
 下着を結わえている細い紐がほどかれる。
「あなたの味を堪能させてください」
 薄い、赤い舌をこちらを挑発するようにさらし、鈴口に滲む先走りを舐めた。
「あなたの味が好きですよ」
 この男には羞恥心がないのか。と思ったがさきほどの自分の発言を思い出せばどっちもどっちな気もする。それに、あまり彼のことばに、恥ずかしさも感じていなかった。
 セックスにたいして羞恥心を感じなくなっている。
 はだかになって、互いの性の象徴から想いを溢してなにもかもをさらけ出す。そのことが唐突に有利は滑稽でとても愛おしいことに感じた。
 内面までお互いにさらけ出していのだ、いま。
 陰茎がすべて彼の口内に包まれ、頭を動かしスライドされるとたまらなくなってぽつぽつと嬌声が零れおちる。くびれの部分に歯を立てられると急速に射精感がからだじゅうをめぐり、有利はシーツを握りしめた。足の指もまたくるり、と丸くなる。
「ユーリの好きなときにイって。飲ませて」
 口淫がさらに激しさを増し、瞼のうらにぱちぱちと火花が散る。嬌声が、徐々に大きくなる。射精感を促すように男のふしばった指が先走りを手に取ると双丘を滑り割って、蕾をくすぐり一本、二本とゆっくり内壁へと潜り込んできた。
 そうして、中指が内壁にあるしこりを強く押したのと有利が男の名を呼ぶのとほぼ同時に口内で欲望が爆ぜた。
 涙が頬をすべり落ちる。
「――ごちそうさまでした」
 ご満悦に、コンラッドは感想を述べた。
「あのさ、コンラッド」
 心地よい怠惰感に包まれながら、自分を組み敷く男の名を呼ぶ。
「なんですか、ユーリ」
「キス、しよ」
 男の答えを待つこともなく、首に腕を絡め口唇を押し当てる。舌や唾液それから、精液。ほのかに苦い。
 水音が鼓膜を犯しているなかで、有利はコンラッドのことばを何度もリフレインしていた。
『あなたの味に似ています』
 酒は、本当に自分の味に似ているのだろうか。酒を飲む気がないからわからない。けれど、コンラッドはあのときいたく真面目な顔をしていたからたぶん本当なのだろうと思う。
 この長いキスが終わったら「酒は苦くて飲めないけど、あんたのは苦くても飲みたくなるときがあるんだ。おれも大人になっただろう」と言ったらどんな顔をするのだろう。
 夜はまだまだ長い。
 あと一回、男のものを口で咥えてみたいと思っている。

END

なんとなくムラムラしちゃってるユーリ。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -