カレノニオイ3

 自分はおかしい。
 コンラッドに脱がされた上着で両手首を後ろ手に拘束され、自分の意思に反した性行為を受けて、彼に対していままでにない恐怖を覚えながら反対に、興奮し喜んでいる自分がいる。
 矛盾したふたつの気持ち。口では「やめろ」と否定のことばばかり紡ぐくせに、からだは乱暴なコンラッドの愛撫に受容しからだじゅうに熱が広がりって彼の手や唇それから舌が触れるとだんだんと敏感に反応をみせていく。
 おかしいのに。
「……ユーリ、ここ。熱く立ち上がっていますね? 乱暴にされるのがお好きですか?」
 挑発するように、コンラッドはユーリの陰部を服越しになぞり嘲笑する。
「コン、ら……?」
 こんな笑いかたをするコンラッドなんて知らない。こうして、ひとを卑しく言うのも。いま、自分を抱こうとしてる男は本当にコンラッドなのだろうか。一瞬、不安を覚えるが、鼻をときおり掠める匂いは間違いなく、コンラッドだ。
「ひどくされたくないでしょう? いまの俺はあなたに優しくできるほど理性が働いていません。……下を脱がせて慣らしもしないで突っ込んでしまうかもしれませんよ」
 ここに。と、陰部に触れていたコンラッドの手がしたへと滑り、双丘を撫でると菊花の部分に中指をすこし押し込んだ。
「……きっと、痛くて皮膚が引きつり血が出るかもしれませんね」
「さっき、おれを傷つけることはできない、とか言ってたじゃねえか」
 言えば「そうでしたね」と彼は笑んだ。
「俺は、あなたを傷つけたら死ねますから」
 彼のことばに息を飲む。それから悲しみとともに怒りさえ湧きあがる。傷は、なにもからだだけじゃない。ことばで心が傷つくことだってあるのだ。
 コンラッドを責めるわけではないが、自分がこれまで傷ついたことがないとでも思っているのか。さきほどの発言で傷ついたこともこれまでについた傷もコンラッドだから自分は許して、受け入れて、より好きになったというのに。それを思うと目の奥が熱く視界が歪む。しかし、自分だけが傷ついてるわけではない。彼もまた自分とこれまで同じように傷ついてきたはずだ。今回、自分が彼に対して恥ずかしく後ろめたい気持ちがあって隠しごとをしてしまった。いまでも、隠しごとを告白するのは正直気は進まない。
 けれど、こんなくだらないことが原因でコンラッドを傷つけるのはもっといやだ。
 ズボンの前立てにコンラッドの手がかかる。ホックをはずされ寛げられる瞬間、ユーリは息を吸い、口を開いた。
「言うよ、言う。だから……そんな悲しそうな顔をしないでくれよ、コンラッド」
 ぴたり、とコンラッドの手が止まる。ほっとしたような、それでいてやはり悲しそうな色を混ぜ合わせた表情で。
「教えてくださるんですか?」
「……あんたはおれが口が開くまで、ひどいことをしようとしたくせになにをいまさら」
「そうですね。申し訳ございません」
 さっきまでの強気はどこに行ったのか。しかし、眉根を下げて微苦笑するコンラッドの姿にいつも雰囲気が戻ったようにみえてほっとする。けれど、ほっとするはほんのすこしのあいだで喉元を焼くような羞恥心がせり上がってそれどころではなくなっていく。言うと口を開いてしまったのだから。
「……言うけど、たぶんコンラッドあきれると思う。っていうか、絶対引く」
 それからおそらく嫌う。
 最後のことば怖くて口にできなかった。口にしたら、本当になってしまうかもしれない。考えるだけでもつらい。
「コンラッドが……やさしすぎるのが悪いんだ。おれは、あんたが思うほど純粋じゃないし、いい子なんかじゃないっ」
「ユーリ……?」
 短い時間で、頭のなかでコンラッドにどう説明しようか考えていたはずなのに紡いだことばは真逆だった。
 ああ、こんなことを言いたいわけじゃないのに!
 そのとき混乱して焦るユーリの頭にふと村田のことばが浮かんだ。
『恥ずかしくても勢いがあればなんだってできる。とりあえずウェラー卿を押し倒して、馬乗りになって言いたいこと言えばいいのさ。――きみが純粋で清純だって。安心してよ、渋谷。きみはおかしくない。本当は好きなひとに対して、たっぷり下心があってえっちだってところウェラー卿に教えてあげればいい』
 言いたいこと、全部言う。
 気がつくとユーリは起きあがると反対にコンラッドを押し倒していた。
 まさか自分がこんな行動をすると予想していなかったのか、簡単に背中をシーツに預け馬乗りまで……。
「……ごめん、コンラッド。おれ、おかしいんだ。村田はそうじゃないって言ったけどおかしい。コンラッドの恋人になって、いままで以上に大切にされてそれだけでしあわせだと思ってた。だけど、それだけじゃ物足りなくて……もっと、キスしてほしいとかえっちしたいとか思って、でもそんなこと言えなくていまじゃあんたのにおいを嗅いだだけでもからだが熱くなるんだ」
 顔から火が出そうだ。でも、一度勢いがつくと思いは次から次へと溢れだして止まらなくなり、目を見開いて固まるコンラッドの顔が見れず、視線をしたへと落とした。
「それでもがまんはしようと思ったんだけど、このまえコンラッドの部屋に入ったときあんたのシャツがあって……魔が差したんだ。おれ、あんたのシャツを手にとって地球へ戻って……それで、それで、オナニーした。ごめんなさい。許してもらえるとは思ってない。おれってへんたいだ。あんなことをしたらいけないってわかってる。だけど、コンラッドに、嫌われたく、なかった……」
 一気に告白してすっと息をつくと、コンラッドの軍服に点々と染みができていた。いつの間にか涙が頬を伝い、彼の服に落ちたらしい。
 ユーリはそれを慌てて手の甲で拭う。
 泣いていい権利など、自分にはないのだ。彼のシャツを盗んで邪なことに使用したのも自分。隠しごとをして彼を傷つけたのも自分なのだ。頭では理解しているのに涙は一向に止まる気配がない。
 ああ、どうしたらいいんだろう。
 と、不意にからだが振動が走る。コンラッドの腹部に落とした視線をすこしうえへとあげ彼の顔を見ればくすくすと小さく笑っていた。
 引かれるまたは嫌われることしか想定していなかったので、コンラッドの笑う意味がわからず、ユーリは小首を傾げた。
「……なんで笑ってんだよ?」
「だってユーリがかわいいことをおっしゃるから……てっきり俺はあなたに嫌われてしまったと思っていたので」
 と、コンラッドはユーリの頬を撫でつける。やさしい手つきで。彼の表情と涙を拭うような手。それにまた安堵して泣きそうになってしまう。
「それはおれのセリフだよっ! こんなへんたいな行動して嫌わないなんて、おかしいだろ!」
「ではユーリは、俺に嫌って欲しかったの?」
 問われて、否定をするように首を横に振る。
「そういうんじゃないけど……っ」
「ならいいじゃないですか。俺は、うれしいですよ」
 頬を撫でているコンラッドの手が滑り、ユーリの下唇を親指の腹で撫でる。ユーリは彼の手に自分の手を重ねるとその親指のさきを吸った。甘え、すがる赤子のように。
「本当に?」
「俺があなたにうそついたことがありますか?」
「いっぱいあるじゃん……」
 ユーリのことばに「信用ないなあ……」とコンラッドは苦笑すると上半身を起し「だけど、ユーリが一番愛してるってことはうそついたことありませんから」と顔を近づけ額にキスをひとつ落とした。
「がまんさせてごめんね。それから俺は勘違いしてたみたいだ。ユーリがこんなにいやらしい子だったなんて」
「いやらしいのは、だめ?」
 抱きしめられて、彼の匂いが鼻腔を擽りくらくらする。
「まさか、」
 彼の甘く低い声に、自然とからだの力が抜ける。
「いやらしい子、大好きです」
 また、ユーリは男に組み敷かれた。



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