コンラート・ウェラーの想い人、渋谷有利は西武ライオンズのファンで野球好きだ。
 コンラートがユーリの家に遊びに行くときは必ずと言っていいほどテレビの野球観戦は遊ぶ時間に含まれる。ほとんどの時間が野球観戦で占めていると言っても過言でもないのかもしれない。
 いまもソファーでふたり肩を寄せ合ってみたり、甘えてみたりそれなりにコンラートはアプローチをかけてはいるのだがユーリはそれに気づいてくれない。
 もとより渋谷有利というひとは恋愛に関して疎いところがある。彼が小学生だったときバレンタインデーに女子からチョコレートを貰ったときもそれが義理チョコだという女子のことばを疑わなかった。(あのとき女子が顔を真っ赤にして下ばかり向き、見せてもらった義理チョコだと言ったそれは丁寧に作られた手作りチョコレートだった。)
 ユーリに好意を持つひとは少なくない。明るく前向きで活発的で、なによりひとの心の微妙な変化を敏感に感じとり、そのひとの欲しいことばを与えてくれるのだ。無意識に。
 彼のことを考えて、想うたびコンラートは不安に駆られる。
 ユーリが恋愛ごとに関して認識が薄いと言っても、自分がその対象に認識されないのは、自分が同性でありなにより彼より年下で中学生だからだ。
 いっそ、このソファーでユーリを押し倒しキスでもすれば恋愛対象として見てもらえるのではないかとも思うが、認識してもらったところでふたりの関係に亀裂が入ってしまったらと思うと怖くて実行することはできない。そうなってもいいと思えるほど自分に度胸がないのもある。
 もっと、自分に自信をつけてとりあえずは彼よりも背が高くなったらこの気持ちを告げられたらいいといまは思う。
「おっ! また一点入った!」
 コンラートのとなりで、近くのコンビニで購入したコーラを手にユーリがうれしそうに声をあげる。
 野球観戦に夢中になっている彼はきっといま自分がどういう気持ちで、どんな顔でそのうれしそうな横顔を見ているのか知らないのだろう。
 いつか、この胸に抱えている想いを知ってくれたいいのに。
 まったく身勝手な思いだ。ついさっき、自分の理想で焦がれる恋心に落ち付かせていたはずじゃないのか。
 コントロールできない自分の気持ちに嫌気がさして、無意識にため息がこぼれる。もちろん、そんな自分にユーリは気づくはずがなかった。
 触れあう肩から熱が伝わる。
 こんなことを喜んだり、些細なことに寂しさを覚えたりするのはコンラートだけなのだ。


 ――そうして野球観戦も終わり、ユーリの母親である美子さんのご厚意に甘えて夕食をとったあとコンラートは帰りをユーリに送られていた。
 正直、自宅は彼の家からそう離れていないし「夜道は危険だから」と言われたが自分のことより彼のことが心配になる。ユーリは正義感にあふれている性格で、なにか問題があれば見過ごすことのできないひとなのだ。それがどんなに危険なことであれ。日本の治安はほかの国と比べればいいが、完璧というわけではない。毎日のようにニュースでは様々な問題があがっているし、ふたりが住んでいる地域にしたって夜になれば不良が活発的に行動をしている。
「夏も近いんだな。かえるの合唱がきこえる」
「そうですね」
 ゆるやかな風がふたりの頬を撫ぜる。ユーリは自転車を押しながら吹く風に気持ちよさそうに目を細めた。
「もうすぐ甲子園がはじまるな。たのしみだ」
 夜空は晴天で星が輝いている。コンラートはそれを見上げながら何気ないユーリの発言に胸を痛めた。
 彼は、野球が好きだ。けれどユーリは、もう野球をしたりはしない。
 ユーリが中学生だったころのはなしだ。彼の入部していた野球部は新入生が多く、毎日監督に怒鳴られながら練習に励んでいたらしい。みんな死に物狂いで練習を重ねていたが、ある日の練習試合で一年生がミスをして逆転負けをし監督から怒号を浴び退部届けを出すように強要されたとき、ユーリの堪忍袋の緒が切れ「お前は野球をする資格がない」と言った監督をがつんと一発パンチをお見舞いし揉めたと聞いた。
 彼の言い分は、誰が聞いても正しかったとコンラートは思う。おそらくユーリ自身もそう思っていた。だから、その件に関して彼が監督に謝罪をすることはなかったが、あのときユーリのなかで変わってしまったのだろう。
 ユーリは、一年生のかわりに自分が退部届けを提出してからぱったりと野球をすることはなくなった。
 とはいっても、コンラートとキャッチボールをすることはあるしときおり河川敷で草野球をしたりする。でも、高校生になってユーリは野球部に入部をしなかったということは彼なりに、あの日の出来事は深い傷になっているんだろうと思う。
 コンラートは、野球部に入部していたユーリが「自分は万年ベンチ」だと自傷的に言っていたがそれでもあのときのユーリは毎日が楽しそうでそれをみるがコンラートはとても好きだった。
「……ド、コンラッド!」
「あ、はい」
「おれのはなし聞いてた?」
 むっと唇ととがらせてコンラートの顔をユーリが見る。無意識に彼がする仕草のひとつでそのかわいらしさに思わず頬が緩んでしまう。
「すみません。ちょっと考え事してました」
 謝罪をすると、ユーリは眉根を下げて「まあ、いいけどさ」とはなしをはじめた。
「いや、コンラッドが遊びにくるときっていつも野球観戦に夢中になって悪いなって思ってさ。毎回反省するんだけど、いつも同じこと繰り返しちゃって……本当にごめんな」
「謝らないでください。俺は一緒にユーリといることも、野球観戦するのもうれしいですから」
 言えば、ユーリは「コンラッドっておれよりも大人だよなあ」と笑った。
「勝利とかほかの友達と放送観ることあるんだけどさ、やっぱりとなりにコンラッドがいるのが一番落ち着くんだよな。安心できて、つい観戦に夢中になる。でも、もしつまんなくなったらいつでも言えよ?」
 となりにいてもどかしさやさびしさを覚えても、つまらないなんてことはあるはずかないのに。
 コンラートはユーリのことばに頷きながら思う。
「あ、ここで大丈夫です。送ってくれてありがとうございます」
 いつもキャッチボールをする公園でコンラートが答える。公園を過ぎて五分もすれば自宅に着く。
「なんなら、家まで送るぞ?」
「いいえ、大丈夫です。また、遊びに誘ってくださいね」
 コンラートが言えばユーリは、すぐさま頷く。その何気ないことがたまらなくうれしい。
 それからまじまじと彼が自分の顔を見つめるので、思わず首を傾げる。なにか、顔についているのだろうか。
「おれ、コンラッドの目好きだな。銀の星がきらきら輝いてて」
「……っ」
 ユーリはずるい。突拍子もなく殺し文句をいつも口にする。夜でよかった。きっといま自分の頬は赤くなっているに違いない。
「なんですか、いきなり」
「だってそう思ったんだもん。あ、明日ひまだったら公園でキャッチボールしようぜ。学校終わったら迎えに行くから」
「はい、楽しみにまってますね」
「おれも楽しみ! じゃあ明日またな!」
「送ってくれてありがとうございます。ユーリも気をつけてください」
 自転車に跨り後ろ手に手を振る想い人を見つめながら、コンラートは再び夜空を見上げ自宅へと歩きだす。
 彼と出会うまで自分は自分のことを好きになれなかった。けれど、いまは違う。ユーリのおかげで自分が好きになれた。また、明日。そのことばだけで胸がいっぱいになる。
 いまは自分を恋愛感情として見てくれなくても、となりにいるのに野球観戦に夢中になってさびしいと思っても、ユーリが自分を見てくれるそれだけでいい。
「……好きです、ユーリ」
 いつかこの想いを口にできますように。
 そう小さく願えば、きらりと星が流れたような気がした。


その中学生、願う。



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