GIMLET 2



 週末に訪れる男性は、おそらく体質的に酒が合わないのかもしれない。コンラートはその男性が必ずと言っていいほど一番はじめにオーダーするギムレットを作りながら思う。今日はその男性が店を訪れる金曜日。だが、まだその彼は来ていない。
 彼は、一杯飲んだだけでアルコールがからだにまわるのか耳や頬がほのかに朱に染まる。当の本人はそのことに気づいていないようだが。
 漆黒の瞳は、日頃の疲労もあってからすでに気だるい雰囲気を醸し出していて、アルコールを摂取するとその瞳にうっすら水が滲み、より艶やかな雰囲気を醸し出す。時折、下唇を濡らす酒までも無意識に舌でなぞる仕草はコンラートにいかがわしい想像を掻き立てるのだ。そのたびにこの男がカウンターの席でよかったと思う。
 男性は成人男性としてはやや小柄で、瞳は大きく仕草が幼い。からだのラインに合わせたスーツが腰の細さを強調していて、中性的な印象がある。一見どこにでもいるような男だが、ふと目に止まる。コンラートだけではない。店内に踏み入れた恋人を連れたノーマルの男でさえ彼に目をやるところをコンラートは何度も目にしてきた。
 丁寧にシェイカーを何度かふり終えると、カクテルグラスに注ぎホール担当のスタッフのトレイにそれを乗せる。
 店内に流れるBGMは今日も緩やかでひとの会話を弾ませる。空になったグラスを片付けると休憩から戻ってきた男に肩を叩かれた。
「もうすぐだねえ。あんたのお目当て、ユーリちゃんがくるの」
 腕時計をちらちら見ちゃってやだわ。と、コンラートを冷やかす。
「……ヨザック、うるさいぞ」
 指摘され、はじめて自分が腕時計を目をうつしていたことを知り、思わず顔を顰める。
「だって本当のことだろ。そんな怖い目すんなって。ああ、そうだ。あの坊ちゃんの情報いらない?」
「いらない」
 意地悪そうに口角を上げて笑うのはヨザックの癖だ。この男は一見、軽そうに見えるのだが、ひとの微妙な心境や表情をよく観察している。それに、人脈も広く情報網がありこの男にひとを尋ねれば三日で相手の情報が得ることもできる。陰では諜報員とあだ名が付けられている。ヨザックにはもうユーリの情報が手に入っているのだろう。まったく、すえ恐ろしい男だ。
「友達のよしみってことで、あんたからは金なんて取らないぜ」
「いや、遠慮しておく。タダより怖いものはないからな。……ほら、こんなところで油売ってないで仕事しろ」
 顎でしゃくり、ヨザックにホールに向かうようにうながせば「へいへい」とつまらそうに返事を返して後頭部を掻く。
「本当にコンラートはつれないんだから……っと、来たぜ。坊ちゃん」
 入口のチャイムが鳴って、顔を見せたのはヨザックの言うとおり彼、ユーリだった。ユーリは店内をすこし見渡してからカウンターにいるコンラートを見る。途端にユーリがほっとしたように安堵の笑みをこぼした。
 ユーリとしては、ただ顔見知りがいるということで笑みを見せたのだろうが、それでもその安堵した表情それから自分をみつけてくれたのはとてもうれしい。
「いらっしゃいませ、ユーリ」
 ホール席には向かわずまっすぐとユーリはカウンター席に腰を掛けた。コンラートはそれを確認すると、ドライジン。ライムジュース。シュガーシロップを用意して手早く準備をはじめた。もちろん作るのは、ユーリがはじめの一杯目はと決めているギムレット。彼もいまから作るカクテルがなにであるかわかっているのだろう。テーブルに肘をついてコンラートがシェイカーを振る姿を見つめる。
 それからほどなくして、カクテルグラスに注がれた白色のカクテルに「やっぱり、ギムレットだ」と呟いて、ギムレットを受け取り口付ける。
「ん、今日もおいしい」
 満足そうに彼は感想を述べて、いつものようにネクタイを緩める。そこから見える素肌に自然と目が追ってしまい、彼に気づかれないよう自傷的な笑みをこぼした。
 まるで、思春期を迎えたばかりの男のような自分に羞恥新を覚える。ユーリはいたって自然体で故意に相手を誘うことをしているわけではないというのに、アルコールよりもはやく熱がからだを巡る。
 いつから、ユーリをそのようなカテゴリーで見るようになったのか。はじめから、それとも先輩の転勤のあとひとりでバーを訪れるようになったころだろうか。失恋のはなしを聞いていたときか。と、考えてみるがすぐにやめた。
 そのどれにもあてはまっているように思えるし、わかったところで無意味だ。いまの現状は変わらない。ユーリのはなしに耳を傾け、時折相槌を打つ。すると、ほんのり彼の耳や頬が朱に染まっていく。
「最近、出会いとかありました?」
「女の子と? ないない。ここのところ残業続いてるし、合コンとか行かないもん」
 ユーリは笑って、空になったカクテルグラスをコンラートに差し出す。
 それを受け取りながら、彼の答えに小さく口角をあげ、続くことばにさらに機嫌がよくなる。
「いまは、こうやってこのバーでコンラッドの作ったカクテル飲みながらはなしをしているほうが楽しいし」
「そうですか。それはうれしいな……二杯目はなにを飲みます?」
「んー……ノンアルコールカクテルもいいけど、今日はミモザがいいかな」
「わかりました」
 ミモザはシャンパン入りのオレンジジュース。フロート型のシャンパングラスにオレンジジュースを入れてシャンパンで満たし、軽くステアを入れれば完成。酒に弱い彼にはオレンジの比率を通常よりも多めに設定する。
「どうぞ」
「ありがとう」
「ミモザは、同名の黄色い花から名付けられた名前で、上流階級の間で愛されてきたカクテルだそうです」
「そうなんだ」
 ユーリは二杯目となるカクテル、ミモザもまた美味しそうに飲みながら相槌を打つ。
「これ、飲みやすくていいよな」
「ミモザの花言葉をユーリは知ってる?」
 尋ねられたユーリは首を横に振った。
「豊かな感受性、感じやすい心。あなたをあらわす花言葉だと思いませんか?」
 表情がころころと変わって見ていてとても楽しいです、とコンラートは言う。
「なんか子供っぽいって言われてる感じがするのは気のせい?」
 ユーリは眉を寄せて拗ねたように言い、それから息を吐いた。
「ほんとあんたとはなしてると、口説かれている気分になる」
「そうとってくださっても構いませんよ」
 言えば、ユーリは笑う。自分のことばをジョークだととったそんな笑い方だ。
「……結構本気、なんですけど」
 言うが、彼は「またまた」と手をひらひらさせるだけでとり合う気はないらしい。まあ、みるからにしてユーリはノーマルだと思うので当然の対応なのかもしれないが。
「ユーリはどんな女性がタイプなんです?」
 話題を流すように聞けば、ユーリはミモザをゆっくりと飲みながら「そうだなあ……」とつらつら女性のタイプを語り始めた。自分をしっかり持っている素直なひと。できればやさしいひとが好みだそうだ。
 やさしいひと、それなら自分も演じることができる。ひとに合わせることも、簡単だ。
「コンラッドは、どんなひとが好み?」
 適当に相槌を打っていると、ユーリが尋ねた。
「そうですね。かわいいひと、かな」
 いまはあなたのような純粋な。
 そのことばは胸に隠して告げれば、案の定彼はコンラートの思いに気付くこともなく「かわいいこかあ」と相槌を返すだけだ。
 やはり、ヨザックからユーリの情報を聞かなくて正解だったのかもしれない。こうして少しずつ互いの距離を縮めながら相手の情報を聞き出すのは楽しいものがある。
 いままで基本的に少しでもアプローチをすれば大抵誰でも答えてくれていた。それはおそらく元より自分にたいして下心を持っていたということだ。ユーリには、自分のアプローチが通じない。けっこう大げさにしているアプローチはかけているのだけど。面倒だと思ったことはしない主義な自分が、ノーマルであるひとに恋愛感情を抱き現実として手に入れてみたいと思ったのは今回がはじめてだ。
 なにごとにも、興味の薄い自分が一週間に一度店を訪れるだけの彼に興味を持つなんて思いもしなかった。 
 つまらない冷めた人間だと言われる自分も彼といればなにか変わることができるのだろうか。
 さて、そろそろ本格的に動いてみようかな。
 笑顔を浮かべながらも、瞳の奥に獣を隠してコンラートは今日もユーリとの楽しい一時に身を投じた。
 相変わらずホールには穏やかな曲がしっとりと漂っている。
 コンラートの想いを隠すように。

外見草食系の内面肉食系のバーテンダーさん。 


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