はらぺこらいおんは笑う。 最近、女子の間では心理について流行っているらしい。休み時間、雑誌を開いては「あるある!」とか「そうなんだ!」と当てはまる項目があればみな楽しそうに談笑している。そういうのを見てるとやっぱり女の子ってかわいいなと思う。男同士では、学校で雑誌を開いて囲み、あまり盛り上がったりはしないしおれも基本的な話題は「昨日の野球観た?」くらいだ。 野球といえば、最近テストが終わって草野球に顔を出していない。草野球に参加するのは再来週だ。今日村田を誘ってあっちへスタツアをしようか。あっちならコンラッドがいる。コンラッドとキャッチボールしたいな、とぼんやりと空を窓越しに仰いでいるとふと、声をかけられた。 「あ! 渋谷くん、いま好きなひとのこと考えてたでしょ?」 「えっ!」 意味深しげににっこりとされ、思わず声が裏返ってしまう。それはもう、図星だと彼女、峰倉に答えてるのと同じだ。 「髪をね、何気なく直してみたり掻き上げるのは『その場にいない好きなひとを考えてる』っていう仕草なんだって。たまたま渋谷くんがやってたからどうなんだろうって思って声をかけてみたけど……当たってたみたいだね」 たしかに、野球のことから思考を広げてコンラッドのことを思っていたのは事実だ。こういう無意識な行動から自分の心のなかを覗かれてしまったと思うとはずかしい。 あっちに心理テストや心理でわかる癖や仕草が知られていなくて本当によかった。回想してみると、髪をかきあげる仕草は何度かしていたような気がする。 「……そういえば、まえにも峰倉とか足を組むひとは鬼畜とか心理的仕草のやってたよな」 あのままの流れだと「好きなひとはだれなの?」と問いださそうだと思い、話題を変えようと以前耳にした心理的仕草のことをふってみれば、彼女は「うん、やってた!」と答える。 「なに? 渋谷も心理的仕草や癖がどういうのあるか知りたい?」 「いや、そういうわけではないんだけど……」 と、答えたおれの言葉を無視して峰倉は楽しそうにはなしはじめた。 「ひとのはなし聞いてくれよ……」 もちろん、この言葉も無視だ。 * * * 「おかえりなさい、陛下」 「ただいま、コンラッド。……それからもうわかってるだろ?」 「そんな怖い顔しないでくださいよ。……ユーリ」 自宅に帰宅して、夕飯を食べ風呂に浸かった瞬間、おれは村田に電話する時間もなくお湯に引き込まれて血盟城にある魔王専用大浴場にスタツアをしてしまった。まあ、村田のことだからおれがスタツアしたことはわかるので大丈夫だと思う。 いま何時なのか尋ねてみると、もう数時間前にみな夕食を済ませていて、部屋で個々の時間を過ごしているそうだ。「明日の朝、グウェンダルに報告しておきますね」と彼はおれを風呂から上がるよう促していつものように髪を拭いてくれる。 「グウェンダルの報告はあとですが、眞王廟にいるウルリーケには連絡しなければいけないのであなたを部屋まで送ったあとに白鳩便を出すので一旦部屋に戻りますね。すぐに戻りますがそれまでは扉の前に兵を」 「あのさ、コンラッド。あんたの邪魔しないから、おれも一緒にコンラッドの部屋行ってもいい?」 自室に戻ってもとくにやることもないし、あっちであったこととかいろいろはなしたい、と言うとコンラッド「ええ」と頷く。 「もちろんです。今日はヴォルフラムも自室にいるので、たくさんおはなし聞かせてください」 おれの目をみて、彼は笑う。いつもと同じなのにそれだけで顔が火照ってしまうのは、きっと峰倉のはなしを聞いたあとだからだ。 自分がはなしをしているときよりも相手のはなしを聞くときのほうが目が合う。それは相手が自分に好意を持ってることを示すらしい。 それが本当なのか、うそなのかは正直わからない。でも、本当であったならと思うとたったこれだけのことでうれしく感じてしまう。付きあっているのだから、そんなに気にすることはないだろうけど。 「じゃあ、行こうぜ!」 言って、コンラッドよりも一歩先を歩きながら口元に笑みを浮かんでしまう自分をなんて乙女思考なんだ、と心のなかで笑った。 ――コンラッドの自室についてすぐに白鳩便を飛ばすと、あとはいつものように円卓テーブルの椅子に腰をかけながら、彼の淹れてくれた紅茶を飲みながら一息をつく。 「そういえば、この間のテスト期間からお帰りなられていましたね。もうテストは終りました?」 「うん。今回も村田のスパルタお勉強会とこれだけやれば大丈夫だろうお手製問題集のおかげでなんとか赤点はまぬがれたよ」 「それはよかった」 コンラッドの淹れてくれたほんのり甘い紅茶に、思わず笑みがこぼれる。 「あ、コンラッドも立ってないで座りなよ」 おれのとなりで、紅茶のポットを持っているコンラッドを向かいの椅子に座るように促せば「では、お言葉に甘えて」と椅子に腰をかけた。……向かいの椅子をわざわざおれのとなりに持って。 「あの……コンラッドさん。なんでおれのとなりに?」 「ああ、つい癖で」 したり顔で言うな。そんな癖いつの間についたんだよ。と、呟けばことさら甘い声音とマスクで「いやですか?」と尋ねられる。どこか甘えるようなそれは、おれだけに向けられる恋人の顔。こんな顔をされていやだ、なんて言えるはずがない。コンラッドは本当に意地が悪い。でも、そんなことはないと素直に言うのもしゃくなので、ぎっ、と睨んでみたが「本当にあなたはかわいいですね」と見当違いな発言をされてしまった。 したに思わず目をやるとコンラッドの足もとが視界に入る。今日も足を組んでいて、以前峰倉の言ったいた心理的仕草で足を組むひとは鬼畜という言葉を思い出す。コンラッドに迫られあのときつい口を滑らせてしまったけど(しかもそのあとは、お姫様抱っこでベットに連れていかれてしまった)そういえば半ば強制的に心理的仕草やくせに関して峰倉に教えてもらった。 すこし視線を上にあげる。コンラッドの腰あたりに。 「……あ、」 彼は深く椅子に座っていた。深く椅子に座るというのは自分に警戒心がなくリラックスした状態。 英単語ひとつ覚えるのは、何時間もかかるというのに、こういう雑学は無意識的に脳に残ってしまう自分がちょっとだけ情けない。 「ユーリ、なにか言いたいことでも?」 「いやなんでもない。やっぱりコンラッドの淹れる紅茶はおいしいなって思って」 言えばコンラッドは眉根をわずかにさげて苦笑する。 「恋人にうそをつくのは、よくないな」 おれの髪を梳いて言う。 それだけで、鼓動が高く跳ね上がってしまう。もう付き合って半年は経つのにコンラッドのみせる恋人らしい行動に慣れない。いい訳させてもらうなら、恋愛初心者には夜の帝王と称される男のテクニックはレベルが高すぎるのだ。 「……ねえ、教えて?」 耳介に口唇を触れながらおねだりなんて、反則以外のなんでもない。鼓膜から声が振動して肢体や脳を揺らし、理性を犯していく。 ああ、ほら。 「あー……」 勝手に口が開いていく。この男の声は、生半可な魔術よりもタチが悪い。 「聞いても、笑うなよ」 「はい」 そう答える男の顔にすでに笑みが浮かんでいるのは気のせいだろうか。気のせいではないと思うが、もう口は開いてしまっているのだ。後戻りはできない。耳介に未だ口唇をつけてリップボイスをきかせるコンラッドの顔を手で払うと気持ちを落ち着かせるように一口飲んで、口内を潤すと喉奥で絡んでいる言葉を口にする。発せられた声は思ったよりも小さくぶっきらぼうな口調だった。 「おれがまえに言ったことの続きっていうか。ほら、足を組むひとは鬼畜だって言ったじゃん。ひとの無意識のうちにする仕草やくせのはなしが、まだ女子のあいだではやってるみたいで、色々聞いたんだよ」 「ああ、それで俺の仕草からなにか意図を見つけたんですね。今回はどのような心理がみえたんですか?」 甘やかすような口調でおれの答えを誘導する。おれはこの声に顔にいつだって逆らえない。恥ずかしいと思うのに、誘導されてしまう。 「……椅子に深く腰掛けるのは、リラックスしてる証拠なんだって。あんたはいつも周囲に気を張ってるだろ。だけど、おれのまえでは気を張らずに、リラックスしてくれてるのかなって思ったらうれしくて」 「心理的仕草のはなしはよく当たりますね。……俺は、あなたのまえだけ自分に素直になれる気がするんです。ユーリのそばにいられることが一番のしあわせですから」 恥ずかしげもなく答える男に「言いすぎだよ」と返そうとした言葉は口にすることもなくコンラッドの口内へと吸い込まれていった。 後頭部に手をまわされて引き寄せられたかと思うと自分の唇にコンラッドの口唇が押し当てられ、閉じた口を薄い舌でなぞられて無意識にうっすらと開いた唇から彼の舌が侵入をし、口内を蹂躙する。おれの性感帯を知りつくしているコンラッドが容赦なく弱いとこえを執拗に攻めてくるので手に力が入らなくなりティーカップを落としそうになるもそれさえ予想していたかのように彼はおれの手からカップをとり、テーブルに置くとそのまま空いた手を自分の首にまわす。 「……ん、ぁ」 水音がひどく耳に響いていたたまれない。顔を逸らそうとするものの、後頭部をしっかり捕えられてしまっているからそれもできず、息つぎのためにわずかに離すことのできた隙間から意味をもたない母音が零れおちて一層恥ずかしくなった。 そうして、やっと唇が離されたころにはおれの頭やからだはくらくらとしていて椅子に座っていなければ情けなくも床に座り込んでいたと思う。 これじゃあ、まえと同じ展開じゃないか。 「そんなかわいい顔しないでください。言ったでしょう? あなたといると俺は自分に素直になれるって。俺はいつだってあなたにキスしたいし……この腕で抱きたいのですよ」 「……本当に、よく恥ずかしげもなくそういうこと口にできるよな」 この男に羞恥心というのは存在しないのか。 テーブルに置かれた冷めた紅茶を飲んで、熱くなった頬を隠すように顔をそむけるとコンラッドがおれの髪をとかしながら「だって本当のことですから」と言う。 「あのね、ユーリ。俺の仕草やくせから心理を探ってみても意味はないんです。俺はいつだってあなたのことしか考えていないから。仕草やくせからあなたへの想いが滲みでるのはあたり前のことなんですよ。……それにあなたは俺の顔を見なくても、俺の考えていることがわかるでしょう。さて、ここでひとつ問題です。いま俺はなにを考えているでしょう?」 まったく彼の言うとおりだ。この問題、考えることもコンラッドの顔を見なくてもすぐにわかってしまった。なのに、彼は続けてヒントも出してくれた。いらないヒントを。 「ヒント。あなたもきっと俺と同じ気持ちです」 本当にこの男は性格が悪くてムカつく。おれは、コンラッドの胸倉を掴んで答えてやる。 「さっさと、ベッドに行こうぜ。コンラッド」 可愛げなんかなくてけっこうだ。 「正解です」 趣味の悪い彼は、この悪態だって目を愛おしそうに細めて喜ぶのだから。 END 心理的行動なんて意味がない。おれたちは顔を見ずとも互いのことはわかっているから。 拍手文の『はらぺこらいおんと噂話』の続編 |