ラブマシーン3



 かくして。疑似恋人アンドロイド(不手際があって、性別は男性)コンラッドとの夏休みはしょっぱく始まったわけなのだか。びっくりするほど、彼は完璧だった。朝は起してくれ、ロードワークから戻れば、風呂が適温で準備されている。そして風呂から上がれば、美味しそうなご飯が準備されていて、食べ終われば、すぐにそれを片づけ、洗ってくれる。さすがに機械だからと言ってなんでもかんでもやらすのはなんだか申し訳なくて、自分がやると言えば、渋々と言った様子で交代してくれるのだが、終わってみれば、洗濯物は外に干され、乾いた服は一枚一枚、きちんとアイロンが掛けられた状態でテーブルの上に乗っかっているんだ。……なんて出来る男なんだ!
 家事全般完璧にこなし、愛想もいい。背も高いし、顔もかなりのイケメン。……っていうか、完璧すぎてですね
「……コンプレックス、大打撃」
「ん? ユーリなにかいいましたか?」
「いや、なんでもないです」
 ちょっと心がきりきり痛んだだけです。自分の理想を詰め込んだ彼にあたるのはよくない。自分が間違えたのがいけないんだから。文句は言えない。しかし、見れば見るほどコンラッドは人間じゃないのかと思ってしまう。瞬きはするし、手を触れば温かい。肌も自分よりは固いが、大人の肌という感じだ。きっと誰がみても彼を機械だとは思わないだろう。きっと街なかを歩けば、ナンパかスカウトは確実にあると思うし。
 ……もし、あのとき性別の欄を間違えずに記入していたどうだったんだろう。どんな女の子が家に来たのだろう。全く想像つかない。こんな感じにコンラッドのいる生活が当たり前になって、居心地よかったりしたのかな。
 そこまで考えて、はた、と思考を巡らすのをやめた。ちょっと待て自分。
 ……いまの生活が居心地と思ってるのか?
「ユーリ?」
「うひょっい!?」
 突然声を掛けられて変な言葉が出てしまった。うう、至近距離から覗きこまないで欲しい。
「どうかしましたか? 課題わからないところあった?」
「え、ええと……」
 コンラッドは勉強で出来る。いつもならやる気があっても途中で集中力が切れて投げ出してしまう課題も丁度いいタイミングでお茶を出してくれるからしっかりやり遂げること出来る。躓いていたレポートのまとめ方も丁寧に解説してくれるから感謝だ。……なのに考えごとしていたなんていうのは申し訳ない。
 思って口を濁らせていたら、表情に出ていたのか、コンラッドは少し困った顔をしていた。
「集中できないのかな? 悩みごととか、あれば聞くよ。それともなにかお菓子持ってこようか」
「あ、お菓子はいいよ! さっき摘まんだばっかりだし」
「そう? ならいいんだけど……でも少し休憩しようか。なにを考えていたの?」
 じっと、見つめられるとどうにも、嘘をつきづらい。まあ、嘘をつく必要もないんだけど。勉強に関係のないことだからなあ。と、思うもまるで子犬のような目でじっと見つめられるとたまらない。仕方なくおれは口を開いた。
「……んー。もし、おれが記入欄を間違えずにいたら、どういう子がきたのかなって思っただけ」
「そうですね。……きっと可愛らしい子が来たんじゃないですか。思わず抱きしめてあげたくなるような」
 ……本当に彼はアンドロイドなのだろうか。コンラッドの顔がすごく泣きそうに見える。自分はきっと今、彼を傷つけた。嫌だ、コンラッドにそんな表情をさせたくない。でも筋肉族のおれではなんの言葉も見当たらなくてただ、口を噛みしめることしかできなかった。ああ、妙な沈黙が耳に痛い。でも、なにかしたくて、おれは手を伸ばした。
 ぽんぽん。
 って、なんで頭なんて撫でてるんだろう! 見た目、自分よりも年上(アンドロイドだけど)にする行為ではないな、とは思うものおれはコンラッドの頭から手を離すことができなかった。だって、髪がすごい気持ちいいんだ。
「……傷つけてごめん。べつにあんたがいらないって意味じゃない。ただ、考えただけだよ。もしの話なんだから、現実じゃない。それに想像してもやっぱりコンラッドのい印象が強すぎてよく分からなかったよ。恋人とかさ、よくわかないけど……いまはコンラッドがいて良かったと思ってるよ。いらないわけじゃない。だから、そんな顔すんな」
「本当に?」
「こんな時に嘘つくほど、ひどいやつじゃないよ」
「……ありがとう」
 いま、心臓止まるかと思った。だって、コンラッドがなんていうんだろう、いつもの爽やかな笑みじゃなくて、とろり、と蕩けそうに笑ったんだ。たださえ美形に免疫のないおれとしては心臓に悪い。
「顔が赤いですが、風邪でも引いたんですか?」
「いえ、全く!」
 しかも、自覚がないようだし。一層に困る。動揺して思わず手をひっこめると、一瞬だけどコンラッドの体がぐらりと揺れた。
「どうしたの?! 調子悪い? 会社に電話しようか?」
 アンドロイドの体調なんて、おれにはどう対応していいのかわからない。思わず携帯を開いて電話番号を入力しようとしたら遮られる。
「ユーリ、気にしないで。俺なら大丈夫だから」
「でも……っ!」
 なんで自分はこんなに必死なんだろう。よくわからないが、必死だ。一瞬ポーカーフェイスが崩れると顔を作るのは困難なようで、ほんの少しコンラッドは眉根に皺を寄せている。どうしたらいいんだろう。
「なあ、おれになにかできることない? おれでできる範囲なら、なんでもするよ?」
 言った途端、コンラッドの肩がピクンと震える。おれになにかできることがあるみたいだ。しかし彼は言いたくないのか、首を横に振る。しかも、何度聞いても答えてくれない。……いい加減腹が立ってきた。
「言えってば! なに、それともあんたは調子が悪くなって捨てられたいのか?」
「そんなことは……っ!」
「だったら、言えよ!」
 さらに強く押してみれば、やっと諦めたかのように溜息をついて口を開いた。
「……お恥ずかしい話、腹が空いたんです」
「え、お腹が減ったの?」
「はい」
 なんだ、お腹が空いたんだ。そういえばそうかもしれない、コンラッドがいつも準備する食事は人間のおれだけだし、でもアンドロイドだって、何かを消費して生きてるんだから一週間もすれば、体がおかしくなってもおかしくないはずだ。なんで気がつかなかったんだろう。
「ごめんな、気がつかなくて。アンドロイドもなにか食わなきゃ、元気も出ないよな。言ってくれればいいのに。コンラッドのご飯って何? 油? オイル? 電気?」
 少しお金はかかっちゃうかもしれないけど、炊事洗濯食事に勉強なんでもござれにお世話になってるんだから、コンラッドにはいい食事をしてもらいたい。自分の思いつく範囲でご飯の名前を言うと彼は「そうだったらいいですけどね」と、苦笑した。
「無理だったら断ってくださっていいですから」
「まだ、食べ物聞いてないのに、断ってもいいとかいうなよ。コンラッドって、本当に機械なのって思うほど謙虚だよなー。おれに準備できるもんなんだろ? いつもお世話になってるんだし、遠慮なんかしなくていいよ」
 ……なんて。
 安易に答えたのが馬鹿だった。おれはコンラッドが恐る恐る口を開いた言葉に固まった。
「ユーリのキスです」
「……は?」
 おれの……キス?
 え、キス?
「えええええ!?」
 思わず赤面してしまう。だって、そんなこと想像も付かなかったんだ! きっと、誰も想像なんてつかないと思う。お恥ずかしながら、童貞も卒業できてないおれはキスだって初めてだった。……多分、赤ちゃんのころにはお袋にキス奪われてるかもしれないけど。そんなの無効だ。覚えてないんだから。「正確には、ユーリの体液ですけど……。嫌でしょう?」
「そそそ、それは……っ! で、でもキスしなきゃコンラッドは具合よくならないんだろ?」
「まあ、そうですけど。いざとなれば、どうにかなりますよ。自分で会社に行って代用のものを貰ってくるので、そんな気にしないで」
 そう言われても、もう一週間もなにも口にしてないコンラッドが会社に着くまでに倒れないなんて保障はない。しかも、格安の割にはかなり高性能なアンドロイドを購入したのに、食事も与えないなんて販売する側からすればすごい失礼なやつだよな。失礼って思われてもしかして……もしかして。
 コンラッド、連れて行かれちゃうかも。
「……そんなの嫌だ」
「何か言いました?」
「い、いや……っ。キ、キスくらいいいよ。あんたが元気になるならっキスしようじゃないか!」
「……いいんですか?」
 信じられないとでも言いたげにコンラッドの目が見開く。
 おれだって信じられないよ。どうして、キスしちゃってもいいなんて思えるのか、わかないんだ。
「お、男に二言はないっ」
 強気に言う割には声が震えてしまうのは、仕方ないだろう。何度も言うけどキスなんて初めてなんだから。困惑しているのは彼も同じようで、なかなか決心がつかないらしい。服をひっぱって、体を寄せる。
「コンラッド、ならいいから……っ」
「ユーリ……ありがとう」
「お、おうっ」
 コンラッドの手がおれの頬に触れる。それはいつもより熱かった。

(今日ひとつ、大人の階段をのぼりました)










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