いつだって【渋谷有利】という存在はコンラートにとって特別な存在である。
 とくに渋谷有利がコンラートになにかをいつも与えてくれるわけではない。どこまでもどこにでもある日常生活を日々送っているだけだ。よく食べ、よく遊び、よく寝て。渋谷有利を一言で表わせば、それはたとえば【健康男児】であり【高校生】かもしれない。趣味で野球が好きであるから【野球少年】も当てはまるだろう。思春期を迎えたからと言って横道にそれることのなかった彼、渋谷有利は【どこにでもいる至って真面目な少年】である。しかし、コンラートにとってそのどこにでもいる高校生男子は、特別なものであった。
 欲を持たないコンラートが初めて強く求めたもの、それが幾つか年上の彼である。
彼が笑えばそれだけでコンラートの心は温かい紅茶が注がれるティーカップのように満たされるし、何度でもおかわりをするようにその微笑みが欲しいとさえ思う。
 彼についてコンラートが口を開けばまるで渋谷有利はどこまでもきらきらと輝く王様のように聞こえる。そしてコンラートはその後ろで控える護衛といったところか。どこまでも過保護な印象を与えるのだ。と、いつか、呆れたようにコンラートの親友が口にしていた。
 それをコンラートも否定はしなかった。
 自分はそうなりたいとさえ思う。彼を守るナイトになりたい。それを口に出して言える恥ずかしい奴ではないので、思うだけではあるが。
『渋谷有利のどこがすきなのさ?』
 聞けば、コンラートは問うた人を見下だして言う。
『言ったところでどうなるのさ?』
 ヨザックくらいしか、コンラートが渋谷有利という存在をどこが好きなのか理解はしていなかった。だから、やはりヨザックはコンラートにとって数少ない友人なのだろう。理解したうえで聞いてくれるから。
 なぜ、ひとは聞くのだろう? と、コンラートは思う。
 その人が好き。なぜその人の好きな部分を制限するようなことを聞くのだろう。コンラートはその質問がとても嫌いだ。言葉が限られた世界で、【好きなところ】を口にするとそれがどこにでもあるありきたりなものに変わってしまうように思えるのだ。とても大切なものが安価なものになってしまうような悲しさが、心のなかに落ちる。自分の言語力がないのもあるが、それでも【どこかで聞いたことのある好きなところ】になるその瞬間がとても不愉快なのだ。
 好きな人のいいところを皆に理解してほしいとは思う。しかし、安易に同感されても不愉快で、かといって、自分しか知りえない彼のいいところを、教えるのも嫌だと思う。矛盾している、が、それが恋をすることなのかもしれないとも思うけれど。なにせ、コンラートにとって恋愛感情としてひとを好きになったことはこれが初めてなのである。まあ、この年といろいろと経験をして、彼に変な印象を持たれたくもない。
 渋谷有利という存在がコンラートをコンラートとして存在させる。
 彼がいるだけで、どんなにつまらない日常も彼と一言なんでもいい。例えば『おはよう』と言葉を交わしただけでその一日がよかったと思えるものになる。それは素晴らしいことだ。
 彼は言う。
 コンラートが自分の名前を呼ぶそれは他の人が呼ぶのと違うのだと。
『ユーリ』とコンラートは彼の名を呼ぶ。彼がどういう意味合いを持ってそれを口にしたのかはわからない。残念ながら、自分が望むような恋愛感情としてではないとは思うが。そこまで考えて少しでコンラートは憂鬱になった。高校生が年下を相手にするはずもないだろう。この歳の年代は妙に年齢に敏感であまりにも歳が離れていると嫌悪感を感じる輩までいる。中学生は中学生と。高校生は高校生、それか歳の上の人をみる傾向がある……とコンラートは感じていた。
 いつも帰り道に合う若い恋人同士はどう見ても、同じ年代と付き合っている。ユーリもそうなのだろうか。
 いいや、違う。たぶん。首を振ってその考えを否定する。
 きっと彼もそう思うのなら、わざわざ高校が終わってから中学校によって自分と一緒に下校なんてしてくれないだろう。ユーリは自分と違って明るく、太陽な笑顔で誰にでも優しい。きっと友達が多いに違いない。それでも、彼は来てくれる。
 自分と同じような恋愛感情を持ってはいないとは思うが、自分は……少しだけでも、彼の心のなかにいるのだろうか、ユーリのなかの特別でひとつであると自信を持っていいのか。わからない。わからないが、それでいいのかもしれない。まだまだ時間はある。成長するなかで自分が努力を重ねて彼の漆黒の瞳に映ったとき【特別】に変わればそれでいい。それこそ、自分が『ユーリ』と呼んだだけで彼のまろい頬が赤らむくらいに。……と、そこまで考えてコンラートは微苦笑を浮かべる。最後のあたりは自分の妄想だ。なんとまあ、恥ずかしい。とはいえ、こうももの想いに耽る中学生がいるだけでも痛々しいと思うが。
「コンラッド、着いたよ! キャッチボール始めようぜ!」
「はいっ」
 着いたとは言うものの、まだコンラートはユーリの自転車の後ろに跨っていた。
そう、正確には公園が近くに見えただけで、目的地にはついていないのだ。
 彼が自分のことを『コンラッド』と呼ぶ。それもまた、コンラートにとって不思議と特別な感覚があった。それは、恋をしているからなのだろうか。それもやはりコンラートにはまだ理解ができない。十四歳はまだまだ、学ぶべきことあるのだなあ、と程良い体温を抱きつく背中に感じながらふつり、と思う。長く思いに耽った話しと答えはというと、たった一言最初に戻る。
 【渋谷有利】という人間はコンラートにとって【特別な存在】であるということ。
 思春期の学生はなんでも不思議と難しく考えたがるものだ、と自分で完結させたませがきだと自負するコンラートは甘えるようにユーリの背中に頬を擦りつけた。




その中学生、語る。



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