callboy


 その日、コンラートはヘルプだった。
 友人、ヨザックが経営している出会い系の。
 内容は実に簡単で、子機をとり客の要望に応えて分厚いファイルのなかから近い風貌、セックスをする相手を紹介し、場所を設けるだけの簡単な仕事だ。
 彼の運営する店が他の業者と異なるところは男もこの手の仕事を請け負っているということだ。コールガール、デリホスを数人雇っている。完全女性向けでないところがバイセクシャルや同性愛者にウケていると耳にしたことがあった。
 コンラートが実際に客を相手にしたこともある。とはいっても女性しか相手にしたことはない。男も抱けるならそっちもどうだ、と冗談めかして言われたこともあったが自分はヨザックのように誰専でもない。男だとそれなりに顔で選んでしまう。電話のみで顔も知らない男を抱く、というのはあまり気が進まないのが本音で、お金が詰まれても首を横に振ってしまう。
 実際、社会人として表の世界で働いているのだ。お金に困ることは一度もなかった。なのにどうしてこのような風俗業のヘルプにあらわれるかと言えば、友人の頼みであるし、少々の気晴らしをそこに求めていた。普段踏み入れることのない場所に踏み入れることで窮屈な社会から少し抜け出したように思える。煙草を吸う感覚にそれは似ていた。よく分からない罪悪感と空っぽの快感がそこにはあって、仕事終わりにヨザックと酒を飲みかわすのがコンラートの日課だ。
 電話はあまり鳴らない。ウケている、とはいえ街中の電柱に貼られた風俗店のチラシを手に取るものは少ない。リピーターが主でそこからの紹介が多い。しかも今日は月曜日だ。仕事始めの曜日に利用する客は一層少なく、コンラートは幾度目かの煙草に火をつけた。
 と、その瞬間に電話が鳴る。なんと間の悪いお客なんだと吹かしたばかりの煙草を灰皿に押しつけた。
「はい、『アフロディテ』です」
 今回は、とシステムの説明する言葉が一瞬詰まった。受話器越しに嗚咽が聞こえたのだ。
「あ……あ、のチラシを見て電話したんですが……っ」
 すん、と鼻を鳴らす声は男性の声。変性期迎えたばかりのような、少年と青年の間のような声音だ。緊張して震えているのか、少し強張っているように聞こえる。震える声を無視してコンラートはいつものとおりに「ありがとうございます」と答えた。
「それで、今回はどのような女性をご所望でしょうか?」
「いえ、あの……。その……」
 ひどく相手は動揺しているようだった。嗚咽でひくついた音がコンラートの鼓膜を揺らす。おそらく失恋でもしたのだろうか、無言のままコンラートは相手の返答を待った。数秒だったかもしれない。それでも返答を待つのはどこか長く感じられた。「あの、」と、そこで一旦区切るとどこか諦めたような声音でその男性は言う。
「……男のひとを、お願いしたいんです」
「そうですか。ちなみにあなたはどちらになりますか」
 タチかネコか。そういった人種ならわかるであろう言葉をコンラートは口にした。またそれから数秒の間があいて、男性は「抱いて欲しいんです」と答えた。



 ホテルの一室に、男性はいた。
 男性と総称するには少し違和感を覚える。青年、と呼ぶ方が正しいだろう。リブの入った黒いカーディガンとグレイチェックのシルエットパンツが青年を全体的に細身に見せている。俯いていて顔は見えない。しっとりとした明かりのなか、先ほどの電話と同じような不安定な雰囲気を纏い、ベッドサイドに腰かけていた。
「こんばんは」
 声をかけると、青年は体をびくりと震わせて勢いよくこちらを向く。黒髪のまっすぐとした髪がさらり、と揺れる。目元はほんのりと赤く腫れあがり、目も潤んでいた。一応ノックはしたのだが、気がつかなかったようだ。
「こ、んばんは」
 強張ったままの青年に笑みを向ける。
「コンラートといいます」
「コンラ…ット、コンラッド、さん?」
 うまく発音ができないらしい。千鳥格子のダブルトレンチコートをチェストボードの横にある服掛けに上着を掛けながら拙く自分の名を呼ぶ青年に「ええ」と頷く。
「親しい友人のなかには、あなたのように『コンラッド』と呼ぶ方もいます」
 もう二度と会わないかもしれない青年になぜ『親しい友人のなかには』といったのか、自分でもよく分からないままそう答えて視線だけを青年に流せば目元の赤味よりも頬を朱に染める。その姿が初々しくてコンラートは目を細めた。それからゆっくりと青年の腰掛けるベットに近づく。
「やはり、泣いていたんですね」
「……すみません。電話、聞きづらかったですよね」
 目を逸らして青年は言う。
「失恋したんです。……だからいま、こういうものに手を出すなんて自暴自棄になってるかもしれない」
 現在進行にそう言って、「でも、よかった」とワントーン明るい声で隣に座ったコンラート見て笑む。
「たった九十分二万円で格好良いひとが相手してくれるなんて」
 幸せだよ、小さな声で呟いた。
 幸せならば、そんな顔をしないで欲しい。部屋に飾られた温かな橙色のランプの色で青年の瞳を照らす。それが妙に色めいてみえた。コンラートは指の腹で青年の下唇をゆっくりとなぞれば、それは微かに震え、泣いていたことで熱く朱に染まっている。
「していいの?」
 今更なにを聞いているのだろう。自分がそのためにいるのに。
 青年は小さく頷いて、ぎこちなくコンラートの首に腕をまわす。羞恥心と今から行われるだろう性行為に好奇心の疼く卑猥な表情を見せて口を開く。
「抱いて」
 青年をシーツの上に押し倒す。途端に白いシーツが皺だらけになり、美しいシーツが汚れて見えた。スプリングが軋む音が聞こえ、聞き忘れたことを思いだす。
「……名前は?」
「有利」
「ユーリ、」
 青年の名を口にすると、下腹部がぐっと熱くなるような浮遊感が湧きたつ。
 興奮をしたのだ。今までの経験した性的興奮のなかでもそれは強いもので、二度目であった。
 一度目は、青年の声を聞いたときだった。


END




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