あなたに会いに行こう5


Y

 最近考えることがあった。
 それは、文化祭の準備の最中に。ふっ、と。
 疲れると甘いものが恋しくなるのだ。「お疲れ様」と先輩に奢ってもらった温かいミルクティーを片手に失礼なことを思う。
 ミルクティーが美味しくない。
 奢ってもらった癖にそんなことを思うの本当になんて奴なんだろうと自分でも思う。けれど、既に思考は違う場所を向きこれ以上失礼なことを出来ないと有利はその場を後にした。
 片手に味気ないと思う缶のミルクティーを持ちながら階段を昇る。彼が作るミルクティーはもっとまろやかで安心する味。それから、何杯も欲しくなる不思議な魔法が掛っているのだ。彼は自分は剣を握り、つかえることしか出来ない。魔力を持たないつまらない人間だという。けれど有利はそうは思わなかった。きっと、彼に言っても信じてはくれないだろうけれど。実際言った時がそうだったからだ。
 彼、コンラッドは日本人が持ち合わせるような奥ゆかしさを持っている。自然に気配りができ、柔らかな雰囲気を醸しだす彼は有利の休息の場である。
 コンラッドと居れば自然と肩の力が抜け笑いが零れる。美味しいお菓子と彼が準備してくれるお茶を飲む時間は一日の楽しみだと言っていい。
「……ほんと、だめだなあ。オレ」
 いつからこんなに乙女思考になってしまったのか。どれだけ、彼に思考を侵食されてしまったのであろう。有利は、教室に誰もいないことを確認すると大きくため息をつき自分の机にくると突っ伏した。額にこつんをもうぬるくなり始めた缶をあてる。
「コンラッド、会いたいよ……」
 二週間も会えないなんて、寂しい。
 まだ残るミルクティーをこくり、と一口飲む。端から期待なんてしてないけれど、どこまでも似つかないあの味に余計の恋しさを感じた。
 有利は帰り仕度をゆっくりと整えながら、迫る文化祭の楽しさよりもその文化祭おわったあとのこと…眞魔国にいつ帰れるのだろうか、と無意識に考えていた。


* * *


 そんなことも文化祭当日になれば奥底の引き出しにしまい、忘れていたというのに。
予想もしな出来事に有利は固まった。それは、考えたところでそれは敵わないことを有利はちゃんと知っていたのだから。
「……な、んで、ここにコンラッドが、いる、の?」
 ここには、地球には来れないはずなのに。驚き固まる有利を知り目にコンラッドは蕩けた笑顔をそのままに有利に近づきその頬を愛おしそうに撫でた。
「勿論、貴方に会いに」
 これが夢じゃないことを有利に告げ、奥底にしまっていたはずの二週間ほど溜まる恋しさを引き出しを開けた。それは、声になることはなかったが、こくん、と唾を呑ませた。
 特別なにをしたわけでもない。彼を危険なところへ赴かせたのとは違う。二人とも平和なところで互いに機会を待っていただけなのだ。遠いけれど、会おうと思えばいつだってあえる。
「コンラッド、だ」
 けれど、二週間は辛くて。ここがどこだか、木野に声をかけられるまで忘れかけていた。


■ □ ■
N

 なに、このBL。
 七宮は想像以上の展開にだらだらと涎が垂れそうになった。その啜る量はきっと某王佐の汁といい勝負になるかもしれない。
 自然に有利の頬に手を滑らせる外国人。絶対平均的な日本人の男性が切れば「うわ、だっせ」と非難を浴びるであろう着こなしの難しいピークドラペルの1つボタンが特徴的な細身のストライプブラックのスーツ。カジュアルさを演出するように、ノータイではあるが、カジュアル過ぎないよう胸元の緑のハンカチーフが見え華やかさを演出している。長い手頸のあたり、袖口にはきらりと光るシルバーのスクエアカットのカフスが。着こなす、というのはこう言う人を言うのだろうな、と七宮はごっくん、唾を飲み込みながら思った。…蛇足であるが、有利もその点で言えばしっかりチャイナ服を着こなしている。
 開催時間から一時間ほど経ったとき、有利が呼ぶ【コンラッド】という名の男は突然現れた。鼻立ちのはっきりとした柔らかい格好で。物腰柔らかで、まさかこんなに格好良い人だ。村田の情報は適格であったと騒ぐ人々の中、七宮はこっそりとほくそ笑んだ。


 ――七宮は元中学の同級生、村田健と交流を持っていた。勿論、恋心なんて毛頭もなく隠しもつ黒い性格に共感するものがあり偶然に町で会えばどこかで軽くお茶を嗜む程度には中が良かった。
 あるとき、予備校帰りの村田と文化祭についての会議で帰りの遅くなった七宮はばったり、駅の近くで会った。そこでなんとななく二人とも夕食もまだだし、近くのファミレスでご飯でも食べながらちょっと……と二人ともなんの気なし一緒に夕食を食べることにした。それが、まさか文化祭に大きなイベントを持ってくるとはそのとき七宮は思ってもみなかった。


* * *


「……ふぅん。もうすぐ渋谷のところはもうすぐ文化祭なんだねえ」
 もうそんな季節なんだね、と村田はドリンクバーで入れてきた食後の紅茶を優雅に啜りながら言った。
「そうなのよ。模擬店をやろうと思うの。けど、何をしようか迷ってて……もう、メイド服だってありきたりだし、ナース服や巫女服だとどっかのイメクラみたいじゃない」
「あー……わかるなあ。なら、大正レトロにはいからさんなんてどう? 結構いいと思うんだけど」
「袴を手に入れるだけで苦労するし、着付けで文化祭はそれどころじゃないわ。……昔……ああ! ならチャイナ服がいいかもしれない。中華店なら肉まんとか出るし」
「いいんじゃない? なら僕も文化祭に行こうかな」
 と、そんな感じにだらだらとしかし、綿密な計画を七宮は村田の意見を取り入れながら着々と立てる。……しかし、七宮は不意に眉を顰めた。
「どうしたの? 七宮さん」
「んー……なんだかありきたりと言うか。ちょっとつまらないと思って男子が女装……それにしたって文化祭ではあまり目立たないと思うし、これはここでしか見れない! って感じの模擬店にしないと利益が見込めないわ」
「……たしかに」
 村田は同意してうーん、と唸った。それから、なにかを閃いたのか口角がにやり、と上げた。
「なら、僕が面白くしてあげようか?」
 七宮と同じく、自分に利益がないと動かない村田。七宮はすぐにこれが取引だということを直感した。村田が提案を口にし、七宮は悩むことなくそれの交渉する。

 そして、今の美味しい展開に至る。
 嬉しいのか有利の頬はうっすら上気していてその小さな有利に寄り添うようにコンラッドと言われる男はにこやかにほほ笑んだ。なんだろう、あの二人からにじみ出る桜色のオーラは。絶対に普通ではない。
 七宮の髪が一本、ピィンと立ち上がる。それは髪で片目を隠した妖怪少年を彷彿させた。
 これは、フのつく乙女なら誰でも感じる勘よ!
 にまにまにま。によによによ。
多くの視線を集める台風の目のような二人に七宮は変態的ににやける顔と妄想を振るに脳のタンスにぎゅうぎゅうぎゅう! と押しこんで人のよさそうな笑顔で有利に言った。
 せっかくだから、そこで話でもしたら、と。


■ □ ■
K

 なんなんだ、これは。この展開は。
 木野は無意識に呆けた口を慌てて閉じた。しかし、そうなっても仕方ないよな、と自分にフォローを入れた。蜂蜜みたいな笑みを浮かべた外国人と、子猫のような甘い声で名を呼ぶ有利。
 その声も表情も木野は知らなかった。
コンラッド、と呼ばれたすらりと背の高い男は有利の頬に当たり前のように指で撫でた。こくり、と有利の喉がなった瞬間は、なぜかこっちがどくん、とひとつ心臓が跳ねる甘やかさが広がる。
 知らない、こんな渋谷。
 けれど、はっと、ふいに思い出す。この表情一度みたことがある。いつだったか、ものすごく有利が憂鬱で見ているこっちが痛みを覚えそうな顔をしたことがあり、それが一ヶ月ほど続いたそのあと、その表情が一転したのだ。
 とても華やかな顔に。


* * *


 その日の放課後。木野が帰りの途中忘れものに気づき慌てて教室へと走りこんだとき、そこに有利がいた。橙のような朱色のような今夕に白い有利の肌が染まり、胸からさげたものを愛おしげに見つめていたのだ。それは一つの絵になりそうなほどの美しさで慌てて扉を開けた木野は渋谷に申し訳ないと思う気持ちとそれから勿体ないことしたな、と思いに駆られた。
「あ、木野」
 有利に名を呼ばれ木野は慌てて返事を返した。
「あ、ああ……忘れ物しちゃってさ」
 木野の机は有利の隣であった。愛想笑いにも近い笑みを浮かべて木野は机の中から忘れてしまった教科書を鞄の中へと移した。
「それ、渋谷の大事なもんなのか?」
「うん」
 猫のように目を細めて有利は頷いた。
「最近ずっと、優れない顔してたからちょっと心配してたんだけど。もう、大丈夫そうだな」
 ほっとした木野の表情はまるでお母さんだ。有利は「ごめん、心配かけて」と苦笑いを浮かべた。木野は「いや」と首を振った。
「謝ることじゃない。おれが勝手に心配してたんだから。でも、もう明日から平気なんだろ?」
「もちろん!」
 彼は元気よく頷いて、木野はよかった、ともう一度呟いた。有利も手のひらにある青いペンダントを見つめてよかった、と呟く。きっと、このペンダントが関係しているんだろうなあ、木野はなんとなく思った。理由はやっぱり聞かないけど。聞いて慰められるような言葉は自分には用意できない。有利が言いたい、それで少しでも彼の不安や悩みが減るならばいくらでも聞こうと思う。けれど、有利がなにも言わないでいるのなら、自分はそれでいいと思う。悩んでいるのは有利で解決できるのも有利だけなのだ。友達であろうがそこに土足で踏み入れてはいけないと、木野は考えている。
「……で、渋谷はなんでここにいるのさ? とっくに下校時間過ぎてるぞ」
「あー……待ち合わせしてんだ」
「ふぅん。彼女?」
 有利に彼女がいないことは知っている。が、もうお決まりの言葉になっているのだろう。木野は冗談めかしてそう言う。
 木野は多分いつものように呆れた顔で、もしくはむっとした顔で有利が「いないよ」と言うと思っていた。
 だが、違った。一層に有利の笑みが深くなり、
「彼女じゃない。だけど、すっごく大切なひとが帰ってきたんだ!」
 と、有利は言った。 あのときの表情に似ている。30秒ほどの回想が終わり、木野は楽しげに有利に問うた。
「渋谷、このかたはどちら様で?」
「あっ!」とおそらく目の前の外国人に気を取られていたのだろう、有利は慌てて答えた。
「コンラッドはオレの名付け親なんだ! で、こいつは木野大輔! オレの友達!」
 有利はコンラッドと木野の顔を交互に見て互いの紹介をした。紹介されたコンラッド、という男が軽い会釈をしたので木野もつられるように会釈をし、顔を上げながら確認するかのように言う。
「名付け親?」
「ええ。コンラート・ウェラーと申します」
 名付け親にしては若いような……そう思うも、それ以上のことが目の前で繰り広げられて木野は驚いた。
 英語が嫌いな有利が外国語をしゃべっている。
 楽しげに談笑する二人……特に有利はいつもと同じようにマシンガントークをしている。それは、テレビで観たときにやっていたドイツ語に似ている気がした。
「……お前、外国語喋れんの?」
「×××っ! ……え? 外国語?」
 有利が小首を傾げると、コンラッドがまた外国語で有利に何かを告げる。
「×××××。……×××」
 すると、有利はびっくりしたように声を上げて、コンラッドは彼に耳打ちをした。
「××××」
「……〜っ! コンラッドのばか!」
 どうやら恥ずかしいことを言われたらしい。有利の顔が赤い。彼は木野の視線に気がついたらしく慌てて、うんうんと頷いた。
「……え、えと。そうなんだ! コンラッドにオレ、ドイツ語教えてもらってて……つい、出ちゃったというか……」
 なんだか納得できない気もするが、有利が外国語を話しているのは確かなので木野はそれ以上の詮索をするのを止めた。そこに七宮が胡散臭い笑みを浮かべてこちらに来るとコンラッドに会釈をし、有利に尋ねた。
「ねえ、久々に会ったみたいだしそこの席で話せばいいじゃない。もちろん、女装してくれたからなにをいくつ頼んでもタダでいいわ」
 嘘つけ、と木野は思った。フの付く乙女。腐女子の七宮のことだ。この格好良いコンラッドと可愛い有利と言う最高のシュチュエーションを目に焼きつけたいだけだろう。もしかしたら、同人誌を作るかもしれない。
 じと、と七宮を見ていると電波を受信した。
(いいわね! 邪魔したら許さないんだから!)
 はいはいと木野は頷いた。七宮を怒らすとロクなことがないことは幼馴染である自分がよく知っている。それに、あの二人も話すことはたくさんあるようだし。七宮の指示で、コンラッドとユーリは席へと誘導されるのをみながら、ぽりぽり。木野は困ったように後頭部を掻く。
 ……この二人、なにかしでかしそうだ。






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