あなたに会いに行こう4

C+M 

「ああ、よく似合ってるじゃないか! さすが、ドクター! 伊達に秋葉原に通ってたわけじゃないんだね」
 あっはっはァーっ! コンラッドは着用せよと言われた服に袖を通し、身なりを整え再び、地球へと案内してくれた少年もとい双黒の大賢者に姿を表わせば腹を抱えて笑われた。幼く見えても、その身分は天と地のほどの違いがあり間違っても大賢者と称される四千年の記憶を詰め込んだ者に手も足も出ない。……ここに愛しいあの子が関わるとするならばまた別であるが。まあ、それをここで披露することもない。コンラッドはそう考え、彼お得意の社交性溢れる笑顔を全面に出しあえて嘲笑されることを無視した。
 村田の部屋を借りてきたその服はコンラッドの目には普通に見えた。もしかしたら、十五年と以前の記憶ではファッションセンスは古いのか。……しかし、ドクターという人物は地球で生活しているからそこまで社交性に外れた服装を用意することはない。ならば、着目するとするなら『秋葉原』であろう。彼、ドクターもそれなり電化製品に興味を持つとは思うがそれ以上に彼が想いを馳せるのはきっと電化製品街を外れた一本外れた道に存在する『オタクの聖地』。昔お世話になったことも彼の家には多くのガンプラが敷き詰められていたのを思い出して、小さくため息をつきそうになる。もしかしなくても、今身を包んでいる服はそれ使用なのか。嫌な予想がコンラッドのつくん、と胸を突く。しかし、それは少々違うようだ。けらけらと笑う村田はコンラッドの心中を察したように、「ごめん、ごめん。マニアックじゃないから安心して」と目尻に溜まった涙を拭いながら、コンラッドをリビングのソファーへと座らせた。
 その拭う仕草を見れば、どこをどう安心していいのか分からない、が、コンラッドは促されるままにソファーに腰かける。村田はコンラッドの視界から消え、キッチンに用意した、コーヒーと自分専用の煎茶をお盆に乗せテーブルへとそれらを運び載せた。
「そのスーツはさ、やっぱりモデルとかが着て初めて良い意味で人の目を奪うものだと思うんだ。元のいいウェラー卿にこの服装が似合うか心配だったけど、無用だったみたい。……とても良く似合ってるよ」
 煎茶を啜りながら、村田は「まあ、僕に言われても嬉しくないと思うけど」と今から向かうイベントに向けてだろう愉しげな表情を見せた。機嫌のいい村田に合わせるようにコンラッドも「有難うございます」と答えた。
「さすがは元王子であった貫禄はあると言うか、ほんと。普通の人だったら浮くよ」
 ずずっ、と煎茶を湯のみいっぱい飲みきって村田はコンラッドの前に紙を差し出した。それからブラックレザー二つ長折財布。心なしかふっくらとしている。
「僕はあとから行くよ。色々仕度もまだだし。大人になってまで誰かと一緒に行動も共にしたくないと思うし。ああ、渋谷は別だろうけど。こっちは渋谷の学校までの地図ね。この時間帯なら外を歩く人も少ないだろう。……で、こっちはお金。ボブから。せっかく地球に来たんだから楽しんで」
 はい、と渡された紙にコンラッドは手を伸ばした。
 ここに愛しいあの子がいる。

■ □ ■
Y

「……え、えと。オ……わ、たしは今仕事中なんで、すみません」
 この台詞文化祭スタートして、何度目だろうか。有利は「つまんなーい」ときゃぴきゃぴとじだんだを踏む男連中に苦笑いを浮かべながら途方にくれた。
 十一月の風は秋風の中に微かに冬の匂いがする。肌にあたる風は冷たいが、高校に入っての初めての文化祭に有利はわくわくとし、鼓動は静かに心音を早くして、あまり寒さなど気にならなかった。
 女装をする代わりに自由行動が優遇されている有利は1年B組の始めの顔だしをしたあと早々に教室を後にした。一通り周りを把握しておこうと思ったのだ。もし、誰かに道を聞かれても分かるように。文化祭実行委員のくせに道がわからない……なんてことになったら結構情けない。思いの他、完璧主義七宮にそんなことが知られれば二時間は説教されそうだ。嫌な想像を首を振ることで拡散させる。
 校庭は始まったばかりだというのに結構な賑わいであった。しかしその多くは家族や友達身内の一般の人だ。たぶん、もう少し時間がたてば、近隣の学生などが着てもっと賑やかになるんだろうなあ、と有利は微笑んだ。
 女装に馴れたわけではないが、文化祭が本格的に始まったいまではもうさして気になることもなくなった。七宮の言うとおり、他のクラスも女装、男装、着ぐるみ等々。多くの仮装をしているからだ。その中、恥かしがっていれば、逆に浮くだろう。
 文化祭実行委員の有利の今日の役目は簡単で、来客数の集計であった。とは言っても、有利の文化祭はチケット制ではないので明確な人数は分からないのだが。
 校門の前に受付用のテントが張られ、来た人の多くはそこに足を止める。配布されているパンフレットを受け取るためだ。来客した全員が無料配布されているパンフレットを受けとるわけではないが、大まかな数が分かればいいのだ。配布されたパンフレットを統計をとると有利はせわしなく動く三年生の実行委員長を伝えた。これで有利の役目は終わり。
 一人で出店を回っても味気ない。けれど何か食べたいな。摘まむように回って1年B組の教室に戻ろうと袋に入った綿飴を食んでご機嫌に校内へと戻ろうとした矢先、声を掛けられた。……男に。
 それなりに女装を冷やかされるもの嫌だが、女装がばれず猛アタックするのも対応に困る。有利は笑みを引きつらせた。
「彼氏いるの?」
「おれと付き合わない?」
「かわいいね、きみ」
「今度デートしようよ」
 おいおいおい。こんな漫画みたいなことがあるのかと有利は自身のおかれている状況に呆れ、何度も断りを入れた。言うまでもないが性別は隠して。これ以上、こちらに興味をもたれても困る。その何度目になるかであろう断りの途中聞き覚えのある声が聞こえた。
「おーい、渋谷」
「あ、木野」

■ □ ■
K

 木野はやっぱり目を離さなければよかったと男連中につくづくそう思った。
ふと、目を離した隙に彼、渋谷有利はすぐに消える。まるで猫のように興味擽られたものに従順で、どこか自由きままなところがある。それは柔軟な思考もつ有利の美点であり欠点だと木野は思った。たぶん、有利が付き合う恋人は年上がいいと思う。姉さん女房とも違う、これまた柔軟のいい人が理想であろう。明るい彼の好きに動かし、それこそ猫可愛がりしてくれる……そんな女性いるのか? 自分で考えながら木野は首を傾げた。それではどう考えても抱擁力ある男の方が向いているのではと思った。
 べつに有利を同性愛者にしたいということではない。けれど、日に日に有利の【可愛らしい】というところが増えてきているのだ。それはどこか、恋する女の子のような。……全くもって、七宮からは感じられないほどの淡い桜色の雰囲気。男にしてははんなりと笑う仕草は一体どこで覚えてきたのか。
 無邪気な一面に見える小悪魔的な仕草もダントツに男の中では光るものがある。けれど、それでいて男らしい一面も垣間見える【渋谷有利】という存在は一度目に焼きつけると離させない。
 大きなアーモンド形をした猫目がちら、と上目使いされれば基本的に彼の【お願い】は了承されるだろうし。それを故意にやっている分にはまだいいのだ。
 ……だけど、渋谷は無意識に人を誘うからなあ。
 ぽりぽりと後頭部を掻きながら、有利と校内へと移動する。囲まれる有利と囲う男の両面に角が立たないようにその場から有利を連れていくことに成功した。諦めきれない男たちには、チラシを配布。これでも宣伝しなければならないし、もし来たとしても七宮や自分が目を光らせて置けばいいのだ。きっとそうでなくとも、クラスの皆も彼から目を離さないと思うが。何の気なしに彼が素直にする人としての礼儀、素直な言葉は皆を温める。少なくとも、このクラスに渋谷有利を嫌いと思う者はいない。
「木野も食べる? 綿飴」
「さんきゅ」
 有利は甘いものが好きだ。それは悪いことではないが木野は苦笑した。いまの格好ではその綿飴は有利の可愛らしさを一段と引き上げた。可愛らしいピンクのパッケージにマスコットキャラクターのアヒルが描かれた綿飴の袋。その口は開いて、男にしては細い手はぱくぱくと綿飴掴み、小さな口へと運ばれる。
「……んまいなっ!」
 にこっと笑う彼の幼児のような無邪気な笑みに木野もつられて笑う。
「あまいなあ」
「なっ!」
 おれも、という言葉は有利の相槌によってかき消された。別に聞かれなくてもいい言葉なのだから、と木野は頷く。
 どうにも、世話を焼きたくなる彼はやはり猫にしか見えない。
「ありがとなー、木野。ほんとにさ、あーやって囲まれると困るなあ。なんか騙してるみたいだし、居心地わるくて……本当に助かった」
「いいえー」
「も、少し食べる?」
「頂くわ」
 ふたりでぱくぱくと綿飴を食べながら、階段を昇る。そう、何をしたというわけではないのにイベントの日には何か魔法でもかかっているのか時間が早く過ぎて、木野が腕にはめている時計をみればもう11時半と過ぎていた。
 1年B組の教室は3階にある。目的の階まで着くとそこは異様な光景が広がっていた。
「……なんかさ、ひと多くない?」
 有利は怪訝そうに眉を顰めて、木野に問い、「ああ」と木野は相槌を打った。3階のB組へと続くその廊下は異様に人が溢れていた。文化祭で混まないところは少ないが、これだけ妙な熱気に包まれていることはないだろう。
 ……なんとなく女性が多いな、と木野も思った。それは有利も思っていたようで、「女の子多いね」と言い、二人は教室へと人ごみを避けながら向かう。
 木野は何となくこの人ごみはB組の教室からではないか、と思っていたが、それは的中していた。廊下側の窓は締切で開閉されているの引き扉だけだ。そこから少しでもいいから覗きこもうとA組やC組などの人がそこにいた。
 入りずらいな……と思うものの入らないと手伝いが出来ない。(有利に置いてはただ、目の届く範囲に置きたいだけだが)思わず、目を伏せて溜息を吐き扉を引けば、
『ユーリ』
 柔らかくて甘い声が、開けた瞬間鼓膜を震わせ木野は驚いたようにきょ、と顔を正面に向けたとき、有利が震えるように呟いた。
「コンラッド……っ」
 それは、子猫が強請るような声に似ていた。木野は自分以上に驚き目を見張る有利の顔を見たあと、もう一度顔を前に向けた。
 コンラッド、と呼ばれた男は蜂蜜のように蕩けた顔で笑って、もう一度。

「ユーリ」と、呼んだ。



(補足)
*アルファベットの意
C:コンラッド
M:村田 健
Y:渋谷有利
K:木野大輔

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