あなたに会いに行こう2

Y+α+β

「……おいおい、木野。これ、短すぎやしないか? てか、なんでオレこんなの着て接客しなきゃいけないんだよ!」
 有利はため息をついて、己の格好に心底うんざりした。なんで11月って寒いときにこんな服を着なきゃならんのだ。
「そんなの圭にいえよ。あいつが決めたんだから」
 有利に声を掛けられた男、木野 大輔はどこか諦めたように笑い、どっかりと文化祭の模擬店のために設置された黒の革張りのソファーに座った。お前も座れよと声を促されるままに有利は木野の隣に腰かけた。木野は男らしく足をがにまたまでとはいかないが大きく広げていて、有利は羨ましそうにそれを見る。
「いいなあ。オレも普通に座りたい」
 有利は必死に服の裾を引っ張って、まるで女の子のように両足をそろえて座っているのだ。
「渋谷は無理だろ。その格好じゃ」
 からかうように己の服く指摘されてむっとし、口を開けた瞬間。高い声に遮られた。
「渋谷くーん! どう、服大丈夫って……いいわね! 素敵ね! すっごくよく似合っているわよ。そのチャイナ服」
「……七宮」
 有利よりも幾分と背の高い黄色のチャイナ服を着た女子がソファーに腰掛ける有利と木野のところへ駆けてきた。
 七宮 圭。きっぱりとした性格の彼女は少し村田に似た性質を持っていると有利は思っている。それと、ほんの少しアニシナの性格も。村田のように頭が切れ、アニシナのように何事も積極的に行動に移す。まさに、リーダー的性格を持つ女の子。ギーゼラのように見た目はほんわかとしているが、中身を外見は比例しない。七宮は、ふんふんと上機嫌に鼻を鳴らしながら有利を品定めするかのように上から下までじっくりと見据える。視界の欠片にも木野の姿は入ってないらしい。梅色の大きな花が二つ付いているシュシュで纏められている程良く崩れた頭部に作られたお団子が揺れる。
 見つめられるのが居た堪れなくて有利はそのお団子に視線を映した。
 ああ、恥ずかしい。
「やっぱり、渋谷くんには王道の赤いタチャイナ服が映えるわね! 黒髪と腹立だしいほどの白い肌にぴったり!」
「うう……褒められても嬉しくないよ。……七宮、オレのやけにチャイナ服スカートの丈短くない?」
 これで今日、人の接客をするのかと思うと羞恥で涙が滲んできた。
「大丈夫よ! それに白いニーハイを穿いているのだから丈はそうも見えないものよ。絶対領域万歳!」
「……本当に圭は腐女子だな。目がきらきら輝いてるぞ」
 木野は関心するかのように握りこぶしを作って有利の衣装を絶賛している七宮に苦笑した。普通にしていれば可愛いのに、一度妄想スイッチが入ると手がつけられない。
「渋谷くん、自分に自信を持ちなさい! 私が見立てたのだから! 私の目に狂いはなかったわ」
 服の主となる色は赤。襟や裾元は黄色が入っている。11月ということもあり長袖の着丈七十四センチのかなりのショートコスチューム。伸縮性がないので、座るときは気をつけなければならない。少々高校生が着るには妖しさ満載のチャイナ服。しかし、その妖しさを和らげるようにパニエ風の愛らしいふんわりとした段々となっているギャザーたっぷりの白いスカートがスリットから見え、色気のある……というよりも可愛さが引き立つものになっている。かなりの妄想力と裁縫を施したのであろう細やかなところまでしっかり萌えが詰まっていた。袖口は広く作られ、そこにもふわりとしたレースがついていた。
「んまあ、圭の見立てに悪いところは見当たらないな」
 ふむと顎に手をあてて七宮に賛同を送る木野に有利はきゃんきゃんと吠える。
「オレだって、七宮の衣装をこだわりはすごいと思うよ? でもさ、オレ男なの! オレだって男の用のチャイナ服を着たいのっ。男が男の服を着る! 結構正論を口にしているつもりなんだけど! ……その前にさ、可愛いとか言ってるけど、そんなフォローいらないから! 似合わないだろこれ!」
 出ました。有利お得意のトルコ行進曲。
 喋っているうちに有利も熱を上げたのか、立ち上がり言葉を必死にならべたが、木野も七宮も「はいはい」と呆れたように聞き流すだけであった。
 それもそうだろう。
 ほんのり頬を桜色に染めて、スカートの短い丈を両手で握りしめ、そわそわと恥ずかしげに体を揺らし、無意識に上目使いをするその仕草。本人がどう言おうと二人の心はひとつの言葉しか浮かびあがってこなかった。
『すっごく可愛い』
 模擬店となる1年B組の教室にはまだ、有利と木野、それと七宮しかいない。
それもそうだ。この三人は文化祭委員なのだ。
 文化祭全体の最終確認を行うために、早朝に集合している。有利は憂鬱になった。ああ、この格好をしたまま朝の委員会議に出なきゃならんのか、と。……まあ、今更といえば今更なことなのだが。朝から着替えないと文化祭が始まったときに間に合わないのだ。しっかりと男性用の長袖の中国着を着用している木野と、うっすらお化粧をして女の子らしさがアップした七宮に挟まれた、自分。考えただけでも逃げ出したい。
 どんよりとした有利に七宮は渇を入れた。……人を指差してはいけません。背後のオーラはアニシナを彷彿させた。
「ぐずぐずいわないの、渋谷くん! 美に完璧を求める私が可愛いと断言しているのだから、堂々としていればいいのよ。それにこれは多数決で決まったことなの。渋谷くん拒否権はないわ」
「……う、それは……そうなんだけど」
「それもそうだなあ」と、木野は相槌を打った。有利はどうにもならない後悔とともに約二週間前のことを回想する。

□ □ □

 模擬店は中華店を開くことに決まった。
とは言っても、本格的にエビチリや麻婆豆腐や中華の王道を出すのではなく、歩き売りもできる肉まんや小包龍、デザートに杏仁豆腐くらいしか販売はしない。まあ、肌寒くなった霜月にもってこいのメニューだろうと反論もなくクラス会議は進んだ。……そこまでは。しかし、予定は予定で。何を出してもかまわないのだがそれを実行するのにはそれなりに時間と手間がかかる。問題はここからだった。誰が、メニューを作り、販売するか。どう宣伝するか。内装はどのようにするか。……詳細な会議になると、ぐずぐずになる。半数近くは裏方作業は面倒でやりたくないのが本音だ。小さく固まってきた団結力が少しざわめき始めた。が、ここにそれを予知をしていた人が一人。今思えば、どんどこはめられたなあと思う。
 クラス一発言力女子。七宮 圭は壇上で高らかと声を上げた。
「男子は大道具を作ってください。必要なものはすべてこちらで用意します。もちろん、何を作るかの会議はいたしますが、話がまとまり次第それをひとつの資料にし、配布します! それなら、のちのち問題が起こることは少ないでしょう?」
 先生もクラスも頷いた。……口で言ったことは忘れてしまうことがあるが、ここで決めたことをひとつの紙にまとめて書いておけば忘れることもないだろう。流れに乗って生きた方が楽なご時世、皆七宮の案に賛同をした。
「大まかなことは皆で決めて詳細はこちらで決める。皆もあまり放課後に集まることはしたくないでしょう?」
 まあ、出来ることならさっさと帰りたい。七宮はぐるり見渡して皆の顔を観察すると、バンっ! まるで裁判の終了を知らせる合図のように教卓を叩いた。
「すべて私が、責任を持って詳細なスケジュールを立てます!」
 おお、所々から感嘆の声が上がる。しかし、ここから七宮の計画が本格的に指導したのだ。村田と同じで己に利のある行動を求める七宮。彼女の顔がにしゃりと歪む。
いまでも有利は覚えている、その視線が己に向けられたことを。そして七宮は鼻息をふんと一つ鳴らし、とても楽しげに声を上げた。
「その代わりに、ひとつだけ私の好きにさせて下さい!」
 勿論、利益向上のための案ですからご安心を! と、七宮は言った。……彼女のことだ。利益に結びつかないことは絶対にしないとクラスの皆は知っていたので、「まあ、スケジュールも立ててくれて放課後早く帰れるなら、ひとつくらいいいだろう」と考えていた。有利に至っては、「なら、眞魔国に行けるかな?」などど意識をあちらに飛ばし、七宮の言葉に耳を傾けた。……まさか、この数分後には災厄が身に降りかかろうなどこれっぽっちも思っていなかったのだ。どこからともなく承諾の言葉を得ると、「有難うございます」と勝利の笑みを浮かべて七宮は、どうしてもやりたかった「文化祭のお約束」案を口にする。
「皆さん! 中華店! 中国! と聞いて思い浮かぶのはなに? そこ!」
 そこ、とチョークが飛んでもおかしくないようなしなやかなスナップを効かせて七宮は木野を指名した。
「怖ぇよ、圭……」
 七宮の目は小さい子なら一瞬で泣いてしまうであろう興奮で滾る目で訴えるので木野も、クラスメイトも引いてしまう。そんななか有利は、その素早くかつ滑らかな彼女の動きに、七宮ならキャッチャーとか結構いいんじゃないか? 今度草野球にでも誘ってみよう! ……なんて野球バカ思考で七宮をみた。
『あ、目があった』
 野球と眞魔国(ほとんどが無意識にコンラッド関係)のことを考えて頬づえをついていたら偶然にも七宮と目があった。すると鬼形相が一変、しゅるりと、二口女のごとくその興奮するオーラをしまいこみ、にっこりと七宮は微笑む。途端、ぶるりと背中に寒気が走り、腕を擦った。
「どうかしたか、渋谷寒いのか?」
 隣席の木野が有利の行動みて声をかけ、有利は「そうかもしれない」と答えた。
「まあ、風邪は引くなよ」
「うん」
 家に帰ったらとりあえずイソジンで嗽でもしよう。
「木野! 私の話しを聞いてる?」
「ああ、ごめん」
  で、何の話しだっけ、と悪びれず問う木野に七宮はぴくりと眉を吊り上げると少しばかり声を低くし、質問を口した。
「中華店または中国と聞いてなにを連想する?」
「……ふっつーにチャイナ服とか? あとパンダ」
 答えは本当に適当で内心木野は、七宮が持ってくるチョークが飛んでくるかもなあ、と思ったのだが、その予想は外れ、七宮は「そうです!」と木野の答えに満足気な声を漏らした。
「そう! チャイナ服! やはり、文化祭と言えば仮想が付き物だと思うのです! 特に見た手もなく制服の上にエプロンでは味気ないでしょう? しかも、あまりにも中華のイメージが見えない。他のクラスでは王道のメイド服や多々あるコスプレの案が出てくる。少しでも客の目を引くものと言えばコスチュームが必要になると私は思うの。最近ではメイド服も珍しくなくなったこの時代。少し前に戻ってチャイナ服は逆に新鮮だと考えます」
 有利のトルコ行進曲にも負けず劣らず、歯切れのいい、一定のアップテンポなリズムを兼ね出る彼女の長文はさながら軍艦行進曲のようだ。

 タータラッタラッタッタタ、ラッタッター

 思わず癖になりそうな長文である。
「なので! クラス全員でチャイナ服を着たいのです!」
 皆、きょとんとした表情を見せる。失礼ながら、七宮にしては至って普通の案だったからだ。別にそれなら、願いしなくとも普通に会議案に出せばいいものである。わざわざ、詳細なスケジュールを纏めなくとも皆でコスチュームを着るぐらい非を唱えようとするものは誰もいないのだ。なので数人は頭にクエスチョンマークをぴこぴことつけ、いいんじゃない? と小首を傾げた。
「……うふ、了承有難うございます。しかし、本題はここからなのです」
 妙に悦のような声を出したあと、七宮はもはや独壇場だろう会議を進めてゆく。
 だが次の瞬間、数人についたクエスチョンマークがびっくりマークに変わった。
「女子には男装を! 男子には女装をしていただきたいのです!」

『うおおおおおっ!』
『えええええーっ!』

 注意して頂きたい。
 雄叫びをあげた驚嘆の声を漏らしたのは間違えもなく女子である。そして、不愉快な講義を上げる少し高い声音を発したのは男子。七宮のこの一言で教室内に漂う空気は異様なものに変化をした。昔よりもずっと、腐女子やオタク……そのような言葉に免疫がつき、以前よりも偏見の目が少なからず減ってきた今の時代。ちらほらと休日にキャリーカーをひいている萌えの熱気溢れる場所へと向かう乙女が1年B組は多く生息していた。

 一度はしてみたい男装!
 一度はおがみたい女装!
 ナイスっ! 七宮!

 間違いなく心の中で半数以上の女子が七宮 圭に拍手を送ったことだろう。
「……ですので、女子の皆には、男子が大道具を制作する代わりに、衣装と小物、また当日の化粧を担当してほしいと考えているのですが……宜しいでしょうか?」
 がってんだ! 打ち合わせなどしていないのに女子全員がたからかと拳を突き上げた。……どうやら、皆理解のある乙女達であった模様。
 心なしか女子の視線は宙に浮いているように見える。妄想タイムに入ったようだ。しかし、それを了承できなねているのはやはり男子で、腕組んで「なら、当日学校休むわ」……等々の声が小さく教室内を跳ねていた。その言葉にぴくり、と器用に耳を動かして七宮は笑った。その言葉が! その言葉が聞きたかったのよ! と。彼女の計画の詰めに入る。
「あら……男子はあまり了承出来ないようですね」
「……まー寒い中ってのと、正直ガチムチの男やすね毛の濃い男がやっても冷やかさるだけっていうか。店自体にはよらねえで。冷やかされて終わるだけだろ」
 ぽりぽりと頭を掻いて木野は言う。そりゃ尤もな話だ、と有利も頷いた。あ、でもガチムチでもグリ江ちゃんは着てるなあ。なんて、頭の片隅にヨザックのし女装を浮かべて。……ヨザックの女装は間違いなく別枠だろう。
「それもそうですね」
 七宮はすでにその言葉を予知していたように即答した。それからずっと、とっておいた言葉を口にする。
「なら、チャイナ服を着ても違和感のない男子ならいいではないでしょうか? 女子にも普通にチャイナ服を着て頂き、その中に紛れ込ませる。それを売りにするのです。チャイナ服を着た男子を探せ、と。見つけたお客さんは食事代がタダ。どうでしょう、面白いと思いませんか、渋谷くん」
 なんでここでオレに振るのだろうと思いながらも有利は素直に答えた。
「ん、いいじゃないかな。面白そうじゃん」
「了承有難うございます」
 んん? 了承? 同意じゃなくて? 有利はなんとなく引っかかる七宮の言葉小首を傾げながらも彼女の笑顔に押されるように頷く。
 そのとき、クラスの全員が自分に向いていたことなど気が付きもしなかった。そして有利は七宮の策略にどっぷりと捕まり、哀れなる子羊と化したのだ。
「それでは、その男子。一人を多数決で決めましょう。白紙の紙を回すのでそれに名前を書いて下さい」
 すでに、有利以外のクラスメイト、先生は誰がその男子に選ばれるかを知っていた。

□ □ □

「……渋谷、回想したってどうにもならないんだよ。31対1。どう考えてもお前の負けだ。多数決なんだから」
 回想から戻り、がくりと項垂れる有利の背中を木野は優しく叩いた。また、それが余計に憂鬱に磨きをかけるのだが。と、言う前に多数決に勝ち負けもないだろう。重いため息を有利がひとつ吐くと、ぱんぱん、と七宮は手を叩いて打ち消した。
「いい? もう決まったことなの! その代わり渋谷くんは基本的に自由行動してていいから」
 こんな格好で自由行動もなにもないだろうと思うが、七宮の口調はそれ以上の無駄口は許さないという雰囲気をもってきて、有利は開きなおることにした。どうせ村田やコンラッドとかに見られるわけじゃない。
「……わかった、わかった」
「うんうん。渋谷くんは男らしくていいわね。いさぎいいわ。それじゃあ、もうすぐ委員会の集合かかるし、行きましょう。早めに終わらせたら、渋谷くんも化粧するんだから!」
「うええ」
「ガンバレ、渋谷」
 全く、他人事だと思いやがって。
 しかし、今日は年に一度の文化祭。これぐらいで憂鬱になっていたらキリがない。有利は無理やりとも言えるような前向きな気持ちを引き出して、木野と七宮とともにグラウンドへと向かった。



(補足)
*クラスメイト*

木野 大輔(きの だいすけ)
性別/男
有利の友人

七宮 圭(ななみや けい)
性別/女
腐女子でクラスのまとめ役。コスプレイヤー。
委員長的存在。クラス委員ではなく、文化祭委員のみ。

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