ちょっといやらしい、キス




 自分の忍耐力を褒めたいと思うときがある。
 やっとのことで恋仲になった愛しいひとはだれもを魅了してやまないひと。まだ生を受けて十六年という短い人生のなかで初めての恋で初めての恋人が自分だと言ってくれた可愛らしいひとだ。
 付き合い始めてもう二か月は立つというのに、手を繋いだりするだけで初々しい反応を見せる彼。それでも、どうにか、キスをするくらいには互いの距離は近いものとなっている。そのキスもまだ、触れるだけのキスだが。
 もっと彼、ユーリとはさきをいった付き合いをしてみたいとは思うが、先走った行為をしてユーリに恐怖を植え付けてはいけない。彼がゆっくり心開いてくれるまでは辛抱に辛抱を重ねて付き合っていきたいと思う。そう思い耐えている自分を俺は褒めてやりたい。
 いまは執務を終え、護衛と王の壁の越えて自室で恋人らしい時間を過ごしていた。ふたりで簡単なお茶会をして、寝台の縁を椅子の代わりにするとタイミングを待って、可愛らしく柔らかな花弁のような口唇に触れるだけのキスを落とす。それだけで、やはりユーリは頬を赤く染めるのだ。緊張して無意識にからだが動いてしまうのか、終始そわそわと肢体を揺らしている。俺は思わず、口端に笑みを浮かべてしまう。だが、ユーリはただ緊張してからだを揺らしているわけではなかったようだ。なにか言いたげに口をぱくぱくと金魚のように開閉させ、それからじっとこちらを見上げてみせるのだ。無意識の上目使い。魔王というよりもいまのユーリはひとの理性を試している小悪魔、という言葉のほうがよく似合う。さらに、ユーリを恥ずかしめたいとういう感情を喉奥に唾とともに飲み下し、「どうしましたか?」と問えば、ユーリはうめき声をもらした。
「えーと、その……」
 言葉の歯切れが悪い。こういうときは決まってなにか自分に対してお願いしたいことがあるのを知っている。俺は隣に座るユーリの手を取ると「はなしたいことがあるんでしょう」と声を甘く耳元に近づいて囁けば彼のからだがふるり、と反応見せて小さく頷く。
「話して」
「お、おう。……あ、あのさ。コンラッドって、付き合うってこと初めてじゃないだろ?」
「まあ、そうですね」
 重ねた手をより一層深めるように指を絡めながら答える。
「けれど、本気で恋したのはあなたが初めてですよ。俺にとってはまぎれもなくあなたとの恋愛が初恋なんです」
「……だからなんでそんな恥ずかしいセリフを……っ。いや、いやいやいや。おれが言いたいのはそういうんじゃなくて! あのですね、恋愛初心者だからおれよくわからないからさ、教えてほしいことがあるんだ」
 例えばどんなことですか、と尋ねるよりもさきにユーリは短く息を吸うと話を続けた。
「触れるだけじゃないもっとやらしい、キス、とか」
 教えてほしい。
 最後のほうはか細い声で聞きとりずらかったが、たしかにユーリはそう言った。俺の目を見て。
「……して欲しいんですか?」
「だって、おれたち恋人同士なんだろ。あんたがおれに合わせてくれるのはわかるんだけど……おれだって、もっと恋人らしいことしたいよ」
 いつになく可愛らしいことをいう彼に思わず喉を鳴らす。いまでさえ、理性で本能をおさえているというのにこのひとはそれを容易く崩壊させようとする。こんなことを言われて大人の余裕を見せるほどの器量を俺は持ち合わせていないのに。
 絡ませた手と反対の手で、ユーリの頤を掬う。すると戸惑うようにあわせていた目を逸らす。
 自分であのような大胆なことを口にしたくせに。
 そう意地悪く囁いてしまいたくなる。
 余裕なんてない。戸惑うユーリに顔を近づけ吐息を吐く。それから啄むように唇に数回触れ、舌先を割って下唇を食む。触れるだけでは知ることのできなかった感触と彼の唇の味を堪能する。それだけで、このままセックスへと持ち込んでしまいたいという本能が頭をもたげてしまうのだからどうしようもない。
「……ユーリ、口を開けて」
「ん、ぁ……」
 零れおちる嬌声が鼓膜を甘く震わせる。
 これだけのことにユーリは酔ったように目をとろり、とさせて自分の声に従いゆっくりと唇を開いていく。絡み合う指を強く握りしめて顎にかけた手を彼の腰へと滑らせると唇だけではなくからだ全体を引きよせ、密着させる。どうしていいのかわからず奥のほうに隠れているユーリの下をそのままにおれは上顎や歯列をなぞり互いの緊張をほぐしていく。残るのは、快楽だけでいい。
 徐々にキスを深めていく。
 絡めていないユーリの手が俺の胸元の軍服に皴を作る。いつもより少しだけ進んだ行為。それだけなのに、昼間からいやらしいことをしているような雰囲気が部屋には漂っていた。
「息は鼻でするんです。そうしたらもっと気持ちいいことに集中できますよ」
 再び絡みあった瞳。ユーリが瞬きをした。その目には生理的に浮かんだのであろう涙の膜があり、俺の言葉に頷くように瞬きをすれば目尻から涙が頬を伝う。
「いい子ですね。お上手です」
 はあ、と時折離す隙間から吐息が漏れる。
 ぎこちなく鼻呼吸をするユーリに目尻を下げてころあいをみて奥に隠れていた舌を捕らえる。瞬間、くちゅっ、と水音が大きく室内に響く。
 ああ、いやらしいキスをしているんだな。
 と、初めて思う。
 これ以上さきには今日は進まない。だけど、いつも以上には彼を貪ってしまいたい。理性が少しずつ崩壊していて、気がつけばユーリを押し倒していた。キスがさらに深まる。午後の日差しに白いシーツが発光したように白さを増す。静かな室内に水音だけがBGMを奏でる。どれほど、キスをしていたのだろう。
 名残り惜しく口を離すと、銀糸があいだに伝いそれを指で切る。
 キスで濡れたユーリの唇が赤く充血して艶やかに見える。
「……どうでしたか。初めてのディープキス」
 もうユーリは起き上がるちからも残っていないのか、はふ、と息を吐くと浮かされたようにこちらを見つめる。
 本当にぎりぎりで理性を保っているのに、そのような誘うような表情をするのはやめてほしい。
「なんか、すごかった、です」
「そう」
「でも、気持ちよかったし、うれしかった」
 柔和に目元を細めてユーリがはにかむ。本当にかわいらしくてどうしてやろうか。嗜虐心が胸のなかで渦巻く。
「コンラッドと、ちょっとやらしいキスしちゃった」
 計算していない天然な発言にどうしたらいいのかわからなくなる。こんなにも初々しい彼をこれからさきも大事にしていきたいという気持ちと反対に汚してしまいたくなる気持ちがせめぎ合う。
 それなりに恋愛をしてきたというのに、ユーリのまえではまったくといっていいほど役に立たないのだ。
「たまには、こういうキスをしてもいいですか?」
 言うと、ユーリは小さく頷き「コンラッドだったらいつでもいいよ」と答える。
 さて、この自慢の忍耐力もあとどれぐらい保っていられるのだろうか。
 初恋の実ったこの恋はまだ始まったばかりだ。




END


久々に乙女ユーリ投下。

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