ずっと片想いしている相手がいる。
 コンラートは、退屈な現実から逃避するように教室の窓から校舎を見下ろした。体育の授業をやっているのか。賑やかな声がするそれを見下す。サッカーをするなら野球がいい。そしたら、あの人との距離が少し縮まるかもしれない。あの人にいちから教わる魅力も大変捨てがたいが、それ以上に対等の立場でいたいと思う。
 小さくため息をついて再び黒板に目をうつすも全くと言っていいほどにやる気が起きない。学生に【おじいさん先生】と言われるだけはある。書き込みが増えていることもなく、ただ、教科書を朗読していた。それはまるで、眠気を誘う子守唄にしかならず、隣の席のヨザックはすでに夢のなかである。
 おじいさん先生はひとを指名したりしないことで有名である。居眠りをするひともあまり注意をしない。ただし、私語は厳禁。それさえ守れば、十分満喫できる余暇の時間。個々の世界に浸ることが出来る。ちら、と全体に目をやれば女子が一心不乱と言っていいほど様々な色を使って細かな文字で何かを書いている。内容こそ不明ではあるが、そのが一体なんなのかはすぐに憶測つく。手紙だ。
 一体なにが楽しいのだろうか。全てにおいてあまり執着を持たないコンラートには理解ができない。まあ、自分が理解などしなくてもその本人たちが楽しければいいのかもしれない。結構、全て、そんなものだ。と、コンラートは思いに耽る。
 今頃あの人はなにをしているのだろうか?
 考えるだけで楽しい。その楽しさはきっとコンラートにしか理解し難いだろう。
別に理解などされたくもない。今日は帰ったらあの人となにを話そうか。


 ――そうして、五限はもの思いに耽ているうちに終わり、コンラートは早々に帰り仕度をして鞄を手にした。真新しいその鞄を手に持ちながら考えるのはあの人。自分よりもよっぽど素敵に学ランを着こなしている。
 コンラートは今年の四月に【中学生】になったばかりであった。他の同年代よりはいくらか大人びて見えるが、やはり学ランを着ている姿はどこか、【着せられている】ような雰囲気があり、それゆえ大人びた風貌が薄れ、年相応の顔に見せた。
 早く、大人になりたい。
 この年代になるとだれしもが一度は思うであろう叶わぬ願い。それをコンラートも同じように願う。しかし、奇跡が起こって今すぐに大人になったとしても、意味がないことを理解もしている。
 あの人をつり合う男になるには。
 恋愛対象と見てもらうには。
 まだまだ、自分には足りないものが多い。
 足りないそれら手にするにはどうすればいいのだろう。そう思いながら、教室を出れば、丁度入れ違いにヨザックが入ってきた。
「お、コンラッド。もう、帰るのか。放課後、サッカーやらないか?」
 コンラートは首を横に振る。
「いや、遠慮しておく。それにサッカーより野球の方が好みなんでね。それじゃ」
「へいへい! 野球とあの人が好みなんだろ、お前は。帰って構ってもらるといいなあ、子犬ちゃん!」
 意地悪げに顔を歪ませてヨザックが言えば、その頭をコンラートは鞄で叩いた。同じように意地の悪そうな微笑みで。
「お前だってそのサッカーは、あの眼鏡の先輩の趣味だからだろう? せいぜい、そのない脳みそにいろんな知識を詰め込んで嫌われないようにしろよ? オレンジうさぎ」
「余計なお世話だ!」
「そっちこそ」
 いま、互いの頭のなかには、それぞれの想いの相手が映っているのだろう。その意地の悪い笑顔のなかに、はにかんだ淡い恋心がみえる。自分より、幾分年上に想いを寄せることは多くの障害があることを二人は知っている。
 ざわめく廊下を抜けて昇降口を過ぎれば、校門へと続く道はいくらか閑散としている。
校門とは反対の校庭は部活があるのだろう。こちらとは違う空気が流れているのが、微かに聞こえる物音にコンラートはなんとなく思った。部活動にはさして興味はなく、入学早々になった部活動紹介の半分も覚えていない。
 部活で青春を謳歌するのも悪くないがそれよりも、
「コンラッド!」
 ぼうっとしていた思考が一瞬にして消える。あの人の声だ! と、思う瞬間には既にそれは声になってその名を呼んでいた。
「ユーリ!」
 校門の前に自転車に跨いでこちらに手を振る姿を目にすればコンラートはすぐさま駆け寄る。
「今日はいつもより早く終わったからさ、コンラッドと一緒に帰ろうと思って」
「そうですか。すごく嬉しいです」
「あー本当にコンラッドって可愛いよな! 素直で! 兄貴はいらないからさ、こんな弟が欲しかったなあ」
 駆け寄ってきたコンラートにユーリと呼ばれた少年がそう言ってコンラートの頭を撫でれば、少しコンラートは苦笑いを浮かべて、「そうですか」と答えた。ユーリは荷台を指をさせば、コンラートはいつものようにそこに座る。
「それじゃあ、帰ろうぜ!」
「はいっ」
 自転車が不安定であることをいいことにコンラートはユーリの腰に手を回してその温かい背中に体を預ける。それからぽつり、と息を吐いて再び早く大人になりたいと願った。
 自分が望んでいるのは【弟】ではないのだ。ひとりの【男】として見てもらいたい。
「ユーリ、」
「なんだよ、コンラッド」
「帰り公園で、キャッチボールしませんか?」
「いいね! 決定っ!」
 目の前で揺れる綺麗な漆黒の髪に目を映してコンラ―トは秘めた想いをぎゅっと抱きしめる手に隠した。
 とりあえずは、隣にいれるだけでいいのだ。


その中学生、想う



≪その中学生、語る。≫

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