嘆きの傍観者



 いまさらながら自分が言いだしたことに後悔をしている。
 まだ少年とも青年とも言えない不安定な時期にどうしてあのようなことを口に出してしまったのだろう。それでなくても魔族からみた十六歳の王はまだまだ赤子と同じだというのに。
 房事の件を陛下が承諾してから数日が経つ。彼の要望で一番信頼をしている護衛、コンラートにはこの件を悟られないよう猊下と協力し連日連夜の長期任務や血盟城にコンラートが帰還しても陛下と極力合わないよう調整をしていることもあってかまだコンラートには陛下の変化を気付かれてはいない。
 けれど、それは現状を先延ばしにしているだけであり、いつかはコンラートにもばれてしまうだろうと思う。そのとき、コンラート、そしてユーリ陛下を結ぶ関係はどうなってしまうのだろう。
 思うと、グウェンダルは後ろめたい気持ちに駆られた。
 最近は、執務を行う顔ぶれが少々変わった。摂政を務める自分と王佐のギュンター。陛下の護衛務めていたコンラートの代わりに諜報員のヨザックが壁に背を預け、ときおり猊下が訪れる。はじめのうちこそ、この顔ぶれに違和感を覚えたが数日が経つと慣れあたり前のように感じる。……陛下の変化にも。
「そろそろ一旦休憩に入ろうよ、フォンヴォルテール卿。もうお昼だ」
 歴史書を目に通していた猊下が「僕、お腹空いたよ」と呟いた。現在の状況や変化をなんでもないような声音で。
「そうですね……。陛下、昼食を摂りましょう」
 ギュンターが賛同し、グウェンダルに視線をやる。
「そうだな。いま陛下が目を通している書類を受け取ったら昼食を摂ろう」
「わかった。ちょっと待ってて。もう終わるから」
 陛下は答え、小さく息を吐いた。最近疲労を口にはしなくなったが、やはり長時間の書類の処理に疲れがたまっていたのだろう。息を吐く。「僕も手伝ってあげるよ。眞魔国語の解読とか」猊下は、陛下となりへと移動すると、書類を覗き教えながら陛下を見て口を開いた。悪びれもしないで。
「最近、渋谷色っぽくなったよね」
 笑顔で言った。
 猊下の言葉に、グウェンダルの胸が一瞬鼓動を早いものにした。
 この胸が痛むのは罪悪感だ。いつかは言わなければならないことであったし、その適正年齢であるのも間違いではないと判断している。けれど、自分はその決断を早まってしまったのかもしれない。幼い王もといひとりの少年から青年へと成長していく者が纏う表情でも雰囲気でもない。
「そんなわけあるかよ。変なことを言うな、村田。……はい、グウェンダル」
 書類を受け取る際に、一瞬指先が触れる。日頃の疲労からか触れた陛下の指先は自分のものよりも冷えていた。
「確認、よろしくな」
 そういって微笑を見せた王の顔にグウェンダルの背中がぞっとあわ立つ。
 こんな風に笑って欲しかったわけじゃない。
「……わかった」
 見せた微笑みは娼婦のようで、漆黒の瞳の奥は魔王という責任と、多くの枷に囚われた幼い罪人のような、若干十六歳のこども。
 匙を投げたのは自分だ。
 

心のなかで繰り返す謝罪。口にしないのは、これ以上を幼い少年王の決意を後悔させないように……自分は傍観者になるしかないのだ。閉じた瞼のさき、見える未来はただひたすら闇に包まれていた。
thank you:怪奇
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