make love

 コンラッドと恋仲になってよかった、と思う。
 それが、ひととしての道を外れることであっても後悔はしていない。自分の単純な頭で結論をいえば、今後大きな問題が様々待ち受けていたとしても『ふたりでならどうにかなる』ではないのか、なんてつねに現実、未来を見据えている友人村田に言わせてみれば甘い考えだと顔をしかめられるだろう。自分でもわかっている。この世の中そんなに甘くはない。けれども、自分はもう彼を二度と手放すことはできないのだと知っているから、考えが甘いと言われても別れたほうがいいと周囲から避難を浴びようとこのさきもコンラート・ウェラーという男と寄り添って生きていきたいと思うのだ。
「……んっ」
 しかし、ときおり考えることがある。
「ユーリ、声を殺さないで。俺に聞かせて……」
 内壁をコンラッドの勃起した陰茎で擦られて口から零れる嬌声を自分の手の甲で塞げば、その手をやんわりと外された。
 好きなひとのセックスは嫌いじゃない。むしろ好きだ。だが、疑問に思うことがある。
 どうして自分はこんなことをしているのだろうかと。
 コンラッドの巧みな愛撫によってからだの奥のほうから引き出される快感が嬌声となって喉をつく。普段では決して出ないようなターブの高い声。高い声、と言っても女の子のような可愛らしい声でない。男の喘ぎ声など気持ち悪いとしかユーリは思わない。色気もなんにもない。なのに、どうしてコンラッドは聞きたいといつもいうのか。ユーリにはわからない。
 セックスという行為は一体なんだろう。
 決してきれいな行為でもなければ、互いの性欲を満たすだけのものではないとは思うが、それにしたってなぜ新しい生命も芽生えないのにこのようなことを何度も繰り返しているのか。
「や、あ、あ……っ」
 コンラッドの寝台のシーツに背中を預けて繋がる箇所をゆすぶられる。思わず涙が目に浮かぶほど気持ちがいい。強い刺激に無意識に彼のからだを挟んでいる太ももが快感を殺そうと狭められるとコンラッドはそれを拒み反対にユーリの膝のうらに手を差し込むと大きく足を広げされる。
 その瞬間、内壁にある一点のしこりを突かれ、ユーリは肢体をくねらせた。
「……かわいい、ユーリ」
 少し意地悪が優しく自分を扱うコンラッドをみていると、自分が女の子であるような錯覚を起こす。かといって、乱暴に扱ってほしいわけでもないのだか、こうして足を開いている自分が情けないというかなんというか。複雑な気持ちだ。
 なんで自分はこんな恥ずかしい格好を許しているのだろう。
 好きで許される格好なのかこれは。男としてどうなのだろうか。異性のような扱いを受けるのは同じ男としてどうかと思う。こんなことを考えれば、女の子に対して差別的な考え方を持っていると怒られる気がするが、同じ男だからこそのプライドというものが自分のなかにもある。プライドを守るなら性行為の延長線上にある「触りっこ」がいいのだろうか。というより、いつまでたっても彼とセックスをしていると自分の童貞が卒業できないのもひとつの問題なのかもしれない。
「ユーリ、なにを考えてるの?」
 コンラッドが目を細めて尋ねる。その瞳にはありありと『考え事をしているなんて、失礼なひとですね』と言っているのがわかる。
「こんなにあなたのからだは反応してくださってるのに、他のこと考えているなんてひどいな。俺は、あなたをどうよがらせようか必死なのに」
 言って、コンラッドはわざとユーリの内壁にある弱い箇所だけを刺激した。ぐりぐりと硬く弾力を持った亀頭で前立腺を突かれ、強い刺激にユーリは思わず息を詰まらせる。ユーリの顔が歪む。それをコンラッドは楽しそうに見つめ、暴力的な愛撫をやめようとはしない。
「やめ……っ」
「やめませんよ」
 即答して、コンラッドはなおも執拗に攻め立てる。ユーリは下唇を噛んだ。
 まったく、ふざけんな。こっちがどんな気持ちなのかもしらないくせに。
「……なんで、おれは、あんたとこんなことをしてんだろ……っ」
 セックスする意味がわからなくて、喘いでいる自分が男として情けなくて気がつけばそんな言葉が口から零れていた。
「泣くほどいやですか。俺とセックスするのは」
 いつの間にか、泣いていたらしい。ユーリは目を擦りそれを否定した。
「そういわけじゃない。でも、なんでおれは男なのにこんなことしてるんだろうって……」
 面倒くさいやつだ、と自分でも思う。
 好きなら割り切ればいいのに。繋がって、お互いの絶頂を迎えればなにか満たされるものを感じるのも本当なのに。
「ユーリが嫌ならやめますよ。それでも、俺の心は変わりません。……そのようなことをきっといま考えていたんでしょう」
 わからなくてごめんね。と、コンラッドは未だ熱を持った陰茎を菊花から抜く。それから彼と同じように熱を持つユーリの陰茎に手を添えると優しく扱きはじめた。
 なんでこの男はこんなに優しいのか。自分はひどいことを言っているのに。どうして好きだと言えるのだろう。丁寧な愛撫で絶頂を促そうとする手をユーリは拒むように掴んだ。
「あんたとセックスするのはいやじゃないんだ。変なこと言ってごめん。ただ、男としてこうして足を開いたり、男のものを受け入れるのはどうなんだろうって思って」
「……ユーリに対して俺の配慮がたりなかったんです。あなたが謝ることじゃない」と言う彼の顔は本当に優しくて思わずユーリの涙腺がまたも緩む。
 ああ、この男が好きだ。ユーリは改めて思う。
「なあ、おれ女の子みたいに可愛くないよ。可愛い仕草も全然ない。いまもそうだけど、大人になったらもっとからだも顔もごつくなって男らしくなるよ。それでもあんたはおれを抱きたいと思うの? あんたとこんなことしている限りおれは童貞だし、おっさんになっても童貞とか思うと気持ち悪くないのか?」
 自分は気持ち悪いと思う。とユーリは言う。
 年をとって皺が増えても愛される自信が自分にはないのだ。口にすると、胸のなかの蟠りが少し晴れたような気がした。そうだ、自分は怖いのだと思う。かわいい、と言われて、愛していると言われて怖いのだ。永遠なんてこの世にはない。世の中には何億という確率で出会いが満ち溢れている。この男との出会いが自分のなかでは運命の出会いだと思っていてもコンラッドからしてみればそうではなかった、ということだってある。
『ふたりでならどうにかなる』なんてただの虚勢だ。セックスだってきれいなものじゃないから恐ろしい。醜い自分をさらけ出して、いつか嫌われたら怖い。このさきも恋人として繋がっているかどうかなんてわからない。
 だから、自分はコンラッドとのセックスをすることに疑問、否、恐怖を覚えるのだ。
 どうしたらいいのか、自分自身のことなのにわからない。
「俺は自信ありますよ。ずっとあなたを好きでいる自信が。気持ち悪くなんてありません。そうでなければ、ただの生理的現象でこんなにも下肢が反応するわけがない。俺はユーリが好きなんです。外見だけじゃない、あなたがあなたであるから好きなんですよ。ユーリの全てが好きな俺を否定しないでください。嫌なところも汚い部分も好きなんです」
 この気持ちどうしたら伝わりますか。
 コンラッドは困ったように笑う。
「童貞卒業したいなら、俺の貞操でよければ捧げますが。女性をご用意するのはさすがに嫌ですからね」
「いや、あんたのお尻に突っ込む勇気はおれにないよ」
 ユーリは笑い、それからまた「ごめんな」と言った。
「……まだ、すっきりしないけどだけど、このままでもいいかなって思った、かも」
 覆いかぶさる男の首に腕を巻きつけて、抱きしめる。温かく少しだけ汗ばんだ肢体。胸に耳を当てれば鼓動が聞こえる。
「続き、してよ。でも、ひとつだけ条件がある」
「なんです?」
「これからさき、おれだけを好きでいること」
 自分の口がした言葉がどれほど重くてコンラッドを束縛しているのか、わかっている。
「ええ。これからさきもずっとあなただけを愛しています」
 これからさきこの言葉が破られるかもしれない。だけど、いまはコンラッドの言葉を信じることしかできない。
 コンラッドの唇が自分のそれに触れる。安心させるような、優しい触れるだけのキス。
「……セックスっていうのは、ただたんに好きなひとと快楽を共有することだけではないんです。もちろん、生殖だけでもない。生殖だけを目的にするなら頻繁にしなくていいはずだから。セックスは、基本的には裸で抱き合うでしょう? 自分のありのままをさらして、抱きあうんです。性欲を満たすだけならひとりでもできる。肉体的な快楽より、好きなひとと精神的快楽を共有したいからだと自分は思うんです」
 だから自分はユーリとセックスをしたいんです、とコンラッドは言う。
 よくもまあ、恥ずかしげもなく言えるな、とユーリはじっとこちらを見つめるコンラッドから視線を外す。
「でもま、考えてみたらさたしかに受け入れる側も辛いけど、コンラッドも大変だよな」
 自分たちは同性同士なのだ。本来受け入れる器官などない。それを代用して排泄器官を使用するのだから、挿入するほうもよくよく考えてみればかなり嫌な思いをするだろう。ユーリが言えば「あなたに汚い部分なんてありませんよ」とこれまたくさいセリフをコンラッドは笑顔のままに返答した。
「セックスは、快楽を得るためじゃない。愛をつくるんです。make love という言葉をユーリはご存じですか?」
「メイクラブ?」
 聞いたことはあるような気がするが、意味は知らない。ユーリは首を傾げた。
「愛をたしかめる。愛をつくるって意味です。俺はあなたとそういうセックスがしたい。だから、ユーリとセックスするんですよ」
 言われて、じわりと胸が熱くなるのを感じる。
 ああ、自分たちのセックスも意味があるのだ。この男は自分をちゃんと愛してくれているのだ。
 ユーリは頬の力を緩める。
「……あんたは恥ずかしいばかり言うけど、今回はすごくタメになった気がする。おれ、コンラッドになら足開いてもいいや。ちゃんとえっちする意味がわかった。それに好きでいてくれるなら、チンケなプライドも捨てられるよ」
「うれしいことを言ってくれますね。どうするんですか。今夜は眠らせてあげられそうにない」
 コンラッドは首に回されているユーリの片方の手をとると自分の下肢へと導いた。触れたそれは熱く、腹につきそうなほど反っていて、ユーリは思わず声を立てて笑う。
「さっきより大きくない?」
「あなたがかわいすぎるからですよ」
 答えになってないような気がする。
 ユーリがコンラッドの陰茎をゆっくりと片手扱けば、先走りが竿を伝いユーリの手を汚した。
「明日のお説教は一緒に受けてくれよ? それから朝までえっちしよう。あんたの言うメイクラブっていうやつをおれの悩みが消えるまで教えてくれ」
「ええ。俺がどんなにあなたを愛しているか、腰が痛くなるくらいに教えてあげます」
 コンラッドはユーリの頬に唇を滑らせ、再び愛撫を再開する。
 やはりこの男と恋仲になってよかった。セックスも好きだ。
 ユーリの胸にもう疑問はどこにもなく、ただ幸福な感情が満たしていた。


END
切なくなると思いきや甘い話

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