オレはこっそり、ある場所に行くのが日課。それは、眞王廟の大賢者のお部屋。こんこんこん。ノックをする。すると、間もなくして大賢者こと独裁者。村田がにっこりと「いらっしゃい」と笑顔で声をかけた。
「どうぞ、入りなよ」その言葉にこくんとオレは頷いた。今日はコンラッドがいない。 眞魔国から少し遠いところで任務なのです。寂しいです。泣きそうです。コンラッドがいないと夜が怖いです。すん、と鼻の奥が泣きそうに震えます。オレはひとつ流れ星が夜空に流れるたびに祈りました。
 コンラッド、コンラッド。
 早く帰ってきますように。
 コンラッド、コンラッド。
 無事でいて。
 コンラッド、コンラッド。
 ずっと愛しているの。
 そんなオレの姿を見て村田は「かわいいねえ」と、お菓子を一つくれました。オレはそれを断りました。だって、もう夜も遅いのです。虫歯になったらコンラッドにちゅうしてもらえない。それはお菓子を食べないより苦痛なんだ。
 村田の部屋は薄暗くて古く、カビ臭い。きっと村田はこの部屋の埃をゆっくり、ゆっくり肺に溜めて死ぬんだろう。コンラッドのことを考えている頭の中の隅の隅でそんなことを思った。
 部屋の隅。村田が無造作に冷たい壁を触る。それはいつもの光景なんだ。すぐにぴたりと村田の動きが止まる。見つけたんだ。オレたちの秘密の部屋を。
 がこん。
 部屋の一部がへこむ。それは、秘密の部屋のスイッチ。村田は「それじゃあ、行こうか」と、明かりを手により深く闇が広がる秘密の部屋の廊下を歩きだした。オレは慌てて追いかける。だって、秘密の扉はいつまでも開いているわけじゃない。
 秘密の部屋は暗い廊下をそう長く歩くこともなく到着。目の前にはまた壁。村田がその壁に触れることはせず、手をあてる。そこは強力な魔力が掛っているからハンマーやドリルでやっても開かないだろう。勿論開けられるのはオレと村田だけだ。
 壁が消える。
 躊躇いもなくオレたちは進む。途端に、ひんやりとした空気が足元から這い上がる。どこかぬるっとしたその温度がオレは嫌いだ。でも、仕方ない。これも勉強なんだから。
「着いたよ」と、村田は横にいるオレをみた。そんなの隣にいるんだから分かるにきまってるだろう、なんて思いながらもそうだねとオレは答えた。決して村田に苛々してたわけじゃない。これから行う難しい勉強が待ち構えているからなんだ。
 やっすいアパートみたいな小さな部屋。あ、間違えたこれは牢屋か。そこには犬猫みたいに繋がれた人間が四、五人いる。みんな、変な目でオレたちを見るから、なんだか不愉快。むっと口が曲がる。
 オレは個別に分かれたその小さな部屋の小さな牢屋に入れられたお姉さんを鍵を外した。それから、中に入る。村田は牢屋の外で待っていた。にやにやしながら。にやにや笑う顔は兄貴がギャルゲーしてるときのご機嫌な顔そっくりだ。
 二十代後半に見えるそのお姉さんの牢屋に入った瞬間、お姉さんは本当に動物に見たいに鳴き出した。ちょっとうるさい。「少し小さな声で話してくれませんか」ってお願いしたら「うるさいわね ここはどこよ こんなじょうきょうでおちついていられるとおもうの ばかじゃないの さっさとここからだしなさいああああああああああああああああああああああああああああっ」
 お姉さんが鳴き出す途中でオレの頬をぶったから、オレはお姉さんの首輪が繋がる鎖でお姉さんの頭を思いっきり殴った。
 全くどうしてくれるんだ! もし赤くはれちゃったりしたらコンラッドにいらない心配させちゃうじゃないか!
 ああ、もうひどいなあ。ひどいなあ。
 いたいいい、いたいいいいいいって可愛くない声でお姉さんが泣きだした。他の檻からもがちゃがちゃっとお姉さんが泣きだし事にびっくりしたのか騒ぎ始めた。そうだよね、いきなり泣きだしたら皆驚くよね。大丈夫、すぐに静かにさせるから。
 あぐうううううぃいいいいいいいいっ
 ぎゅぐぐぐぐぐうぅぅぅぅぅ
 鎖をぐるぐるとお姉さんの首に巻いて、頬を打つ。何度も何度も馬乗りになって。じゃないとお姉さんが暴れるから。ばたばた動く手が邪魔だなあって思ったら村田が牢屋に入ってきて「これ、使うといいよ」っておっきな釘と金槌を見せてくれた。全然使いかたが分からなくて、小首を傾げながら「これどうやって使うの」って聞いたら、村田は「全く、渋谷は純粋だなあ」ってけらけら笑って「いいよ、お手本見せてあげる」って言った。
 ガンガンガン、ごりゅ。ガンガンガン。
 お姉さんが更に暴れ出した。それを今度は拳で殴って沈める。ああ、そうか! そうつかうんだ! オレはそのお手本をみてまるでキリストみたいだなあって思った。
 村田がお姉さんの手を釘で打ちこんだんだ。それなら手がばたばたしないね。やっぱり村田は頭がいいなあと思いながらそれを借りて反対側の手もガンガンガン、ぎゅち。ガンガンごんっ! あ、最後間違えてお姉さんの指を打っちゃった。あらぬ方向お姉さんの人さし指が曲がる。ごめんね、お姉さん。
 まあ、いいよね。これもお勉強の一つ。
 昆虫の図鑑みたいにお姉さんを床に張りつけると本格的にオレは勉強を開始する。
 泣く、練習。
 最近死体なんて見慣れちゃって、練習でもしておかないと泣けなくなっちゃった。それに、可愛くコンラッドに助けを求めたいし。うーん、どうしたらいいのかな。むりゅっと口を震わせて泣いてみる。牢屋についてる鏡を見ながら練習、練習。目にいっぱい涙を溜めて上目使いに……あ、かわいいかも。ってもう、ああああああああああああああああああああああああああああああああああっ! ってずっとお姉さんうるさいんだけど! これじゃあ、集中出来ないよ。あ、なになにそんな目でみないでよおおおお。オレが悪いみたいじゃん。腹立つなあ。
 ああああああああああああああああ
 おめめ抉っちゃうんだから。
 がんがんがんがんがんがんがんがん
 口の中にも釘刺しちゃうよ。
 ぶちぶちぶちぶちぶちぶちぶちぶち
 髪の毛も全部抜いてあげる。
 これもひとつのお勉強なの。
 だってコンラッドを助けなきゃいけないときがあるかもしれない。
 練習、練習。
 床がぬるぬるしてきたらお姉さんは静かになった。村田が「今日はお勉強はもういいんじゃない」っていうから「どうして」って聞いたら、「もうお姉さんが死んじゃったからさ!」って笑ってた。その顔はやっぱり兄貴そっくり。なんか嫌だなあ。
「勉強熱心だね」って言われたから、オレは「当たり前でしょ」って答えた。
 コンラッドにどんなときも可愛いって思われたいもん。
 そしたら「恋する男子は違うね。渋谷はやっぱり可愛いよ。純粋だ。真っ白だ」だって! うれしいな、うれしいな。ご機嫌な気分で今日はお勉強はおしまい。
 ばいばい、またね。

練習、練習。