いつかのパーティで着た白い正装。
それを彼は顔を赤らめて格好いいと褒めてくれた。その正装に俺は袖を通し、彼が帰ってくるのを待つ。
俺にとって今日は特別な日。
すべて準備が整った。彼が帰ってくるのがとても待ち遠しくて、それでいて少しだけ怯えていた。
今年で二十歳を迎える愛おしい人よ。
「……どうか、俺の願いを叶えてはくれませんか?」
それから一時間もしないうちに彼は帰ってきた。
「ただいまー!」
元気で愛らしい声。
この帰ってくる声が聞こえてくる度に嬉しくてつい、笑顔が零れる。
「お帰り、ユーリ」
ユーリは靴を脱ぐために下を向いている。きっと俺がこんな服装をしていたら驚くだろうなあ、と少しいたずらをしているような気分になる。一体、顔上げたらどんなリアクションをとるのだろうと思えば、案の定目をまん丸に大きく開いて俺を凝視した。
これから、もっと驚くことが待っているよ。ユーリ。
「……コンラッド、どうしたの? いまからどこか出かけるの?」
ぱちぱちと瞬きして、どうして俺がこんな格好をしているのか考えている顔がとても可愛らしい。
「いいえ、出かけませんよ。前にユーリがこの白いスーツが格好良いと褒めてくれたでしょう?」
だから、着てるんですよ。今日は一世一代の俺にとっての大勝負ですからね。
全然状況が飲み込めないユーリの肩から鞄を取りそれを持ち中へと促す。眉間にしわを寄せて考えこむ姿が兄のようでなんだか笑えた。
「? うん」
首をかしげるユーリの手をとって俺はリビングへと連れて行く。そして彼はリビングに入った途端に感嘆の声を上げる。
「わっ……すご……」
それもそのはず。今日はいつも以上に腕によりをかけて料理を作り、またセッティングをしたのだから。本当は家ではなく、どこかのホテルで今夜は過ごしたかったが、きっとユーリは家の方が喜んでくれると思ったのだ。
「ね、これどうし……」
問おうとするユーリの唇に人差し指をあてそれを遮る。
もう少し俺の演出に付き合ってくれないと、いままでの計画が台無しになってしまう。
その思いが通じたのか、ユーリは、口をつぐんで俺の引いた椅子に腰掛けた。そして、俺も向かいに座る。
これで準備は整った。
安堵と向かいに座るユーリへの愛おしさで自然に笑顔が。
それと同時に緊張が走る。テーブルに設置した二つのグラスにシャンパンを注ぐ。
これが、ある告白を始める合図。
「……今年でユーリは二十歳になるんですね」
トクトクトクと一定のリズムにのってシャンパンはグラスに注がれていく。その音を聞きながら、緊張して早口にならないよう注意をする。
「あまり外に出ることが好きじゃなくて、なるだけ外に出ない生活が出来るようにこのマンションを買って……だけど、思ったよりも生活するのに必要なものは少なくて」
外に出るのは正直嫌いだった。話かけてくるものは俺の容姿とそのお金にしか興味がなかったから。心を開ける相手なんてほんの一握り。
「大学は本当に楽しかった。ショーリとヨザックと俺でよくつるんで……よくユーリの話を聞いたんだ。ショーリが大事にしている弟はどんな子なんだろうって」
「……勝利」
むすっとした顔をになるユーリ。ああ、本当にこんなに可愛らしい子だとは思わなかった。
「よくショーリには大学時代俺とヨザックはお世話になってね、この話は前にもしたと思うけど……本当に色々世話になったんだ。だから、ショーリからユーリのことを聞いたときに何か恩を返せればと思って同居することを提案したんだ」
それからが予想外だったんだけど、と笑えばユーリはきょとんとした顔を見せた。
本当はマンションの一室を貸して、関わる気なんてさらさらなかった。でも、ユーリがそんな俺の考えも吹っ飛ばしてしまったのだ。
「まさか、ショーリの弟はこんなにも外見も性格も可愛らしい子だなんて思いもしなかった」
「かわいくなんて……」
彼は照れるように顔をそらした。
「……一緒に暮らすことになって、外に出る楽しさや、誰かと食事を取るご飯の美味しさ。毎日の挨拶の意味も改めて知ったし、人の恋しさも寂しさも…本当に色々知ったんだ。全部ユーリのおかげだ」
そう、全部ユーリが教えてくれた。貴方に出会わなければきっと一生知らずにいただろう。もうこんな恋愛なんて二度と出来ない。
ユーリ、貴方じゃなければもう俺はだめなんだ。
俺はユーリの手を両手で包む。ますます、困惑するユーリを尻目に俺は話を続ける。
「こ、コンラッド……」
「今日はね、ユーリが初めてこの家に来た日なんだよ」
あの日から、俺は毎日が楽しくて愛おしくて仕方がない。
片方の手を外し、スーツの胸ポケットから四角箱を取り出す。そしてそれをユーリの手の平に乗せた。
俺の気持ち、どうか受け取ってはくれませんか?
「一年前の今日、君に恋をしました」
貴方が好きで好きで。恋人同士では満足できない欲深い俺を許してください。
おそるおそるユーリが箱を開ける。その中にはシルバーリングと紙。
口を小さく震わせてユーリは畳んだ紙を広げた。
「ショーリに殴られる覚悟は出来ているよ」
本当にごめんね、ショーリ。約束を破ってしまった。だけど、もうこの恋愛はとめられない。
「これ、は……」
婚姻届けを見つめながらユーリは涙で頬を濡らした。
俺は小さく息を吸い込んで、今まで胸に秘めていた言葉をユーリに向けた。
「結婚してくれませんか?」
「…………はいっ!」
泣き笑いの笑顔でユーリは俺の欲しかった言葉をくれた。
君一人しかいない
俺の願いを叶えてくれるのは。俺を幸せにしてくれるのは。
嬉しくてどうしようもなくて、俺は椅子から立ち上がってユーリにキスをした。
生涯貴方だけを愛しつづけますと、小さく呟いて。
コンラッド視点。プロポーズ大作戦は無事成功したようです。