「ふっわぁ〜……緊張するなぁ」
* * *
今年から大学一年生になるオレ、渋谷有利は旅行バック一つ持ち、ある高級マンションのドアの前に立っていた。
オレが受けた大学は第一志望の眞王華大学は結構家から離れたところに存在する。国立に並んで有名な大学。受けた理由は好きな学科があったことと、頑張れば奨学金が入る、家にもさほど迷惑をかけずに勉強が出来るからだ。
カリキュラム、施設ともに充実しているので、本当に受かってよかったなって思う。
本当はコツコツとバイトで貯めたお金で一人暮らしをする予定だった。
だけど、世間は厳しくて。あんなに頑張って貯めたお金も都会のマンションを借りるとなるとどんなに安くても入居金やらなんやらで節約しても二ヶ月やそこらでお金が尽く。せっかく、親からも一人暮らしの許可が下りたのに家を出ることが出来なくなっていた。やはりここはもう少しお金を貯めて…と考えていた矢先に、どこで聞きつけたか分からないが既に社会人で未来の都知事を夢見るギャルゲーオタク、兄勝利から電話が掛かってきた。
『もしもし、勝利どうしたんだよ?』
『……ゆーちゃん、久しぶりのお兄様の扱いがそれかい? おにいちゃんって呼んでくれてもいいじゃないか!』
『……。ゴメン電話切るわ』
『わー!? ちょ、ちょっと待って!』
『うるっさいな! 本当になんなんだよもう』
『お前に良い話しを持ってきたんだ』
『……良い話し?』
良い話しと言うのは、オレの一人暮らしについてだった。
なんだかんだで、勝利もオレの一人暮らしの社会勉強を応援してみたい。
話しの内容は、こうだ。
大学の近くのマンションに住んでる男性がそうで、なんだか笑顔がキラキラしているかなりのイケメンさんらしい。その人は外国人で、日本語もペラペラ。
とにかく何でも出来る人で勝利の友人で、オレが一人暮らしをさせたいが心配で(本っ当に勝利は過保護なんだから!)という話しをしたら、ならこのマンションに住めば良いと提案してきた。
そういえば、そんな人の話を前に勝利から聞いたなと、ふと思い出す。まだ勝利が家にいたときその友人の話をしていて、かなり貶していたくせに最後は良い奴なんだと言っていたっけ。いつも、三人でつるんでいたとかそんな話しをしていたような気がする。このことを親に話したら、少し難しい顔をしていたが、再び勝利が親に電話をかけたら、なんとその友人は親の知り合いの息子さんということが発覚。すぐに許可が降りた。
着々と準備が進み、勝利に何か必要なものはあるかと聞いてみたら『あいつの家には何でもそろっているから最低限のものだけ持っていけばいい』と言われて、本当に最低限のものだけつめたら小ぶりのバック一つで収まってしまった。
我ながら、少ないなと思ったがそのマンションまでは電車と徒歩を駆使して向かうのだから、軽いことに越したことはない。
ガタンゴトン、ぺたぺた。
電車を二時間乗り継ぎ歩くこと数分その人が住むマンションに着いた。そこはまさに高級なんですといわんばかりに外観からしてでかくて綺麗。マンションというよりもホテルに近い。オートロックで合性番号がなければ、フロアにも入れない。一体どんな人が住んでいるのだろう。勝利から聞いた話では、その人は最上階を丸々買い取っているそうだ。借りるのではなく買う……どこのお金持ちさんなんだろ。
(気が引けるなあ……)
その人が今回のことを提案してくれたからと言って、それに甘えてしまうのはいかがなものかと思ったが、ここまで来てしまったからには腹をくくるしかない。
オレは、少ししわくちゃになったメモ用紙に書いた合性番号を入れた。
終始ドキマギしながらエレベーターに乗りその人部屋の玄関に立つ。
「ふっわぁ〜……緊張するなぁ」
深呼吸一つすると、オレは少し震える手でインターホンを押す。
―ピンポーン
『はい』
インターホンの隣にあるスピーカーから声。
(あ、柔らかい声……)
声に安心したのかオレの心音は先ほどよりもゆっくりになった。少しそれに顔を近づけて自己紹介をする。
「あ、あの兄から紹介を受けた渋谷有利ですっ」
『ああ、渋谷君か。今開けるからちょっと待ってね』
プツと回線が切れた音がしたと思うと、すぐにドアが開いた。
「ようこそ、渋谷君。どうぞ上がって」
「はっ、はい」
現れたのは、茶色の髪と瞳を持つ笑顔の男性だった。
着ているものは、ワイシャツにジーンズというシンプルな格好なのにモデルが着ているようにかっこよかった。促されるがまま、部屋に足を踏み入れ、広いリビングに案内される。設置されているまたも大きなソファに向かい合わせに座るようにいわれ、恐る恐るオレは座った。
「あっあの本当にいいんですかっ……オレ、ここに居候させていただいても」
いまさらこんなこと言っても、とは思うが再び緊張してしまい失礼な言葉を口にしてしまう。
「うん、嫌だね」
「えっ!」
きっぱりと言われて、思わず驚いた声を出してしまう。自分が話しを振ったくせに。
不安が胸で乱れて泣きそうになってしまう。
「居候は嫌って言ったんだ。同居なら大歓迎ですよ」
「ふえっ?」
予想もしなかった答えが返ってきたので、変な声を出してしまった。
「ね? 俺と同居してください」
本当に柔らかな笑顔と声で言われてオレは反射的にコクンと頷いた。
するとますます目じりを下げた笑顔をみせる。
「俺の名は、コンラート・ウェラーです」
「コンら……?」
「発音が難しいならコンラッドと呼んでください。さんとか、敬称はいらない。コンラッドと呼んで」
「コンラッド……オレは渋谷有利です。これから、よろしくお願いします。オレのことも有利って呼び捨てでかまいません」
「ええ、これからよろしくお願いします……ユーリ」
なぜだか、自分の名前なのに違う音に聞こえる。
(しっくり耳に入り込むというか……なんでだろう?)
「あと、ユーリに一つ同居するに当たってお願いが……」
「なんですか?」
お世話になるのだから、出来る範囲のことはなんでも聞きたい。
コンラッドは人差し指を自分の口にあて片目を瞑る。一つ一つが様になる。
「敬語はなし。出来ますか?」
つまりはタメ口ということか。
面白いことひとだなと思う。もっと色々ルールを増やしてもいいはずなのに。
「わかった! これからよろしく、コンラッド」
「こちらこそ、よろしく……ユーリ」
ゼロから始める恋ものがたり