XOXO
No.3


「おかえりなさいませ、陛下、猊下」

 今回の到着先は中庭の噴水だった。こちらも夏。冷たい水は本当に心地気持ちがいいと思うが、仮にも一国の象徴と称されるおれらの登場はどこかまぬけだと思う。まあ、そこまで言われるほどオーラをおれはまとっていないのだからちょうどいいのかもしれないけど。

「ただいま、コンラッド」

「出迎えご苦労さま、ウェラー卿」

 噴水で座るおれたちに彼はさわやかな笑顔のまま、タオルを渡し、外に出るように促す。日本のようにじめじめとした湿気のないからり、とした夏の気候だけど軍服の生地は厚いだろうになぜそんな笑顔を浮かべる護衛に毎回ながら感服する。女優はどんなに暑くても汗をかいたりしないっていう話と通づるものを感じる。

「……まあ、俳優やっててもおかしくないイケメンだもんなあ」

「はい?」

「あっ、いやいや! こっちのはなし! なんでもないよ、服がびちょびちょだし早く城内に戻ろう!」

 うっかり、考えたことが口に出てしまった。慌てて噴水から出れば、後ろから視線を感じて少し顔をそちらに逸らせば、にやあ、と意地悪く村田が笑っていた。村田のように的確にひとの心は読めないけど、あれは嫌でもわかった。

『まあまあ、渋谷くんったら惚気かい?』

 あれは冷やかしの微笑みだ。



* * *



「そういえば、陛下と猊下はあちらでなにをされていたんですか?」

「え?」

 服を着替えるために、自室に戻る途中でコンラッドにたずねられて思わず、上擦った声を上げてしまった。ウルリ―ケから今回の到着先は城内に限定されていたようで、村田の服も血盟城に準備されているらしく、一緒にいる。
 ひとの観察力が人一倍あるコンラッドはおれの声音の変化に気づいたのか、きょとんとした顔を浮かべた。

「もうすぐ期末テストが控えているからね、今日は渋谷の家で勉強してたんだ。いろいろと。……ね、渋谷?」

 くりん、とこちらを振り向いて同意を求める笑顔は本当にチェシャ猫そっくりだ。うわあ、すごくこういう展開を望んでいたのかもしれない。心なしか『いろいろ』が強調されてるような気がする。ああ、ほらまた逆光でもないのに眼鏡が光ってるし。

「そ、そうだな」

「陛下、少し様子がおかしいですよ?」

「陛下ってあんたが言うから様子がおかしくなったんですー」

 全くのうそだ。もちろん、彼に陛下と呼ばれるのが気にくわなかったのもあるが、それは口実で実際はどうにかして動揺を隠そうとしてるだけなのだ、自分は。素直に「すみません、ついくせで。ユーリ」と訂正を入れるコンラッドに少しだけ申し訳ない気持ちになった。

「しかし丁度よかったですね、猊下。今日はヨザックが任務を終えて血盟城に戻っていますよ。なにか猊下は調達して欲しい書物などがあったんですか?」

 コンラッドの話に今度はおれが首を傾げた。

「あれ……? 今日は眞魔国のほうでおれたちに用があって呼んだんじゃないの?」

「いいえ。こちらではまだ陛下、猊下をお呼び出しをするような緊急事項も、執務もありませんよ」

 その言葉に、おれは勢いよく隣で機嫌よく鼻歌をする腹黒大賢ジャーのほうを向いた。お前さっき、あっちからお迎えがなんとかって言ったじゃん! この状況はどう考えても村田の差し金だ! ぎっ、と睨みつけているが、村田は村田でコンラッドとは違う爽やかな笑顔(コンラッドよりいくらか寒気を帯びてる意地悪い顔)を返してきた。

「そうそう、ウェラー卿。きみにも渋谷の勉強に付き合ってほしくて。渋谷は勉強が身につくまで結構時間かかるタイプなんだよね。その分、覚えてたら忘れないからいいんだけど。それでさ、僕が教えるよりもウェラー卿のほうがいろいろ丁寧に解説してくれそうだから、渋谷の勉強の復習をよろしく。覚えがよかったら予習もよろしくね」

「英語の勉強ですか?」

「村田……っ!」

 この顔と声のトーンからして、絶対に英語の勉強じゃない。あれだ、きっとあれだ。最後に見てたDVDの復習をしろって言ってるんだ、こいつは。ああ、せっかくDVDの内容がうろ覚えになってきたかと思ったのに、村田のせいでまた映像が鮮明に脳内で再生する。あんなもん、復習することないだろう……!

「やだなあ、大親友からささやかな労いだよ、労い。勉強もいやいややるより、楽しくやったほうがきみの身になると思ったからさ。……あ、ヨザックだ」

 こいつ、厭味ったらしく『大』親友とか言いやがった。思わず、村田の肩を揺すろうとしたが、回廊の大窓からこちらに手を振るヨザックの姿が見えて止まる。
 窓を開けて、おれはヨザックに向けて大きく手を振った。

「坊ちゃんに、猊下おかえりなさーい!」

「ただいまー!」

 グウェンダルの信頼する諜報員、ヨザック。彼の仕事はおれが思っているよりもずっとハードなものだと思うのに、一切疲れを見せない笑顔にいつもすごいな、と思う。コンラッドもそうだけど、彼らはいつ休息を取っているのか本当に謎だ。

「ヨザック。もう仕事ないなら、このまま僕を城下町に連れて行ってよ。新しい歴史書が欲しいんだ。いいよね?」

 微笑みはまるで天使のように可愛らしい村田。けれど、最後の「いいよね」とヨザックに尋ねる口調はいつぞやのコンラッドにそっくりで思わず、背中に悪寒が走った。疑問符であってすでに肯定文なのだ、これは。ヨザックに選択肢はない。
 村田が城下町に出かけることはあるが、おれのように探索や買い食いがメインじゃなくて、古い骨董品やまるで六法全集のような分厚い書物を大量に購入するから、付添い人には結構負担がかかる。それはどこか、うちのお袋の買い物みたいで疲労困憊のときには少し憂鬱になったりする。

 だが、ヨザックはそう思わないのか笑顔のまま、すぐに「了解しましたー!」と答えた。

「わーい! 猊下と城下町デートだなんてグリエうーれーしーいー!」

 なるほど、彼にとってはデートらしい。村田、いい彼氏をお持ちで。
 しかし、村田は天使の笑みをそのままで「次、公共の場でそういう発言したらフォンヴォルテール卿に頼んで一年くらいの任務をさせるからね」と返答した。その発言を容赦なく発する恋人を心から愛せるヨザックは偉大だ。おれだったら、失礼だけど絶対に村田の恋人になれないと心から思う。

「さて、僕は行くよ。服は途中で眞王廟に寄って着替えるからいいや。そこの兵士さん、中庭までの護衛をお願い」

 城内を巡回する兵士さんに声をかけると、村田は来た道へと足取りをかえる。

「渋谷はお勉強頑張ってね! あと、報告も待ってるから」

 すごく楽しそうに手を振る村田におれは脱力する。

「やだ。勉強もしないし、報告もしないからなっ」

 と、返すも村田は無視を決め込むのか、振りかえらずに相変わらずひらひらと手を振るだけだった。

「ユーリ。あなたは覚えのいいひとだから、すぐに勉強できるようになりますよ。俺ができる限りで教えますから」

 言って微笑むコンラッドにおれは曖昧な返事をすることしかできなかった。純粋におれに勉強を教えてくれようとする彼に罪悪感すら感じる。
 あと少しで、自室に到着する。さて、この状況をどうやって乗り越えようか。暑さではない、汗がたらりとこめかみから落ちた。


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