XOXO
No.2


「……キスで翻弄って言っても」

 正直、剣だけではなく、そういうことに関しても百戦錬磨なコンラッドに勝てる気がしない。それにいままで恋人のいなかった自分に前戯からえっち、後戯、すべてをそれこそ手取り足とり腰取り一から教えてもらったのだ。
 翻弄したくても、百年も生きている彼をキスひとつで翻弄できるがはずがない。
 そう思う思いを村田はまたも読み取ったかのように、ディスクをDVDプレイヤーに挿入すると、こちらを振り返りふっと嘲笑をみせた。

「なんだい、なんだい、渋谷くん。きみはそんなところまで乙女思考になってしまったのかい? ああ、まったく残念だね。やっぱりさ、男なら男らしく相手を自分にメロメロにして跪かせたいと思わない? 従順にさせたいと思わない? 例え相手が自分より体格がいいとしても、年齢が自分より上だとしても!」

 だんだんと村田の喋ることばに熱が入る。っていうか、発言がかなりどエスな気がする。と、いうよりは女王。そして、おそらくは私情。

「……村田、お前ヨザックとなにかあっただろ?」

「え? ええ? なんでそこで馬鹿で愚かなオレンジ頭が出てくるんだい? あっはっは、あいつはいつだって僕の下僕さ! なーんにもあるはずがないじゃないか!」

 ……なにかあったんだな、絶対。再び逆光で村田の眼鏡が光るのをみてなんとなくそう思った。
 村田は、ヨザックと恋人同士だ。いつから彼らが付き合っているのかは、知らない。あるとき、おれとコンラッド、そして村田とヨザックで遠出に行ったときに発覚したのだ。花が満開に咲く綺麗な湖畔の小影で昼食を取っていると、お決まりのコントのように村田とヨザックが口論をし始めて(と、いうか一方的に村田がヨザックをなにかとつけては悪態をついていただけなんだけど)ヨザックがグリ江ちゃんに口調が変化したときぽろっと公言したのだ。

『ひどいわーっ! ケンちゃん、こんなに彼氏がつくしてるのにーっ!』

 ぎゅっと村田に抱きついたときの村田の表情は氷の女王によろしく絶対制度の微笑だった。いま思いだしただけでも、恐ろしくて背中からゾワリと悪寒が走る。
 
『え、ふたりは付き合ってるの?』

 あのときは恐怖よりも好奇心のほうが先行していて、思わず問うてしまったが、いまに思えば自分も相当つわものだった。
 ヨザックはてっきり、村田がすでにおれに恋人であるということを言っていると思っていたらしい。だから、おれの発言に相当驚いたらしくそして焦りの表情を見せていた。
 口に出たものはもう、なかったことにはできない。ヨザックは冷や汗たらたらで村田のほうをみれば、一発強めに頭を叩かれた。おれはおれで、コンラッドのほうをみれば相変わらず爽やかスマイルを浮かべてお茶のおかわりですか? と、一切の動揺を見せてなかった。

 村田は、小さく嘆息すると。ゆるゆるとおれの質問に頷いた。いつから付き合っているとか詳細に聞くことはしなかった。村田はそういう風に聞くことをあまり好まないからだ。まあ、あの遠出でわかったことは村田とヨザックはいい雰囲気であったということだ。
 ……ヨザックが、妻に尻にべったりひかれている夫に見えたけど。

 とりあえず、村田の雰囲気と逆光眼鏡から推測するに多分、ヨザックにキスとかエッチで不満があるんだと思う。
 自分もふっとコンラッドのことを考えればなんとなく村田の言っていることも共感できないこともないけど。彼の巧みすぎるキスにおれは本当に翻弄されっぱなしだし。悪く言えばされるがまま、いわゆるマグロ状態だ。

 そんなことを思いながら(ここまでの回想時間約一分)、おれは起動を始めた画面に目を移した。予告の画面から、キスシーンばっかりで大変居たたまれない気持ちになる。

「本当にこれを観れば、コンラッドを翻弄させることができるの……?」

「おそらくね。キスとか恋愛関係に関しては本でみたりするよりやっぱり実写の方が、わかりやすいから少しくらいなら参考になるんじゃない? それにこのDVDのレビュー見たけど、様々なキスのシチュエーションとか、男が喜ぶ言葉とか世界感とかも結構載っているらしいよ」

 逆光眼鏡はいつのまにか通常の眼鏡に戻っていて、村田は予告を観ても一切顔色を変えたりしなかった。その姿が自分と同年代というのを忘れるくらい大人っぽい。

「あーあ。おれもさあ、村田みたいな大人っぽい表情とかしてみたいよなあ。ヨザックに村田はよく美しいとか色気があるっていうのがなんとなくわかるよ。おれ、基本的にコンラッドに可愛いとかしか言われたことないし。っていうか、よくこんなDVD見つけたよな。それに、よくこんな冒頭の予告がエロいのに十八禁じゃないことが不思議だ」

 言えば、村田は苦笑いをした。

「いまどきの恋愛事情って結構進んでるみたいだよ、渋谷。小学生で恋人同士っていうのも少なくないし、キスおろか以上に進んでることもあるらしい。手をつないだり、キスを見られて騒ぐ子はもうあんまりいないんじゃない?」

「……悪かったな、いちいち騒いでて」

「別に悪いことじゃないよ、良いことだと思うよ。そんな簡単に手を繋いだり、キス現場を見られても動揺起こさなくなったらそんなのつまらないじゃないか。恋愛ごとはゆっくり当たり前を増やすことが醍醐味だと思うしね。あーあと、渋谷は僕が色っぽくて羨ましいとか言ってるけど、十分きみも恋愛をする前と比べれば艶が出て色っぽいから」

「はあ、どこが?」と村田の言う意味はわからなくて問えば、「そういうのは周りのひとが気がつくもんなんだよ」と意地悪げに答えて流された。

「ああ、ほら本編始まるよ」

 画面を指をさして村田が言う。
 せっかく覚えた公式が本当に脳みそからこぼれ落ちゃったら責任もって再び大賢者様に教えてもらおう。
 おれはまた一口、サイダーで喉を潤して画面を見つめた。



* * *



「――で、どうだった? キスDVDの鑑賞会の感想は?」

「……ものすごい居たたまれない気持ちになりました」

 もう、正直AVDVDと変わらないんじゃないのかと思うくらい。キスづくしのDVDは内容は濃密だった。ひとつひとつシチュエーションがあって、一話の話は短いのだが、やたらキスシーンだけは時間をとっていてフレンチなキスから、舌を入れて深いキスをするものまで様々なものが収録されていた。最後に、おまけで村田が言っていたキスについてのQ&Aもあって、いままで知らなかった、キスのテクニックがそこにはあった。……悔しいことに村田が言っていたことは本当で、本などから学ぶよりかなり勉強になった。

 鑑賞が終わると、知らずと観ることに緊張をしていたのか、どっと疲労感が肩に落ちる。

「すごい勉強になったでしょ。シュチュエーションとかキスの時の舌の使い方とか」

 ぺろりと村田は見せつけるように舌舐めずりをしてみせて、思わずおれはごくりと唾を飲み込んだ。村田はおれが色っぽくなった思うけど、やっぱりこの村田の色気には敵わない。

「なんかエロいんですけど。村田さん……」

「わざとだよ。お勉強したからちょっと復習しようと思ってね。なんでも、やってみることが大事だと思うし。で、渋谷は自分にできそうなことあった?」

 言われて、おれは小さく唸った。たしかに勉強にはなったけど、それらが自分にできる気がしない。よく村田には恋愛事に関しては奥手だと言われている自分。鑑賞会を通して彼、コンラッドを翻弄させることが本当にできるのだろうか。

 おれの心境をまたまた、読みとった村田は嘆息すると、四つん這いのままこちらに近づいてくる。

「自信ないの、渋谷?」

「そりゃあ……うまくいく気が全然ないもん。……村田?」

 村田の細い指がおれの頤をすっと掬い、楽しそうに目を細めた。

「じゃあ、僕と練習してみる? やっぱり観るだけじゃなく、実際体験してみないと気持ちのいいところなんてわからないだろうから」

「え、え?! ちょっ、村田……っ!」

 一瞬村田がなにを言ったのか理解ができず、だんだんと近づいてくる唇におれはかなり慌てた。まさか、村田がそんな風に言うなんて全く思っていなかったから。必死で身をよじるも通信教育で覚えた合気道の成果か、村田は簡単に片手でおれの動きを封じてしまう。

 やばい! 本当にキスされる! 

 思わず、ぎゅっと目を瞑った瞬間、大きな水音がした。

 ぽちゃんっ!

「ありゃ、残念。あっちから迎えがきたようだよ?」

 おれの飲んでいた蓋の空いたペットボトルからサイダーが溢れだして、次の瞬間にはおれは村田としゅわしゅわのサイダーに飲み込まれていた。

 



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