my boo

「好きです」

 彼はことあるごとにそんな言葉を口にする。言われるたびに、羞恥に陥るがそれ以上にうれしいと感じる自分がいるのをおれは知っている。
 コンラッドが口にする「好き」が他のひとへ伝える感情が違うことがよくわかるからだ。おれに与えてくれる「好き」は恋愛感情だから。だから、うれしい。人目のつかないところで彼は「好き」と言ってくれるが、それでも恥ずかしいしだれかに見られているんじゃないかと考える自分はそのたびに周りをきょろきょろと見渡して「そんなことを言うな」と言う。するとコンラッドは「ごめんなさい」と笑うのだ。悪びれもしないで。このやりとりはおれを陛下と呼ぶな、名づけ親。すみません。つい癖で、ユーリ。と同じくらいに繰り返してような気がする。
 けれども、おれは自分が思っていた以上に乙女思考だったらしくよくコンラッドの「好きです」が一日に何度囁かれるのかカウントしていたりする。回数が多い日は、おれの機嫌がいい。言うな、と言いつつも言われるとうれしいのだ。しあわせだと思う。自分はこのひとに好かれているのだと実感する。
 この気持ちを与えてくれる彼にも知って欲しい。そう思い、ふたりきり部屋でいるときに「好きです」と告げられるとき、おれも「好きだ」と答えたくなる。だが、いつもうまくいかない。喉まできている言葉が口のなかで唾液と絡んで再び喉奥へと流れてしまうのだ。たった二文字なのに、「す」までしか言えたことがない。こんな羞恥心捨てられればいいのに。言えなくてただただ、コンラッドの顔を情けなく見ていることしかできないおれを、コンラッドは嬉しそうに目元を細めて「ありがとう」と優しく頭を撫でてくれる。 彼は優しい。
 このひとが好きで仕方ないと、思う。
 伝えられたらいいのに。コンラッドが好きがどれほど自分を幸福にしているのか。コンラッドが思う以上におれがコンラッドを好きでいるのか伝えられたらいいのに。本当に自分はどれほど乙女思考なのだろう。
 そうして色々考えて、ひとつの案を導きだした。口に出ないこのたった二文字を表すにはどうしたらいいのか。
 おれは、スタツアとともに持ってきていた学生鞄のなかからノートを一枚ひろげるとそこに言葉をつづった。彼以外のひとには見られても大丈夫なようにひらがなをそこに書き、破り、剣の指南中のコンラッドがいないうちにひっそりと彼の自室の引き出しに忍びこませるとおれはひとりで気持ちが悪いほど頬をほてらせながらすぐさま自室のベットへともぐり込んだ。

* * *

 いつの間にか寝ていたらしい。
 髪を撫でるやさしい手に気がついて目が覚めた。
「こ、んらっど?」
 一瞬、自分の目を疑い瞼を擦る。起きたてで、視界が歪んでいたのかもしれないと思っていたが、そうではなかったようだ。目を開けたさきにはコンラッドの顔があった。泣きそうな、情けないコンラッドの顔がそこにはあった。
「ユーリ、好きです」
 震える声。手にはあの手紙が握られていた。下手くそな文字で書いた『こんらっどがすきです。』の紙が。
 すこしはコンラッドの想いに答えることができたのだろうか。読んで欲しくて置いてきた手紙、読まれたと思うと死にたくなるほど恥ずかしい手紙。頬が急激に熱くなり、声も出ず慌てるおれをコンラッドは強く抱きしめてくれた。
 いつか、口にできたらいいと思った。
 まだ付き合って数週間のおれ。
 おれはなにも言えずにいつもと同じようにたくさんの言葉を喉の奥へと流しこんで、彼の広い背中に手を回した。

「ユーリが好きです」
「おれもコンラッドが好きだよ」

 いまは付き合ってもう一年になる。彼の内ポケットにはあのときの恥ずかしい手紙が大切にしまってあるらしい。
 もう、ふたりきりでなら言える「好き」という言葉。それがうれしいと思う。
 だけど、おれはあのときのもどかしく変わりのない「好き」という言葉の重さをこのさきもずっと大切にしていきたいと思っている。

END
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