「それ、今日のおやつ?」
もう手がぷるぷると震え、それをどうにもならないのに左右振って震えを拡散させる。
こぷ、こぷん。こぽり、
可愛い水音の跳ねる音がして温かい紅茶が温められた白いティーカップの中に流れていくゆっくりとした時間。今日はグウェンダルに言われた執務を終えられた。横にはそれを称えるように仕上がった紙の山がオレを見降ろしている。…多分、100枚以上あるな。うん、オレ頑張った。えらいぞ、自分。
「ええ、そうです。今日はいい子にできたね、ユーリ」
「……むぅ。いい子って」
「おや、ご機嫌を損ねてしまいましたか?」
くすり、と口元を小さく上げて笑う護衛で名付け親の百歳以上離れた恋人、コンラッド。その意地の悪いもの言いもサマになっていて悔しい。何が悔しいって、いい子と言われて内心褒められて喜んじゃってる自分。あと格好いいな、なんて惚れた弱みか思ってしまったこと。
(あーあ。コンラッドには敵わないなあ……)
「溜息なんてついて、幸せが逃げてしまいますよ?」
誰のせいだ、誰の!
「コンラッドがいい子って言うから……」
「すみません、つい貴方が可愛らしくて。ほら、機嫌直して」
「……ん、」
机にことり、と置かれたのはコンラッドお手製の紅茶と子供扱いの額へのキス。
……最悪だ。これだけで機嫌が直ってしまう。オレって本当にお子様。窺うように顔を上げればそこには爽やかなんだけど甘い笑顔。
「今日は、ユーリもご存じの地球のお菓子ですよ」
キスの次に机の置かれたお菓子は、
「……これ、バームクーヘンだ」
少し曲線を帯びた茶色が一切れ銀のスプーンの隣に置かれている。なんだか懐かしいような気持ちで小さなフォークを手に角を切り崩し口の中に。ケーキとは違うほのかな甘みとしっとりとした生地の食感に自然と笑みが浮かんでしまう。
「ふふっ、本当にユーリは分かりやすいね」
「だって、美味しいんだもん! すっごいね、本当に地球のバームクーヘンだよ。お店に並んでもおかしくないって!」
もう一口、頬張る。
「うまあ」
「それは、よかった」
頬張ったバームクーヘンが食道を通ったときには、もうどうでもよくなった。高校生でまだ十六歳なんだ。まだまだ、オレはお子様さんでいいや。ふっと後ろを見て、そこから見える青く透き通る青空を仰いでみる。
「雲ひとつないねー……」
「ええ、この分なら明日も気持ちのいい青空が広がるでしょうね」
「よかった」
「ユーリ」
「う?」
「フォークを咥えたままのおしゃべりは関心しませんよ」
「にー……」
仰け反った頭を再び部屋へと向けて、フォークの口から出して、またバームクーヘンへと。
本当はまんまるのバームクーヘン。
焼きたては焼きたてできっと美味しいんだろうなあ、と思いフォークでつつく。すると、層が一枚ぺらりと剥がれた。
「ねえ、コンラッド。バームクーヘンって何で出来てるの?」
小麦と卵と牛乳、お砂糖。これぐらいしか思いつかない。
剥がれた一枚だけを食す。味は変わらず甘くて穏やか。けれど、水分が欲しくなって紅茶へと手を伸ばす。
「バームクーヘンは何で出来ているか、ですか?」
「うん」
紅茶の表面が口に触れる。
「俺の、愛、で、出来てます」
「ぐはっ」
噎せた。細かくなった菓子の屑が喉に余計に貼りついて咳きこむように何度か喉を鳴らす。
「大丈夫ですか?」
「……っ、あんたが変なこと言わなきゃ大丈夫だった」
「だって本当のことですから」
悪びれることもせずにオレの隣へとくると和らげるように背中を擦る。それから、近くの椅子を手にすると座り、オレのフォークを手に取った。
「この一枚の層が貴方への愛しさ、その次は敬愛、またその次は可愛らしさ…と何層にも重ねているんですよ。まるで底なしだ」
かちり、とフォークの先がお皿に辺り硬い音がして、突き刺されたバームクーヘンはコンラッドの口元に運ばれた。
「ん、上出来。ですね」
ああ、なんて恥ずかしい奴なんだっ!吐きだされる言葉はくさいし、食べる姿はエロい。
「切ることをしなければ、ずっと巡って大きくなるんですよ」
「コンラッド」
「はい」
「……恥ずかしい」
顔なんて見れなくて火照る顔を抑えるとそれを掴まれた。
「ユーリ、それだけ?」
見えない顔はきっと笑っていて、期待をしている。期待されている言葉をオレは知っている。
「……ユー、リ?」
確実にその声音はバームクーヘンより甘い。コンラッドはズルイやつだからオレがこの声に逆らえないのを知っている。
「う、嬉しいです」
「合格、です」
合格、とはオレの答えのことなのか。今度は火照る頬にそれよりも温度の低いコンラッドの唇が触れる。
「あーもう! コンラッド!」
「明日の遠出が楽しみですね」
ちゅ。三回目は唇。
世界はバームクーヘン
「……うん、楽しみ」
そりゃ、明日の遠出のためにお仕事頑張ったけどさ。
あーもーだめ。だめだめ。だめだめだめ。
愛情たっぷりのバームクーヘンは脳みそをピンクにしていく。
「ちゅー……」
「はいはい、いい子にもう一回ね」
どこまで行っても繰り返しに。剥がしても底なしの甘い世界。
少なくとも俺達の場合の世界だけどね。
END
甘すぎるコンユ