しかたがない

 本当にこの男は、しつこい。
 ユーリは、未だ恍惚とした表情を浮かべて自分を抱く男を視界がけぶるなか、思い切り睨みつけた。
「……も、あんた、大概にしろよっ! シツコイ」
「そういう男を選んだあなたが悪いんです。たまにはもう少し俺に付き合ってくださいよ」
 もう何度も菊口を肉棒で擦り抉られ白濁を吐き出されるが、痛みは感じない。ただ、感じるのは熱くて嫌というほど覚えてしまった快感だけだ。特に、前立腺を先端で強く刺激されると唇を噛んででも抑えたい嬌声が口端から零れおちてしまう。
 互いの肢体は、もうどちらのものかわからないくらい吐き出された白濁でぐちゃぐちゃに、ぬるぬるとしている。
 そろそろ本気で解放してくれ、とユーリは思った。
 まえに俺は淡泊な男ですよとか言ってなかったか、このやろう。
「……ん、ぁっ」
「声、枯れてしまいましたね」
「あ、んたのせい、だろう……っ!」
 自分からこの男を誘った自覚はあった。コンラッドの自室へ訪れ、なんとなくそういう雰囲気なりどちらともなくキスを始めてシーツの海に自分を沈めるように手を絡められ緩やかに本格的な前戯が開始されようとしたとき、この男の悪い癖が現れたのだ。
 自分は本当に彼が思うほどお恐れた者ではないのに、キスやセックス、恋人としての一線に触れるとき、コンラッドは自分と己との距離に恐怖を覚えるのだ。
 それは仕方がない、とは思う。
 自分は一国の主として眞魔国に君臨しているのだから。
 けれども、こういうときだけは自分のことを『渋谷有利』として、肩書きも全部忘れて触れてほしいと思うのだ。
 だから、ユーリは毎回コンラッドがこのような思考を持つときは繰り返し、まるで赤子をあやすように優しく声をかけて安心させる。もっと大人でいたいと思う男の背中を撫でて、いつかもう少し気持ちに余裕が生まれたら自分の気持ちも考えてくれたらいい、と願って。
 そうして、男の癖が落ち付いたころに自分から誘ったのだ。これ以上考える必要はないと。こうした誘導術もコンラッドが教えてくれたことだったりする。「誘い方も、ずいぶんお上手になりましたね」と皮肉交じりに言う男に負けじと言い返して、行為を再開してもうどれくらい経ったのだろう。
 うまく思考も働かない頭と視線を窓へと向ける。月は白さを増して東の空へと傾いていた。月が天辺にくるまえから始めていたのだからもう二、三時間は裕に過ぎている。
 おそらく、コンラッドは恐怖心を行為のなかで埋めようとしているのだ。
 コンラッドが自分を欲するようにユーリもまたコンラッドを欲していることをしっかりと実感するまでし続けたいのだろう。
 根が妙に真面目な男は本当にめんどくさい。
「んっあぁ…!」
 そんなことを考えながら与えられる快楽に流されていると突然前立腺を強く刺激され、菊口まで肉棒が抜かれたかと思うと勢いよく内壁に突き込まれてユーリはひときは高い嬌声を上げると射精をした。反射的に内壁がコンラッドのモノを締め付けると彼は快楽に眉をひそめたものの低い声でそれを噛み殺し、まだ射精をして過敏になっている内壁を容赦なく攻め立てる。 あまりにも強すぎる刺激にユーリは腰を掴む男の腕を掴み首を横に振った。
「やめ、ろ……っ! あたまおかしくなる、からっ!」
「ユーリがこっちに集中してくれないから、つい」
 つい、じゃねえよ! あんただって散々考え事してたじゃねえか!
 そう悪態をつこうにも喉に唾液が絡まりうまく言葉が出ない。出るのは悔しいことにはしたない嬌声だけだ。
「…怒っているあなたも可愛いですね。嗜虐心がとてもそそられます」
 言って、コンラッドはユーリの腰を掴んでいた手をユーリの膝裏にまわして肩に担ぐ。さきほどよりも奥にコンラッドのモノが内部に侵入してきてユーリは息を詰めた。
 まるで腹のなかまでぐちゃぐちゃに掻き回されている気分だ。
 ユーリは行き場の失った手でシーツを掴んだ。
「も……っヤダ!」
「ユーリのなか、俺が中で何度もイったせいでぐちゃぐちゃだ。それに、とても熱い。……もっと中をついて濡れたらどちらのものかわからなくなりそうだね」
 嬉しそうに、コンラッドは呟く。普段はあまり汗をかかない男のこめかみや肢体に汗が滴り、ユーリの腹に落ちていく。
 普段見れない表情に、ユーリは興奮を覚えた。
 もう限界と思っていたくせに、自分もまだ十代。若いようだ。
「これで……今日はっも、これでさい、ごだからな……っ!」
 こうして、しつこいほどに自分を求めることはごくまれのことなのだ。明日は、この男にグウェンダルのお説教を一身に受けてもらい、どうせ足腰も立たなくなってしまっているであろう自分のお世話をしてもらおう。
 思いっきり無理難題を突き付けてパシってやる。
「今日はへたれてる、あんたがっ、かわいそー、だからめいっぱい甘やかしてやるよ……っ」
 自分から誘った責任はとってやる。
 掠れた声でユーリは言うと、すでに力の入らないからだを叱咤して無理やり腹筋を使って上半身を起こすとコンラッドに噛みつくようなキスをした。肩に抱きあげられた両足を降ろして反対にコンラッドをシーツへと押し倒す。
「でも、ヤられっぱなしは嫌だから、おれがうえな……」
「本当にユーリは男前ですね」
 喉を鳴らしてコンラッドは笑う。
「じゃあ、男前ついでに自分から俺のをなかに挿れてください」
「……このやろ……っ」
 甘えているというよりもこの男は調子に乗っている、とユーリは舌うちをした。しかし、今回は自分から誘い、甘えてもいいと言ってしまったのだ。コンラッドが、ああいう挑発にも似た欲望を口にするのはとても少ない。
 自分は本当に、こいつに甘いな。
 ユーリは苦笑してコンラッドのペニスに指を添えるとゆっくりと息を吐きながら自分の菊口へと導く。ゆっくりと進入してくる熱にいまから再び犯されるのかと思うと背筋に淡い痺れが走る。洩れそうになる嬌声を噛みしめていると口のなかにコンラッドの指が二本、強引に入ってきて思わずユーリはその指を噛んでしまった。
「そんなことしていると唇切れますよ。こちらの口でも俺を食べてください」
 本当に調子に乗ってる。
 ユーリは差し込まれた指にわざと歯を立て、内壁を犯されていく快感をやり過ごしてやっとのことでコンラッドのものをすべて受け止める。しかし、これだけでは、この男も自分も満足しないことは知っている。力の入らない足を無理やり動かし、コンラッドの胸に手を置くと、さらなる快感を引き出すように動く。一度、腰を上下に動かすと、気持ちが良くて、止めることができない。
 快感に溺れる自分がとてもはしたないと思う。
 水膜の向こう。霞んだ視界のさきにコンラッドの快感に歪みながらも口元には笑みを浮かべている顔がみえる。
「……きも、ちいい?」
「ええ。……ユーリ、とてもいやらしい顔していますね。可愛らしい」
「うるさいよっ、そんなこと、言わせなく、して、やる……っ」
 何度も行為を繰り返して、羞恥心は以前よりはなくなった。
 それは回数を重ねているということもあるが、それ以前にはしたない自分を受け入れてくれる男がいるからだと有利は知っている。
 羞恥心が薄れてくるとそのさきにあるものは欲望と負けず嫌いな想い。一方的に与えられるのではなく、自分もこの男に与えたいという気持ちがふつふつと沸き上がるのだ。
 自分は愛されるだけの愛玩動物になりたくはない。
 何度か上下に動いていると、コンラッドがユーリの腰を掴んだ。あ、このままではまずいと思ったときにはもうすでに遅い。コンラッドが下から突き上げるように抽挿をし始めた。固定されて怖いくらいの快感が有利を襲う。
「ひ、あっあ……っ!」
「すみません、ユーリ。我慢できなくなりました」
「ば、か!」
 急速に高みへと昇っていく。ユーリは自分の立ちあがった根本を手でおさえた。
「ユーリ、イっていいんですよ?」
 コンラッドが有利が戒めているそこに手をあてがい、外そうとするが、ユーリは首を振ってそれを拒否した。
「……ん、イくのは、一緒がいい……っ」
 べつに一緒に絶頂を迎えようが、迎えまいが、これといってなにか特別なことがそこに存在しているわけではない。けれども、確かにひとりで果てるときよりも満たされるような感覚がそこにはあるのだ。
 からだを支えられなくなって、ユーリはコンラッドの肩に上半身を預けるともたれた男の肩に歯を立てた。
「本当にあなたは、俺を夢中にさせる……」
 そんな姿のユーリをコンラッドは喉奥を鳴らすように笑い、ユーリのからだを引き寄せるとさらに動きを大胆なものにする。
「ぁあ……っ」
「……こうして、あなたを、抱いていると人生うまくいかなくてもこの腕にユーリがいればいいと、それだけでいいと思える。俺はどうしようもない男だ。……愛していますよ、ユーリ」
 彼は自分を抱くとき必ず、愛しているという。それに自分も小声で愛していると返した。水音や荒い息、からだ同士がぶつかり合う音よりも小さな声で。でも、ちゃんとコンラッドには届いている。
 コンラッドが「愛している」と毎回のように言うのは、自分も同じように「愛している」と答えてほしいからだ。
 自分はコンラッドを甘やかす。
 この男がどうしようもないのなら自分はきっとそれを甘んじて受け入れているどうしようもなくてしかたのないやつだと思う。
 この世のすべてがうまくいかなくとも、とりあえずはこの男が言うようにそれだけでいいのだ。うまくいかなくともすぐには自分を変えることなど無理だ。
 自分たちは今日も同じ日常を繰り返す。
「――……ああっ!」
 戒めた手を外され、自分の最奥で熱いものが叩きつけられる。
「幸せ」
 コンラッドが耳元で囁く。
 その言葉にユーリは苦笑した。
「……幸せなら、しかたないな」
 本当に、自分はこの男に甘い。そして甘やかすことに充実感を得ている自分は本当にどうしようもない。
 薄れゆく意識の中でユーリは心地よい温かさに浸った。

END
なんとなく、Textの『うまくいかない』の続きです。
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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