うまくいかない。

 ……もっと、ああしたい。こうしたい。
 大人びた行動を自分はしたいと思うのに、どういうわけだか、からだはついていかない。それは心が追い付いていない証拠かもしれない。
 と、コンラートは愛しいひとの口内を舌で蹂躙しながら行き場のない衝動に駆られていた。
「……んっ」
 奥のほうに隠れた恋人の舌を捕まえ、絡めとり吸い上げると彼は小さく声を上げて肩を震わせた。
 相手に気付かれないようゆっくり閉じていた瞼を開けて、表情を伺うと眉根を顰めて恍惚とした表情を浮かべる彼に対して言いようもない興奮を覚える。
 自室の寝台に押し倒したと握り合わせた手がだんだんと熱を持って汗ばんできた。
 押しつけていた手のちからを少し緩めてコンラートは恋人の人差し指をまるで自分の太ももにあたる彼の欲望の熱を愛撫するように中指と親指を使いゆるゆると上下させる。すると感度のいい彼は指ですら強い性感帯になったように互いに擦り合わせていた舌がびくり、と反応を見せた。
「……ユーリは、いやらしいね」
「うっさ……ぃ!」
 こんな風にしたあんたの責任だろう、と彼、ユーリは閉じていた瞼を開けてコンラートをねめつけた。橙色のランプで輝く漆黒の瞳はほのかに水膜を帯びてより一層コンラートの性欲を煽る。コンラートは知らぬうちに喉ぼとけを上下させて、生唾を飲み込んいた。昼間は活発的で、明るく夜の世界など知らないような純粋な少年であるのに、こうしていま、コンラートに見せる少年の欲情に香る表情。何度もそのギャップを見なれているはずなのに、毎回のようにその変化に抑えきれない己の欲望を感じてしまう自分をコンラートは心のなかで嗤う。
 もっと奥底に眠る彼の卑猥な感情や、欲望を思うさまひき出して啼き喘ぐ彼がみてみたいと。
 ……もっと、優しく愛してあげたいのに。
  情事一歩手前になるといつもコンラートのなかで理性と本能がぶつかりあい葛藤をする。もっと大人になりたいと、成長したいと感じるのはこういうときが多い。葛藤したあげく最後には本能に負けて、彼を貪ってしまいそうになるのだ。百年も生きているのに翻弄されてしまう自分が悔しい。
 まあ、なんだかんだ言いながら最終的に残るのは滑稽な『見栄』だ。
 どんなときであれ、便りになる大人でいたいという見栄。そして、捨てられたくないと思う気持ちがコンラートの心を乱す。
 早く、この気持ちが解決できる日がくればいいのに……と、もの思いに耽っていると、舌に鋭い痛みが走った。ユーリが、コンラートの舌を噛んだのだ。
「……痛いですよ、ユーリ。血が出たらどうするんですか」
「ちゃんと加減はしたよ。痛いくらいには噛んだけど。あんたが、こういうときに違うこと考えてるからいけないんだろ」
 こっちに集中しろよ。
 怒りと呆れが入り混じった声音でユーリは握り合っていた片方の手を外すと、コンラートの頬をぺしりと叩いた。
「まったく、キスやセックスを知ったときには本当に初心な子だったのに……いつのまにやらこっちのほうまで大人の仲間入りですか」
「そういう発言やめろよ、コンラッド。親父くさいぞ」
「ひどいな」
 ユーリの言葉にコンラートは苦笑する。そして、思考が良くない方向へと深みにはまるまえに現実へと引き戻してくれたことに感謝をした。
 幸せを感じるときに反対に悲観的なことを思想するのは自分の悪い癖だ。
「……もうさ、何回も言ってるけどあんたが隠しごとをしたっておれにはむだなんだよ。逸らそうったってむだなの」
「そうですね」
 このようなやりとりをもう何度重ねてきたのだろう。そのたびに彼は、コンラートを救ってくれる。
 結局自分は見栄を張りたいと思いつつも、こんなどうしようもない自分のことを理解してもらい、許してもらいたいと思っているのだと思う。大人になりたいと思いながら子供のように甘やかされたいという矛盾。自分は、矛盾だらけだ。
 コンラートは小さく息を吐いた。
「……ときどき、俺はユーリが怖くなりますよ」
「なんで?」
 コンラートはキスで赤く熟れたユーリの唇を啄みながら、言葉を続ける。
「百年も先に生きて、様々なことを学んできたのに関わらず、いつかユーリのほうが先に大人になってしまったらって……」
 少しばかり不安になるんですよ、と言えばまるで飼い犬を慰めるように頬に触れていた手はコンラートの頭へと向かい髪をくしゃくしゃと撫でた。
「本当にどうしようもないやつ。いいじゃん、それで。焦ってればいいよ。そのうちおれの精神状態があんたより大人になったら逆に抱かせてね」
 あんたをひーひー泣かせてやるんだ。
 ユーリはそう言って逆になった自分たちのことでも想像したのか、おかしそうに笑った。
「こんなへたれな男におれが抱かれてるなんてもったいないもん。どうせなら抱いてやるよ。そういう心配しなくていいくらい。心配しなくていいんだよ。もし、そうなってもあんたがおれを嫌いにならない限り、おれもコンラッドを嫌いになったりしない、別れたりしないんだからさ」
 そう言って、ユーリは燻ぶっていた熱を煽るように今度は髪を撫でいた手を首元に回し、触れるだけのキスをコンラートの口唇に落とすとそのまま唇を肌に合わせてするすると首から下へと滑り落ちてゆく。
 自分の体温より高い熱をもった彼の唇が鎖骨に辿りつくと、窪みに舌を差し込まれ、それから骨を甘噛みされる。
「……ほら、続きしよ」
「誘い方も、ずいぶんお上手になりましたね」
「誰かさんが嫌っていうほど、教えてくれたからな」
「それは、それは」
 ユーリの言葉にコンラートはくすくすと肩を震わせて喉奥で笑う。
「コンラッドはこれ以上大人にならなくていいよ。そこでじだんだでも踏んで待ってろ。大人になれきれないならそれでいいじゃん。あんた、青春って言う青春を謳歌したことないって言ってたし、おれと一緒に色んなもの抱え込んで、悩んでくれたらうれしい。大人の助言とかおれはあんたに望んでないから」
「あなたは本当に俺を甘やかすんですね」
「あんたはおれに本当は甘やかしてほしいんだろ」
 疑問符もつけない確定した言葉にコンラートは「そうですね」と頷いた。
 ……きっと考えても具体的にどうやって改善していいのかわからないし、いまの状態で満足している自分もここにいるのだ。行動しない限り現状は変わることがないことをコンラートは知っている。
「俺はユーリに甘やかされて、甘やかしたい。あなたがこんな俺に足を広げてくれるなら考えても無駄ですね。」
 コンラートは未だに握りしめていた手を外してユーリのシャツのボタンを器用に外すと、傷ひとつないさらりとした肌に指を滑らせて行為再開を促した。
「……うまくいきませんね、色々」
「人生ってそんなもんだろ」
 こともなげにユーリは言って、コンラートの背中に手を回す。
 結局、いつもこうしてなにも解決しないまま終わるのだ。本当になにもかもうまくいかない。
 けれども、目の前に彼がいるならそれでいいとコンラートは思った。
 そう、人生は彼が言うようにこんなものだ。


END
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