とあるホテルで見つけたあなたに贈るプレゼントA


 そうして一通り優雅なお茶会を楽しんだあと、お勘定とともに例のお土産を頼む。
 コンラッドティー単体だと千五百円。それに金のリボンにコンラッドの名前の入ったテディベア付きだと二千四百円だという。実物が気になったので、テディベアを見せてもらったユーリは悩んだ末、テディベアのほうをお願いすることにした。テディベアの色は青。
 ユーリは無理を言ってコンラッドティーとテディベアを個別に包装できるか、と頼むと定員は快く了承してくれた。

「では、ただいま包装して参りますので、しばしお待ちください」

 定員の背中を見送ったあと、ユーリはじろり、とした視線で村田をみる。彼はにやにやと笑っていていままでの経験上、村田がなにを言いたいのかユーリにはすぐに察しがついていた。

「……そうだよ、テディベアのほうは自分用だよ。悪いか」
「おや、すごいね。渋谷はエスパーかい? よく僕の言いたいことがわかったね」
「そりゃあ、もうお前のチェシャ猫みたいな意地の悪そうな笑顔をみれば想像つくわ」

 きみも言うようになったね、と村田は声を立てて笑う。
 自分用、とカミングアウトしたのはユーリ自身だが、やはり勘づかれていたのかと思うと羞恥心がこみあげてきて、ユーリ拗ねたようには唇を尖らせた。

「いいじゃんか、別に」
「別に、悪いとは言ってないけどね。いいんじゃない? そういうの、どこのカップルだってやってるさ。きみよりもっと恥ずかしいと思えることをね。たとえばペアルックとか、キスをしているプリクラをお互いの携帯電話に貼っておくとか。それに比べたら、渋谷はずいぶんとおとなしい。でも、それどこにつけるの?」

 そういえば、肝心のテディベアをどこに飾るか忘れていた。
 眞魔国へ持って行って、そっちの部屋に置くのいいな、と思ったがそれはやめた。こちらの国の言葉を眞魔国では理解できる者はいないに等しいが、その理解できる者が一番知られたくない男、コンラッドなのだ。
 もし万が一に見られたときは、どんなことを言われるかわからない。

『そんなに俺のことが恋しかったですか?』
『可愛いことをしますね、ユーリは』

 なんて嫌でも鮮明に想像ついてしまい、ユーリは無意識に首を振る。

「……やっぱり、地球で身につけるものにしたいな。あいつの目には触れないだろうし」
「渋谷ってやること可愛いけど、言うことはひどいよね。普通、そういうのって恋人に見せて、げろ甘なラブラブフラグを立てるのが王道なのに」
「勝利みたいにフラグとかいう言葉を使うなよ。なんか気が滅入ってくるから。……いいの、自分用にお土産用意してなんだけど、コンラッドには恥ずかしいから見られたくないんだよ」

 なんかいかにも自分がコンラッド好きだって言っているようなものじゃないか、とユーリがばつ悪そうに後頭部を無造作に掻き毟れば、小さく村田が呟く。

「まあ、端から見れば十分恥ずかしいバカップルだと思うけどね……」
「村田。なにか言った?」

 いいや、なにも。村田が否定するのと同時に後方から声が聞こえた。さきほどの定員だ。手には二袋の紙袋をさげている。

「おまたせしました。こちらでございます」
「ありがとうございます」

 手渡された紙袋も黒地に金のロゴのみでシンプルで格好よく、それらを手渡されるとユーリは無意識に笑みを浮かべ、席を立った。

「なんか最初は緊張したけど、ラウンジでお茶をしたら結構リラックスできたかも。血盟城に訪れてくれるみんなもそうなのかな」
「そうだと思うよ。帰りの際はみんな笑顔だし」

 村田の言葉にユーリはそうだといいな、と頷いた。
 また眞魔国に帰ったら、このホテルのようにみんなが憩いとしているラウンジを検討してみようか、とユーリは思った。こうして、普段足を運ばない場所に赴くと本当に新しい発見ができる。

「でもまあ、ひとりでここにくる勇気はないからまたなにかの機会があったらまた村田がつきあってくれるとうれしいんだけど」
「もちろん、いいよ。気にいってくれてよかった」

 ユーリが「ありがとう」と言えば、村田は嬉しそうに微笑む。さきほどのようにひとをからかうような笑顔ではなく、どこか人懐っこく艶のある笑みにユーリは不覚にも魅入ってしまった。思わず「そうやって笑えば、みんなころっとだまされるのにな……」とぼやけば「僕は笑顔を安売りしない主義なんだよ。それと騙されるっていうのは余計だよ。勝手に僕のことを大人しくて静かなイメージを持つやつらが悪いんだ」と言う。

 村田は男女問わず、その顔立ちと知的な発言から好意をもたれるが、ほとんどそれらのひととは一線をひいてコミュニケーションをはかる。ごく限られたひとしか彼の本性をしらない。そういうところはコンラッドと似ている部分があるな、とユーリは思う。村田にしろ、コンラッドにしろ現在にいたるまで心に多くの問題を抱えているから自然に自己防衛のしているのかもしれない。そういうものは、長年培ってきた性格と同じでそうそうなおるものではないし、村田もコンラッドも理解してくれる者だけが自分をしっかりと受け止めてくれればいいと考えているようなので、ユーリは「まあ、いいけどさ」と相槌を打った。

「……うーん。思いのほか、早くウェラー卿への贈り物が決まっちゃったね。これからどうする?」

 今日の予定は、ぶらぶらと一日適当に贈り物を散策する予定だったのだ。日頃のお世話になっているコンラッドへの贈り物だし、これほどはやく納得のいく品物が見つかるとはユーリも村田も考えていなかった。
 ユーリの左腕のGショックはまだ、十一時半過ぎを示している。

「まあ、一応他にもいろいろチェックしておいたからそこも寄ってみる?」
「そうだな。案内よろしく」

 村田の提案にユーリは頷き、ラウンジを後にするが、すぐにユーリの足が止まる。ラウンジを出た奥のほうにショップがあったのだ。

「なあ、村田あそこ寄ってもいいかな。なんかお土産とか置いてそう」
「いいよ。なんかほかにもウェラー卿の名前のロゴが入ったものが置いてありそうだよね」

 村田から了承を得ると、足をショップへと向ける。
 が、すぐにユーリの足はそのショップの目の前で止まった。小さな店のショーウィンドウからみえるものは自分の想像と異なるものだったからだ。目に映るものはきらきらと輝く宝石ばかり。
 改めて、自分の幼稚な考えに気が滅入りそうになる。こんな綺麗なホテルだ。しかも場所は汐留。地方でもないのだから、地方の旅館のように家族や友人への土産用の菓子やキーホルダーがあるはずない。

「へー、おしゃれなギフトショップだね」

 委縮するユーリとは反対に村田はホテルに入るときと同様、ショップに足を踏み入れた。ユーリは慌てて後を追う。

「おいっ、おれこんな高価なお店入ってもなにも買えないぞっ」

 とユーリが小声で村田に言えば、「べつに見るだけでもいいでしょ。買うひとだけが入る場所じゃないんだからさ。見るだけだって構わないんだよ」となんでもないように村田は答えた。

「村田って本当にすごいよな。その態度をおれも見習いたいよ」
「ま、僕は何千年といろんなひとの人生を見てきたからね。そういう緊張感には、もう慣れてるのかもしれない。きみもそうだよ。慣れちゃえばどってことないさ。どうせ、時間はたっぷりあるんだ。そうそうくることない場所を見ていけばいいじゃない」

 またも「勉強、勉強」とユーリを宥めるように言うと、店内をふたりで徘徊する。どれも女性モノが多く、きらびやかな品々にユーリはツェリ様なら大はしゃぎするのだろうな、とぼんやりとぼんやりとしていると、視界の端に、馴染みのものが見えてはっとする。やわらかなフォルムの手に乗る置きものはよくコンラッドの部屋で見る、あれだ。

 さきほど購入した、色の種類が豊富なテディベアのストラップのとなりにちょこんと置いてあるそれにユーリは手をのばす。

「……アヒルだ」

 白地の胸元にコンラッドと名の入ったアヒルの置きもの。まさか、こんなものがあるなんて。

「白いアヒルの置きものなんておしゃれだねえ。ウェラー卿の部屋にあるアヒルを思い出すね。ウェラー卿ってアヒル好きなの?」
「わかんねえ」

 シンプルで簡素に囲まれたコンラッドの部屋の一番いいところにある黄色いアヒル。
 ユーリも気になって何度か彼に尋ねたことはあるが、いつも誤魔化されて一体だれに貰ったのか詳しくは知らない。ただ、いまから十五年前、大切なひとにもらったと教えてもらった。
 ユーリが命名した「アヒル隊長」。それはほこりや汚れが一切ついていないことからよほど大事にされているのだろう。村田にそのことを話すと、「へえ……」なんて意味ありげに口元を緩めてみせた。

「村田はだれからコンラッドがもらったのか、わかったの?」
「なんとなく、ね。でも、きみには教えないよ。いつかわかる日がくると思うから」

 そう言われるとなおさら気になってしまい、ユーリは教えてくれ、と強請ってみるものの「灯台もと暗しだよ」と村田はよくわからないことを返答するだけだった。

「……気になるなー」
「まあまあ、僕に聞くよりウェラー卿本人に聞きなよ。……それよりも、そのアヒルはどうするの」

 ユーリはぐに、とアヒルの腹を押してみると思いのほか硬い。アヒル隊長のように「ピーピープー」と鳴る機能はついていないようだ。しばしの間、ユーリはアヒルとにらめっこをすると「買う」と答えた。
 値段は千円と考えていたよりも安価なものであったし、アヒル隊長のいい友達になると思ったのだ。

「ウェラー卿もこんなに渋谷にプレゼント買ってもらえて喜ぶだろうね」
「だといいな」

 プレゼント用にスケルトンの箱に詰められ、金色のリボンでラッピングされた白いアヒルはなんとも高級感がある。手持ちの紙袋は三つに増え、ようやく村田とユーリはホテルをあとにした。
 あいかわず、空には多く雲が漂っている。






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