とあるホテルでみつけたあなたに贈るプレゼント@


 ……まだ午前中なのに、人ごみがすごい。
 ユーリは混雑していた電車内から降りると、額の汗を拳で拭い改札口を抜ける。普段であれば降りない駅だ。見なれない建物とひとの雰囲気で少しだけ緊張を覚える。休日だからだろうか、駅の出口で足を止めていると肩がぶつかりそうになり、ユーリは出口の壁に背中を預けて空をみた。
 少し雲行きがあやしい。天気予報では、夕方頃には小雨がぱらつくかもしれないと言っていたのを思い出す。
 
 と、ユーリの尻ポケットに入っていた携帯がぶるる、と振るえた。
 最近、外出することが多くなったため、母親から持たされたものだ。まだ機能になれないそれを見ると一通のメールがきている。村田からだ。
 内容は簡素なもので、『もうすぐ着く。駅の出口で待ち合わせだよね。一応服装を教えて』とある。普段なら電話をかけてくるが、メールということはまだ電車内にいるのだろう。ユーリは小さなボタンと格闘しながら、服装などを画面に打ち出していく。『淡いブルーのVネックのシャツに黒のハーフパンツ。もう出口で待ってる。』それを打つと丁度良く駅内から電車が到着した音がした。おそらく村田が乗っている電車だろう。とりあえず、村田が待ち合わせに来る前にメールが送信できたことにほっと息をもらした。

 そうして、五分もたたないうちに声が聞こえた。

「しーぶーやー!」
「お、村田来たな。で、どうして今日は汐留で待ち合わせなんだよ。おれ、めったにここら辺こないからどんな店があるのかわからないんだけど」
「そこは僕に任せてよ。面白いところ教えてあげるから……じゃ、行こうか」

 村田につられるように、ユーリも歩きだす。たった数十分電車に揺られただけで、街がこうも違うのか、と改めて関心してしまう。隣を歩く村田は最近、ユーリよりも少しだけ背が高くなった。おおよそ同じ背丈組のユーリとヴォルフラムでは本当に少しだけれど村田が一番背が高いだろう。しかも、普段が学生服の彼を見ているせいか白いワイシャツに黒のベスト。それから目ただけでもわかる自分のジーンズよりも高そうなズボン。私服も雰囲気もあって大人っぽくみえる。
 
 ……こっちは毎日牛乳飲んでいるのに、悔しい。

「なにじろじろ見てんのさ、渋谷」

 無意識にユーリは村田を見つめていたらしい。村田が苦笑している。
 友人に嫉妬しても、ひとの成長はそれぞれ異なるものだし、ないものねだりだと思っていても思うのはしかたない。

「いやあ、村田って改めてみると大人っぽいなあって思って。なんか悔しいなあ……と」

 言えば、村田は呆れたように息を吐いて、それから眼鏡を直す仕草をした。

「まあ、褒めて貰うのは悪い気はしないけど。あのねえ、渋谷。それを言えばきみもそうなんだよ。こういう変化って自分では気がつかないものなの。天然記念物並の鈍さと純粋を誇るきみのほうがよっぽど……」
「はあ?」
「いやいやなんでもない。気にしないで。……そんなことよりも、今日はウェラー卿にプレゼント買いに来たんだろう。ほら、着いたよ」

 歩きはじめて数分も立たずに、村田がある場所を指す。

「……あのさあ、村田」
「なに?」
「おれ、確かにコンラッドへの贈り物ってどういう物を贈ったらいいのかわからなくて、相談したよ。でもさ、ここってお店じゃなくて……ホテルじゃん。それもすっげー高級感漂ってて、おれみたいなやつが入るのは憚れるだけど」

 そう、村田が指したのは外観は白を基調とし、大きな窓ガラスが一面にはめ込まれたホテル。
 なぜ、買い物をしに来たのに、ホテルへ? ユーリは怪訝そうな表情を隠しもせず、村田に尋ねれば、またもいいからいいから、となだめられるように背中を押され、ついに入口付近まで来てしまった。
 ホテルなどやセレブに一切興味の持たないユーリではあったが、ホテルを目の前にするとシンプルなのに細やかなところまでデザインが施してある外装に思わず身惚れてしまう。思わずホテル入口を見つめていると、村田がユーリに呼びかけた。

「渋谷。あれ、なんて書いてあるか読めるかい?」

 入口のすぐ横。英語で書かれているあれはおそらくこのホテルの名前だろう。もともと英語を苦手としているユーリは英語を読むまえから「読めない」と口にしようとしていたが、その英語だけは驚くほど簡単に読めた。
「……コンラッド東京?」
「そう。大正解。……面白いでしょ」

 まさか、コンラッドという名のホテルが存在しているなんて!
 考えたこともなかった。
 
「偶然ネット巡ってたらみつけちゃってさ。渋谷喜ぶかなって思って。ひとまず買い物は置いといて。……ちょっと気にならない? なかでお茶も飲めるみたいだし、僕が奢るから見てみようよ。まだ、時間もあるんだしさ」

 コンラッド自身とは全く関係のないホテルだとはわかっているものの、村田の言うように気になる。ユーリは頷くと村田に手を引かれ自動ドアを通りホテルのなかへと足を踏み入れた。そこで、またも息を飲む。
 ……フロント、大きすぎませんか?
 ラウンジは二十八階にあるらしい。ユーリと同じように村田も訪れたのは初めてだと言っていたくせにまるで常連のような飄々とした表情でラウンジのある階へと続くエレベーターへと導いていく。村田に連れられなければ、速効自分は緊張に押しつぶされて逃げ出していただろうとユーリは息を漏らした。
 昔、父親の都合でビジネスホテルに宿泊したことはあるがこんなに緊張したことはない。しかもエレベーターにあるボタンがフロントとラウンジのなる二十八階だけだとは誰が想像したのだろう。

 村田の誘いにのったは自分だが、あまりにも自分が場違いな気がしてユーリはエレベータ―のなかでそわそわしてしまう。

「大丈夫だよ、渋谷。そんなにそわそわしなくても従業員は僕たちのことを値踏みなんてしないし、大事なお客様としてふるまってくれるさ」
「そりゃあそうなんだけど……」

 そういわれても、緊張が和らぐことはなくて助けを求めるように村田に視線を仰げば、微苦勝した。

「社会勉強だよ、社会勉強。それにきみは眞魔国ではもっとすごい城にいるじゃない。余計な緊張を解すのは大変だとおもうけどさ、こう考えればいいんじゃない? 普段、血盟城を訪れてくれる民のみんなを思い出すんだ。そのとき、みんな緊張しているだろう。いまのきみはその民と同じだ。渋谷はよく言ってるじゃないか、もっとみんな緊張しなければいいのにって。ここで勉強すればいいじゃないか。どうしたら、皆が緊張せずにもっと城を訪れてくれるのか。もっとみんなが気分よく城でひとときを楽しんでくれるのか。ここでノウハウを学べばいいんだ」

頑張れ魔王さま! と念押しされると、それもそうだなあ、と納得してしまう。……村田は将来カウンセラーにもなれるんじゃないか、と小さく呟くと『ああ、大学に入ったらそういう資格も取ろうと思っているよ』とこともなげに返答された。
 ああ、もう将来設定もちゃんとしているんですね、さすがは大賢者様。
 
「あ、着いたよ」

 音もなく、エレベーターの扉が開いた。

 二十八階は外のような賑わいがなく、クラシックの音楽が静かに流れていた。村田の少し後ろを歩きながら観察しているとホテルフロントと反対側にゆったりと紅茶などをたしなみながら時間を過ごしているひとたちがみえた。ここがラウンジのようだ。
 
「何名様ですか?」
「二名です」

 村田が答えると、すぐに席へと案内される。大きな窓から見えるのは海と、近未来の象徴ともいえる大小様々なビル。ぴかぴかに磨かれた窓に手を伸ばせば、思わずこのまま落ちてしまうのではないかというほど見なれない景色をユーリは見つめる。あんなに緊張していたのに、この景色を見ていると遠くの故郷を思い出して、気持ちが穏やかになっていくのをユーリは感じた。
 二人席のそこに着席すると、すぐにメニューが手渡される。
 その値段を見てユーリは驚愕した。

 ……高っ!

 どのページを見ても額は三桁を越えている。まあ、こんなに高級なホテルなんだからと思ってはいたが、実際に現実を突きつけられるとやはり戸惑ってしまう。飲み物とケーキを食べれば、コンラッドへのプレゼント代が半分は裕に消えてしまうだろう。

 内心で動揺するユーリとは反対に村田はすぐにオーダーをすると、会釈をする定員を目で見送ったあと「ここは僕のおごりだから」と言った。

「……でも、高いぞ? なんか悪い気がする」

 友人内で奢ったり奢られたりするのは結構ある。けれど、それは安価なものであって、二人で紅茶を飲むだけで三千円は消えてしまうのに「ありがとう」と言うのは気が引けるものがあった。

「いいんだよ。日頃頑張ってる渋谷へのささやかな労いだから、本当に気にしないでほしいな。僕はきみに楽しんでもらいたいんだ。僕は、いつもきみに感謝している。正直、こんなことではお礼になんてならないくらいに」

 だから、僕に気持ちを受け取ってほしい、という村田の目を見れば嘘はない。 なので、ユーリは後ろ髪を引かれる思いがしたが、村田のご厚意に甘えることにした。いつか、自分なりに彼に奢ればいいだけの話だ。

「で、村田なにを頼んだんだっけ?」
「ウェラー卿エキスのたっぷり入った、コンラッドティーだよ」
「ええ!? コンラッドティーなるものがあるのか! つか、コンラッドのエキスは確実に入ってないから!」
「まあ、ホテルの名前だしねえ。メニュー見たけど一番最初に書かれているし、メインなんじゃないかな。面白いねえ。ウェラー卿とは関係なくともこうして身内の名がお茶の名前になっているってのはさ……あ、来たみたいだよ。コンラッドティー」

 ダークスーツに身を包んだ、端正な顔立ちをした男性定員が手慣れた手つきでティーポットを円卓テーブルに置くと、ユーリと村田のカップにそれを注ぐ。

「ごゆっくり、どうぞ」

 注がれた紅茶はコンラッドの瞳と同じく琥珀色。
 まったく彼とは関係ないとは言ってもどこか彼の面影を思い出してしまうそんな自分に気がついて、ユーリは少し赤面した。

「なんだいなんだい、渋谷。もしかして、紅茶の色がウェラー卿の瞳にでも似てるなあとか思ったんじゃないの? 顔が赤いよ?」

 さすがは、四千年の記憶を持つ大賢者様。……鋭い。
 慌ててユーリは否定をしたが、声が裏返ってしまい肯定する形となってしまった。

「まあ、いいけどさ。今日はそのウェラー卿のためにプレゼントを探しに来たんだからね。……だけど、どうして彼にプレゼントを贈り物をしようと思ったんだい? なにかの記念日? ……あ、この紅茶美味しいね」

 さきに口をつけた村田が嬉しそうに紅茶の味の感想を述べる。それに続けて、ユーリも紅茶に口をつける。
 ……おいしい。
 味に癖がなく鼻孔を擽る柔らかい香りにユーリも村田同様に顔を綻ばせた。
 
「……んー。とくになにかの記念日とかじゃないんだけどさ。コンラッドっていつも仕事から帰ってくるときは必ずお土産を用意してくれるんだ。それが、全部おれが好みのものばっかりで。あいつだって忙しいのに『無理にお土産なんて買わなくてもいいよ』って言ったんだけど、」
「『俺の楽しみなんです』とか、言ったんだろう。ウェラー卿」
「なんでわかったんだ……」
「そりゃわかるさ。きみたちは、いつでもどこでもカルガモ親子によろしくであまーい雰囲気やら台詞やらを無自覚で吐きだしてるんだから。なんとなくそのときの光景も雰囲気も言葉も想像できちゃうって。……まあ、ウェラー卿は自覚ありそうだけど。それできみも彼になにかあげたいなって思ったの?」
「まあ、そんなところ。別に特別な日でなくても、贈る物をしてもいいんじゃないかって」

 言えば、「やっぱり、きみたちはどこぞの少女漫画よりのらぶらぶっぷりだよね〜」と村田は冷やかした。その言葉にユーリは頬がますます赤くなるのを感じた。
 自分的には、普段彼と二人きりになるとき以外は恋人の雰囲気を醸し出すことをしないように心掛けていたのに、周りにはすっかりばれているなんて思いもしなかったのだ。

「いいじゃん、別に! 笑うなよっ」

 唇を尖らせてぶっきらぼうに答えれば、村田はにやにやと冷やかすような笑みを隠しもせず、「そうだね」と言った。

「うん、喧嘩するよりは数十倍はいいね」

 村田は空になったカップに紅茶を注ぎ足すと「本当にこれは美味しい」と呟く。その様子を見ながら、ユーリは贈り物をひとつ思いついた。

「なあ、村田。この茶葉って持ち帰ることできるのかな?」

 形になるものをコンラッドに贈ろうと思ったが、別に残るものでなくてもいいような気がしてきたのだ。彼もいつも自分が気が引けるような品を贈るのではなく、二人で楽しめるような品を贈ってくれる。なら、自分もそういうものの方がいいような気がしてきたのだ。ユーリの言葉に村田は再びメニューを開く。

「ああ、あるよ。お土産用だってさ。これをウェラー卿の贈り物にするのかい?」
「おう」

 ユーリは頷く。
 彼は喜んでくれるだろうか?
 琥珀色の紅茶をもう一口、口にすれば、彼の笑顔が浮かぶ。もしかしたら、彼も同じような気持ちで自分にいつもお土産をくれるのかもしれない。
 相手の喜ぶ表情を考えながら、選ぶプレゼントはとても楽しいものだ。ほくほくとした表情と美しい景色で胸をいっぱいにすれば、村田がクスリと笑った。

「どうしたの?」
「……コンラッドがコンラッドティーを、」
「やめろ、村田。それ以上は言わせないぞ。あいつも言いそうだし、なにより紅茶がまずくなるから」

 まだまだ友人の思想を読み取ることはできないが、コンラッド並の寒いギャグを感知することだけは長けていたらしい。
 不満そうに口元を歪める友人をよそにユーリは心底安堵して息を吐いた。





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