満月の夜は
「今日は月がまんまるだ」
「満月ですね」
 二人で薄暗く部屋の窓から月を見れば、月は燦々と輝いて静かに全てを照らしていた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、コンラッド」
 寝つけないと時折ユーリはコンラッドの部屋を訪ねてくる。二人で飲み物や軽食を摘まみながらゆるゆると話をする。昼間、活発的に動く彼も好きだが、落ち付きのある彼を他愛のない会話して一日が過ぎる時間がコンラッドは好きで、ユーリが訪ねてくると思わず笑みがこぼれてしまう。
 招き入れた彼の体が少し冷えていたので、今回はココアを作り渡す。火傷しないように注意して下さいね、と言えばユーリむっとした顔で「子供じゃないんだから」と答えた。ふーふーとマグカップを両手で持ち、息を吹きかける姿はなんとも愛らしい。
「ねえ、コンラッド」
「なんです?」
 眠いのかユーリの声はココアのように甘い。でも本人はまだ眠りたくないのか、こしこしと目を擦る。また一口ココアに口をつけてからユーリは月を見ながら口を開く。
「こっちにもさ、満月にまつわるジンクスとか人体への影響とかっていう話ってあるの?」
「例えば?」
「そうだなあ……。本当かどうかわからないけど、出生率が高くなったり、不眠になったりすんだってさ。なんだっけ、なんか色々活発になるみたいで」
「ああ、地球にいたときそのような話を聞いたことがある気がします。比較的自分は眠りが浅い体質なのですが、地球にいたころは、よく寝つけないという日が何日も続くことがありまして。友人に相談したところ、月と不眠は関係してるんじゃないかと言われましたよ。まさか、と思って満月の時期を調べてみると不眠の時期と重なっていまして吃驚しました。そうですね、言われみればこちらではそう言う話は聞いたことがありませんね」
「そうなんだ。こっちにもなにかあるのかと思った」
「ふふ、今日は満月だからユーリが眠れなくて遊びに来てくれたのなら、月に感謝しなくてはいけませんね」
「またそういう臭いことをサラっとあんたは言うよなあ。あーあ、いい男の特権だよな。歯の浮くようなセリフも格好いいなんてさ」
「おや、格好いいと思ってくれたんですか?」
「うるさいっ! 人の上げ足とるようなことやめろよっ」
 こちらからすれば、そうやって無自覚にひとを喜ばせることをするのをやめてほしいと思う。上げ足をとるようなことをやめろ、というのはつまりは自分のことを格好いいと思ってくれたということだ。恋人からそのように言われて、気持ちをコントロールできるほど自分は出来た奴ではない。
 コンラートは一層自分の顔に笑みが隠すことができなかった。ユーリは未だ月を見ていてこちらの様子には気がついていないようだが。
「おれは満月っていえば狼男を思い出したよ」
「狼男ですか?」
 彼は頷き、くすりと笑った。「小さいころにさ、テレビで観たんだよ。満月の日に人間が狼になるやつ。内容は覚えてないけど、その変身するときはやけに鮮明に覚えていてそういう人間がいるのかなって思ってた」
「可愛いですね」
「単純だったんだよ」
 くすくすと笑って、ユーリはココアを飲み干した。そのマグを受け取りながらコンラートは言う。
「……満月の日には、ホルモンバランスが崩れるそうですよ。満月が血液は体液を引っ張るからなど言われている。だから、衝動的、突発的、攻撃的に行動するものが多い。案外、狼男の話は満月の人体影響を元にしているのかもしれませんね」
「ふぅん。……コンラッドはなんでも知ってるなあ」
「そんなことありませんよ。……話の続きですが、狼男は本当にいますよ」
「え! 眞魔国にもいるの?」
 好奇心にユーリの目が見開く。月に照らされた瞳は、闇なのに引き込まれそうなくらい多くの光を宿していて月でなくとも引っ張られてしまいそうだ。
 コンラートは笑って、ユーリの隣へとソファーに移動した。
「ええ、いますよ」
 どこに、と口を開いたユーリの口をコンラートは己のもので塞いだ。温かなココアを飲んでいたためか、普段よりも彼の唇は熱を持ち、そして甘い。
 するりと、口先を舌で割ると、歯茎をなぞり驚いたまま固まっている舌を吸いあげて絡める。後頭部と腰を抑えつけ何度も角度を変えて口内を堪能する。愛撫をしたり、ときには、意地悪をするように舌に柔らかく歯を立ててみたり。
「ぁ……ん、ふ……っ」
 飲みきれないほどの唾液がユーリの顎を伝ったころ、コンラートは口を離した。零れた唾液も甘く、それを全部舌で拭う。
「御馳走さまでした」
「こんら……ど、の、ばか!」
「いたでしょう? 狼男」
 暗がりのなかでもユーリの頬が朱に染まっているのがわかる。息が整わないのか呼吸は少し浅く、瞳が潤んでいて、なんとも艶やかな表情を浮かべる恋人は息を飲むほど美しい。
 コンラートはじゃれつくようにユーリの鼻先を食む。
「あなたがそんな話をするからいけないんですよ。普段に増してあなたが美味しそうに見えて涎がとまりません。……狼男なんてね、恋する者の前ではそれこそ星の数ほどいる。さて、」
「え、ちょっ……!」
 ユーリの足を引っ張り、ソファーに組み敷く。月に照らされた白い肌はとろりと溶けそうで本当に美味しそうだ。コンラートが思わず舌舐めずりをすれば、ユーリは一段と恥ずかしそうに頬を赤くする。顔を手で覆うとするそれをソファーに押しつけて、彼に逃げ場がないことを教える。
「今日はベッドに移動する時間も惜しいな。ここで本格的にあなたの肉を貪りたい」
「だから、待ってって!」
 それでも暴れ出す恋人にコンラートは口元を意地悪げに歪めて笑う。
「狼にウェイトは効きませんよ。犬のように賢くないから」
 喉元に噛みついて、狼男に変貌をする自分を笑い、月に吠えた。


END
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テーマ「人外ファンタジー」
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