おれの花嫁さん2
『花嫁さん』著:星野リリィ先生のWパロ


「また、お会いできてとても嬉しいです」

 数時間ぶりですね、と爽やかな笑顔のままお茶受けに用意された和菓子をウェラー先生は食べている。
 お袋はすでに面識があることを知ると「じゃあ、私がいなくても大丈夫ね。あとは若いひと同士でゆっくり」なんてありきたりセリフを残して去って行ってしまった。なにが若いひと同士だ。こんなにすぐにいなくなってしまったら断るのがちょっと面倒くさいじゃないか。

「渋谷くんは食べないんですか? 美味しいですよ」
「あっ、いただきます……っ」

 言われて、和菓子に手をつける。花のかたちをした和菓子を可愛げもなく口に放り込む。ほんのりとした甘さが口内に広がると少しだけ肩の力が抜けたような気がした。
 ウェラー先生はいつものスーツ姿ではなく、白の着物姿だ。着物のあいだから見える鎖骨に色香があっておれは気がつけばそこに目が行ってしまう。いやいや、相手は男だ。気がつけば目が行くとか表現がおかしいだろう! 
 なんて思わず頭を掻きむしっていると、くすくすと笑う声が聞こえた。先生だ。

「渋谷くんは、面白いね」
「え?」
「ぼんやりとしていたかと思えば、いきなり真っ青な顔したり、慌てたり、くるくる表情が変わる」

 うわあ、おれはひとり百面相を無意識にしていたらしい。恥ずかしいことこの上ない。

「まあ、お茶でも飲んで落ち着いて」
「ああ、ありがとうございます……」

 湯のみに淹れたあったお茶はすでに冷めていたのか、ウェラー先生は手ぎわよく新しくお茶を淹れかえると差し出してきて、それをありがたく受け取る。
 ああ、温かくて落ちつく。
 なんて、ほっかりして思わず笑みを浮かべたが、同じように笑みを返してくれた先生の顔をみていやいや、こんな場合じゃないだろうと思いだした。そうだよ、こんなところでほっかりまどろんでる場合じゃない!

「ウェラー先生!」
「淹れなおしたお茶、熱かったですか?」
「いや、丁度いい温度だったよ! ……じゃなくて! 先生この状況がわかってるんですか! おれたち男同士でお見合いさせられてるんですよ!」

 と、言えばウェラー先生はきょとんと、小首を傾げて「そうですね」と答えた。この先生本当に状況が理解できているのか。

「そうですね、じゃなくて……っ」
「俺は渋谷くんのお嫁になりたくてお見合いにきたんですよ」

 さらり、と言われて言葉が思わず詰まった。
 ウェラー先生は、学校で見せる柔らかい笑顔を浮かべたままで。それから「今日のために着物を見立ててきたんですけど、似合いませんか」なんて言ってきた。
 わかっていて、このひとはきたのだ。お見合いに。男同士だとわかっていて、ウェラー先生はきたのだ。

「なんで……」
「好き、だからに決まっているでしょう。いや、俺の場合は好き、なんて言葉よりももっと重い言葉で渋谷くんを想っていましたよ。あなたを俺は愛しているんです」
「はあ?」
「一応、渋谷家の一通りの風習も身に付けてきました。あなたやご家族にご迷惑をかけない一生懸命頑張るつもりです」

 先生の声音が少し低くなる。その声音に含まれた先生の紳士な気持ちが怖くなって、おれはかすかにたじろいだ。でも、すぐに頭のなかに疑問がよぎり反発心が頭をもたげる。容姿端麗の秀才の先生がこんなどこにでもいる男を好きになるはずがない。このお見合いの話を振ったとしても、先生ならたくさんのひとと恋に落ちて素敵な女性と付き合い幸せな家庭を築くことができるのに、どうして。

「先生、女のひとにたくさんもてるのに……。なに、もしかして、政治家とかになりたいの? お金が欲しいの?」

 気がついたら、相手の心をあざ笑うような言葉が出ていた。ああ、悪いことを口にしたと思うときにはすでに遅く、さきほどまで微笑みを浮かべていた先生は、小さく額に皴をよせていた。でも、それが事実なのだろうと思う。でなければ、こんな男に一生を捧げたりなんてできない。
 本心がばれてしまったと先生は思っているのか黙ったままだ。
 ああ、自分はやっぱりそういう将来設計のダシと思われていたのだろう。怖い表情を浮かべたまま黙っている先生に、無理やりであるお見合いであったとはいえ、少々傷ついた。
 でもまあ、そう思われても仕方がないのかもしれない。
 それくらいにしか、次男であるおれと結婚するメリットはないのだ。

「……そういう理由で婿養子に行こうっていうんならやめてほしいです。政治関係についてはおれよりも兄貴にこびを売ったほうがいいし、お金なら……」

 と、そこまで口にしたとき『バンっ!』という大きな音に話の続きはさえぎられた。先生がテーブルを叩いたのだ。その拍子に湯のみがバランスを崩してお茶がテーブルのふちを伝い畳に落ちる。

「そんなくだらない理由で、お見合いにきたわけではありません!」

 さきほども言ったでしょう! あなたを愛していると!
 怒りで満ちていた先生の表情に痛みのようなものも入り混じる。
 本気で、このひとを怒らせたのだ、自分は。
 瞬時、それだけは理解ができておれは思わず「ごめんなさい」と呟いた。でも、どうしてウェラー先生が自分を好きになったのかまったく理解できない。

「だって、おかしいだろっ! 先生とおれは学校でしか関わったことがないのに、どうしてそんなことが言えるんだ! おれはどこにでもいる平凡な高校生だよ。おれと結婚してメリットになることなんてそれくらいしかないじゃないか!」

 頭に血が昇って、敬語を使わなきゃいけないことなんて忘れた。
 正直、お袋が言った言葉をおれは信じてなんていないのだ。『自分だって幸せになれる』と言うことを。かと言って、自分を生んでくれた両親を、長男として生まれた兄を恨んでいるわけではない。でも、こんなしきたりに縛られた自分が幸せになれないとは思っている。
 心の奥底でくすぶっていた黒くて醜い感情が蓋を開ける。

「ウェラー先生には、悪いけど恋愛感情として先生の好きって思ったことおれはないよ……!」
「知ってますよ。だから俺はお見合いにきたんです」

 先生は即答して、それから、嘆息すると「すみません」と言えば零れたお茶を拭き始めた。

「つい、カッとなってしまいましたね。すみません、お茶が零れてしまった。……渋谷くんは、俺のことを『先生』としか思っていないでしょう。けれど、俺はあなたを知っている。本当にお金や将来のことを考えてのこのこお見合いに来たわけではない」
「……じゃあ、なんで先生は」
「何度も言っているでしょう。渋谷くんが好きだから、と」
「そんなの信じられない……っ」

 否定の言葉を口にすれば、ウェラー先生は苦笑いを浮かべて「そうでしょうね」と小さく相槌をする。「でも、本当のことなんです」と話を続けた。

「俺が日本に来て、教師をやっているのもあなたの傍にいたいと思ったからなんです。この写真をあなたの母上から頂いたときに俺は渋谷くんに一目惚れしていたのかもしれませんね」
「これは、」

 おれが中学に上がるとき入学祝いにと校門のまえで撮った写真だ。柄にもなく舞い上がって、恥ずかしげもなくカメラに向かって笑顔をみせている。

「このとき、おれまだ十三歳だけど……?」
「……俺のことをショタコンだと仰っても構いませんよ。でも、言っておきますが、俺にそういう趣味はありませんからね。渋谷くんだけです」

 写真を見つめる先生の表情はさきほどのように柔らかいものに変化していた。それから、大事そうにそれをしまう。

「まあ、この写真をみたときはかわいい男の子だな、としか思いませんでしたが。もちろん渋谷家に嫁入りする話があっても素直に頭を縦にふることはできませんでした。けれど、話を聞いているうちに渋谷くんのことがだんだんと気になりだして、とくに次男であるあなたは長男が結婚すると、同性と婚約しなければならないと話を聞いたときレールのうえを歩かなければいけないあなたがとても可哀想に思えたんです」
「それって、同情だろ。好きとか関係ないじゃん」

 べつに同情してほしいなんて思っていない。同情で結婚して欲しいとは思ってないのだ、おれは。
 そりゃ、生涯ひとり身で過ごすのはさびしいと思う。だが、本当の意味で孤独になるわけじゃない。家族も親戚も友人もいる。『さびしい』なんてたったそれだけのことで無理に生涯を共に歩むひととは一緒にいたいと自分は思わないのだ。
 毎日相手に、愛して、愛されているわけでもなくただ同情で一緒にいてくれるほうが自分は『さびしい』と感じるに違いない。
 ゆっくりと黒い感情が、落ち着いていくのを感じる。
 ウェラー先生が、地位や金に興味のないひとだというのなら、この男は優しすぎる。
 同情で愛してくれるというひとはもしかしたら、先生以外いないかもしれない。でも、そういう優しすぎる先生だからこそ、このお見合いの話は断ったほうがいいと、改めて思った。
 こういうひとは、ちゃんとしあわせになるべきだ。
 もっと、傷つけて、おれが同情するほどのやつではないとわかってもらわなければならない。今度なにかあれば、相談してもらおうと思ったが、それもやめよう。いや、きっとこんなことがあったらもう極力学校でもお互いを避けるようになるかもしれない。そう考えるとおれは自傷した笑顔を浮かべることしかできなかった。

「ねえ、渋谷君。同情だけだったら、俺は数年をあなたのためだけに捧げてきていないよ。そして、これからさきを捧げたいとは思わない」
「……でも」

 何度目かの否定の言葉が零れおちる。
 でもしかたがないじゃないか。信じられないのだから。それに結婚したいとも思っていない。
 自分が予想していたようなお見合いじゃなくて、どうしたらいいのか混乱してしまう。いや、わからないなんて言っている場合ではない。最初から自分は決めたんだ。お見合いは断る、と。
 ウェラー先生は、目を覚ましたほうがいい。
 ひとつ大きく息を吸い込んで、切りだそうとしたおれの言葉は喉元まできて止まった。自分よりもさきに先生が口を開いたのだ。

「渋谷くん」
「う、あ、はい」
「さきほど、恋愛感情として俺のことを好きではないと言いましたね」
「はい。……だから、」
「なら、こうしませんか。ひとまず、婚約することは考えずに表面上だけお付き合いしてみません? どうしてもあなたが、付き合うことが嫌になったり、渋谷くんに好きなひとができたらやめる、簡単な関係」

 まるで、どこかの少女漫画のことを言う先生におれは首を傾げた。そんないい加減な関係、ウェラー先生が傷つくだけだ。
 すぐに首を横に振ろうとしたが先生は、現れたときと同様に綺麗に正坐をし土下座をした。

「俺にチャンスをください。渋谷くんが、俺を恋愛感情として好きになるというチャンスを、俺に、ください」

 あまりにも、真剣なウェラー先生の姿におれもまた彼に同情したのかもしれない。もしくは、魔がさしたのだろう。

「わ、かりました」

 気がついたらそんなことを口にしていたのだ。
 このひとを好きになるか、わからないのに。

「ありがとうございます、渋谷くん」

 まあ、とりえず。「……お願いだから、土下座やめて顔を上げてください」

 流されたものはしかたがない。
 これからどうしたものか。おれは頭を抱えることに違いない。



     
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