熱い二人


 夏はそろそろ本番だ。
 日本の夏は照りつけるように日差しが強いうえに、湿っぽい。からり、とした気候ではないためにじわりと汗が滲むそれが少し嫌な感じだ。とくに自分の住んでいるのは都心、コンクリートが熱を生み出しているので余計に下からの熱気がひどい。
 今年の夏は幾分、昨年よりもすっきりとしているがそれでもどこか湿気がある。
 俺はコンビニで買ったアイスが溶けるまえに早々とマンションのエレベーターに乗り込み、早足で自宅へと向かう。
 ああ、それにしても暑い。
 暑さにうなだれながらもマンションの玄関を開けるとすぅっと涼しい風が頬を撫でた。目を細めて、そのまま視線を下にやれば、ととと、軽い足音が。
「おかえりー! こんらっどー!」
「ただいま、ユーリ」
 俺は素早く玄関のドアを閉めて、屈む。
 すると元気よく、小さな黒猫が抱きついてきた。ああ、なんて自分は幸せなのだろう。

* * *

「いやあ、今日も暑かったね」
「ん、」
 いつものように可愛らしいお出迎えを受けたあとは、一緒に風呂に入り、汗を流した。それから夕食を済ませて、愛しい子猫の頭を撫でる。少しだけユーリにも元気がなさそうに見える。もしかしたら、ユーリ本人は気がついていないのかもしれないけれど。
 ユーリも俺もネコ科であるから夏はあまり快適だとはいえない。そうはいっても、自分はライオンの遺伝子が組み込まれているため、さほどそうでもないのだけれど。ユーリはそうではない。本物の猫のように毛が抜ける、なんてことはないにしても微かにだるそうにみえた。なので、夏場は定期的に会社が終わってからアイスを買うことにしている。少しでもユーリにとって夏を快適に過ごしてほしいからだ。かといって毎日アイスを買っていたりしていたら、虫歯になったり、変に我儘になってしまうかもしれないのでそんなことにならないように注意はしないといけない。……それでも、ヨザックや厭味狐には過保護と言われるが。
 ユーリはバニラのカップアイスを頬張りながら、オレの膝の上にのってテレビを見ている。海や祭りの特集をしていてとても涼しげな光景が広がっている。そのうち、この子猫を連れて海に行こう。きっと喜ぶに違いない。
 テレビを見ながらそんなことを考え、ユーリに視線の先を移す。
やはり、小さい口にはカップアイスを完食するまでだいぶ時間がかかるようだ。室内に冷房は効いているとは言え、少しアイスが溶けてきている。……もしかしたら、俺の膝のうえに乗っているから余計にユーリの温度が上がっているのかもしれない。子供は体温が高いし。
「ユーリ、ちょっといい?」
「え、なあに? ……え、いやいやー!」
 子猫のわきに手を添えて膝のうえから降ろそうとすればユーリが首を振る。
溶けかけのアイスが零れそうになり、それを慌てて手に取れば、ぎゅう、とユーリが俺のお腹に頭を擦りつけ抱きついてきた。
「どうしたの、ユーリ?」
「……むー、やっぱり、ゆーりおもく、なった? だ、からおひざからおろされる、の?」
「まさか! そんなことあるはずがない」
 いまだって、羽根の生えた天使のように軽いのに。
 自分の行動ひとつで不安になるユーリが可愛くて仕方がない。それぐらいに俺を欲して必要としてくれることがなんて嬉しいことなのだろう。
「だって、ユーリは体温が高いし、暑いの苦手でしょう? だからお膝のうえに乗ったらもっと熱くなるんじゃないかって思って。別にユーリが重いわけじゃない」
「ほんと?」
 ほんと、ほんと。うるる、と見上げるユーリをカップを持っていない手で撫で、スプーンでそれを一口掬い、それを子猫の口へと運ぶ。
「ほら、ユーリ。あーん」
「あー……んぅ」
 さきほどまで不安で揺れていた子猫の尻尾が穏やかになる。たぶん、納得したのだろう。ユーリが背延びをする。なんだろう、小首を傾げたそのとき、
「んちゅ」
「ユー……、」
「あのね、ゆーりねあついのにがてだけど、こんらっどはちがうんだよ? ムネがほあってあたたくなるの。あつくないの。こんらっどはあたたかいの」
 だからおひざのうえにいてもいい?
「……ああ、本当にユーリは可愛くて困る」

 夏の暑さもだるさも、きみがいれば吹っ飛んでしまうよ!

 頷く俺の唇からはバニラアイスの味がした。


(あついとあったかいはちがうんだよ。)




END
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夏もひたすらべったりなふたり。