と、そうして幸せなるきみの名前をおやすみ前に呼ぶ


 ふと。
 そういえば、という言葉を口のなかで転がした。
 柔らかな寝台のうえ、自分の腰のあたりで頭を擦り寄せる子猫の髪の毛を撫でつけ、そこから見えるテレビから目を離す。
 以前はリビングにしかなかったテレビ。現在は二台と増えた。
 その理由は簡単で豪欲である。
 良い子のユーリはいつも20時から21時には寝てしまう。自分が催促するわけではないけれど、身体がきちんとしているからか、夕飯を食べてそれからすこし時間が経つと大きな黒い瞳がうつらうつらとしてくるのだ。
 まえはそんなユーリの先に寝台へと運んで、すっかり眠りに着いたあとひっそりと自分はその寝台から出てリビングへと戻ってそれなりの時間が経つで酒を飲んだり、明日の書類に目を通してみたりと過ごしていたのだが。我ながら恥ずかしいことにそれがなんだか寂しいと思えてしまったのだ。いつの日からか。
 それでもう一台テレビを購入したのだ。少しでも一緒にいられるように。
 いまではこのように擦りよる子猫の髪を撫で小音にしたテレビを少しばかりぼぅやりと薄暗い部屋で見るのが日課となっている。
 今日もそうして幸せに包まれたまま、終わろうとしたときぽつり、と思ったのだ。
「……名前を付ける、って初めてのことだったんだな」と。
 昔から何事に対しても興味がない俺はモノに名前を付けたことがなかった。よく幼い子供は自分のものに名前をつけたりする、ユーリもそれは例外ではなくクマハチの大きなぬいぐるみには『くーちゃん』と名前をつける。名前を付ける、ということはそれに愛着があったり自分のものだという証であったり、それが世界にひとつだけのものになるのだ。
 ただのモノが名前をつけることによって、存在を与えられる。
 ヨザックが携帯電話に名前を付けるのもそうだろう。ただの携帯電話が自分のひとつになる。名前はなんだっけ。……まあ、なんだっていいか。ヨザックの携帯電話の名前なんて。
 それよりも。
「……ユーリ」
 名前を呟く。自分が初めて、自分が必要だと思って付けた、名前。
 誰かが言っていた。ジンクスの意味がわかったような気がする。
『名前をつけると、愛着が湧いて、それを大切にするんだよ』
 ふと、そんなことを思い出して。ひとりで笑う。
 たしかにそうだ。『ユーリ』と名前を呼ぶたびに、小さな可愛いこの黒猫は俺のなかでどんどん特別になるのだ。
「ユーリ、ユーリ」
「……んぅ」と、子猫が唸る。起きるわけではなさそうだけれど、きれいな額に眉がよってしまっている。
「ごめんね。可愛い子」
 顔を寄せて髪にキスを落とすと柔らかいシャンプーの花の香りがした。

明日も明後日もいつまでもきみの名を呼ぼう。そのたび大切にしよう。俺が初めてつけた名前。いつも初めてをくれるきみ。


 ふと、そんなこと思って。今日もそして幸せに包まれたまま『ユーリ』と名付けた大好きな子猫の隣で眠る。
「おやすみなさい」

END