※死ネタ注意




 どこで間違えてしまったのだろう。
 苦痛でも悲痛でも言い表せない感情。この感情を言い表すなら、恐怖、という言葉が一番似合うのかもしれない。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 もう涙さえ、出ない。



・ ・ ・



 彼を俺は愛していた。赦されることのない自分勝手な告白を彼は頬を真っ赤にして受け入れてくれた。初めて、身体を繋ぎ合ったあの日のことをいまでもよく覚えている。 泣きながら華奢な腕を俺の汗ばんだ首に絡めて、快感なのか苦痛なのかさえわからない思いを小さな手の爪をあてて嬉しいと泣いてくれた。身も心も貰ったあの瞬間、俺は不覚にも感激して、涙を溢してしまった。
 彼の隣にいると、すべてに色がついて、幸福だった。
 ああ、自分の居場所はあとにもさきにもここしかないのだと思った。

 彼は俺が欲しいものをすべて与えてくれた。なにも与えられない俺を必要としてくれなにかあれば真っ先に俺の名前を呼んでくれた。

『コンラッド』

 呼ばれるたび、愛おしさがこみあげてこのひとのためならなんだってやってやろうと思った。

 だから、俺は大シマロン側についたのだ。彼の役に立ちたかった。たとえそれが、誰を傷つけ、彼の嫌いな大戦を呼び込もうとしてもそんなことは構わなかった。
 己が死んだっていいとさえ思った。
 彼の願いを叶えたかったのだ。あまり欲を欲さない彼の願いを叶えたかった。

 四つの箱を手に入れ、彼を世界の王にする。
 
 ――『世界平和』を彼の手に。

 正直、裏切り者として彼の前に姿を表すのは辛かった。
 彼の傷ついた顔を見たくなかったし、なにより彼の隣に自分以外が寄りそっている姿に嫉妬した。自分のかけがえのない居場所。心のなかで泣いている彼をうんと甘やかして、抱きしめてあげたかった。
 そんな想いにきつく蓋をして、俺は何度も彼を傷つけた。
 すべてが終われば、彼の願いが叶えば、きっとまたあの幸福の日々が戻ってくると信じて。彼のためならなんだって自分はできる。だから、努力をしたし我慢もした。


 なのに、どうしてこんなことになったのか。


「ユーリ……」

 ここは血盟城近くにある高い丘。花々がきれいに咲き誇っている。彼が大好きだった場所。頻繁にふたりで来ては、他愛のない話をして、啄むようなキスをした秘密の丘。
 よくふたりが寄りそった場所には、大きな墓標がある。墓標には、彼にあげた青い首飾りが飾られている。

 墓標に触れる。それはあまりにも冷たい。

「ねえ、あなたのためを思ってあんなこと言ったのです。赦してほしいとはいいません。……でもわかってほしかった。俺はあなたを愛しているから、あなたの役に立ちたかった」

 だから、言ったんだ。

『必ずしもあなたが、最高指導者というわけではない』
『あなたをもう愛してなんかいません』

 彼が傷つくことはわかっていたけれど、彼には素晴らしい仲間がたくさんいる。だから、大丈夫だと思った。案の定、彼は傷付きながらも目覚ましい成長を見せた。そして予想外のことに俺をずっと追いかけてくれた。手を伸ばしてくれた。
 それが、どんなにうれしかったことか。このような、最低な奴になっても愛してくれている。
 けれど、彼が彼なりに箱に近づこうとすれば、するほど俺の計画が破壊させていく。もどかしかった。
 俺は浮かれていたのかもしれない。どんな言葉で彼を傷つけても彼は強いひとだから何度だってたちあがってくる、と。たくさん言葉で傷を付けて彼の精神状態が不安定になっても構わなかった。それが狙いだった。
 傷がついて少しでも歩けなくなったら、その間に任務を遂行してしまおうと考えた。

『ユーリはもういらない。これ以上俺の邪魔をしないでください。意味がわかりますか? 消えてくださいと言ったんです』

 あるとき再び対峙したとき、冷たい視線に低い声音で、言った。
 すると、彼は一瞬だけ目を見開いて俺を見た。彼の瞳はまるでガラスが砕けたようにぼろぼろの心を映していて、ああ、これで彼はもう俺を追ってこないと確信したのだ。本当は謝りたかった。たくさん傷つけてごめんなさい、と。
 彼は一言だけ返してくれた。

『……いままでコンラッドの邪魔してごめんなさい』と。

 健気に笑い一筋の涙だけを溢した彼。会うたびに細くなる身体をあのときどうして抱きしめてあげなかったのだろう。
 
 それから、彼は俺を追ってこなくなった。俺は急速に任務を遂行して四つの箱を手に入れ、眞魔国へと奉納したが箱はすぐに手元に戻ってきた。なぜ、受け取ってもらえないのだろう。箱とともに送った手紙にはいままでのことを書きつづり謝罪をした。赦してもらえるとは思っていなかったが、箱だけはどういう経緯にしろ眞魔国には必要なものだ。ただの意地は返してくるとは思えなかった。

 返された箱のうえには手紙がのっていた。

【もう全てが遅い。少しでいいから、すぐに私の元にこい。他の者には見らないように】

 グウェンダルからの手紙であった。肩苦しい文面を要訳すればこのようなものだった思う。聞きたいことはたくさんあったし、俺はすぐさまその日の深夜グウェンダルの自室を訪れて、驚愕した。

『コンラート。お前のやったことは小僧のためだとはわかっている。けれどももう遅いのだ。魔王は魔王の役目を放棄した』
『どういうことだ?』
『ユーリ陛下はお前の部屋で首を吊って自害された。もう、ずいぶんと前のことだ……』
『そんな……っ! そんなはずが……っ』

 ユーリが首を吊って自殺するなんて考えられない。一瞬にして頭が真っ白なって、言葉が続かない。

『お前宛ての遺書だ。最後の最後まであいつは気を配って皆に手紙を残していたよ。大賢者もいまは再起不可能だ。眞王の言葉もウルリ―ケは聞きとれないらしい。もう、眞魔国は滅亡するのかもしれんな……」

 そう言って、息を小さく吐くグウェンダルの瞳もうつろで、一層真実を突き付けられた。慌てて手紙を読んで、自室へとかけ出して絶望する。わかっていた、さっきも聞いていた。ずいぶんと前にとグウェンダルは言っていたのに……俺は彼の姿を探してがらんどうの部屋をみて呻いた。

『ユーリ! ユーリ! どこにいるのですか!』
 声は反響するだけで、余計に静寂を煽り、皺ひとつないベットシーツをみてここがもう終わった場所だと知る。

【コンラッドへ いままでごめんなさい。もう、あんたの恋人じゃないのにずっと追っかけまわしてすごく迷惑だったね。コンラッドはもうおれのことを愛していないっていったけど、おれはいまでもコンラッドを愛しています。どうしてこんなことになっちゃったんだろうね。おれ、あんたに愛してるって言えばよかった。後悔してももう遅いけど、ずっとコンラッドのこと大好きです。この手紙を読んでいたら幸せだな。もう、新しい生活には慣れましたか? 素敵なひとと今度こそは幸せになってください。コンラッドの言ったとおりだった。おれは、最高指導者じゃないや。おれは王様としてより、あんたの言葉を信じちゃうんだから……最後はグチっぽくなってごめんなさい。それから、さようなら。 ユーリより】

 俺は本当に愚かだ。彼は俺を心底愛していた。そのことを俺は知っていたのに。どうして『いらない』と『消えろ』と言えたのだろう。あなたがいなければ、俺が生きられないように、きっと彼も俺がいなければ生きられなかったということをもっと早く気がついてあげられなかったのか。
 結果、眞王の言葉よりも俺の言葉を信じた彼は首を吊ったのだ。


「……あなたは、死ぬときもやすらかな顔をしていたそうですね。普通は首を吊ると苦しくて、顔が歪むのに。どうして最後の最後まであなたは優しいのかな」

 冷たい墓標に触れる。もうあなたの体に触れることができないのかと思うと、歯がゆくてたまらない。

「俺もあなたのことを愛していますよ。いま、そちらに行きますので、仲直りをしましょう」

 胸ポケットに彼の手紙を丁寧に入れて、丘のふちに立つ。
 今日は晴天で柔かな風が吹いている。頬を撫でる風がまるで彼の手が優しく触れているような気がした。
 両手を横に伸ばして、俺はふちから足を踏み出す。もう地面はない。

「ユーリ」

 俺はあなたを愛しています。



から
(もう、あなたをひとりで泣かせたりはしないから)



END


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