人はいつか知るのだろうか




 一部空気が淀んでいる、とヴォルフラムは夕食の席、食事をとりながら思った。一部というのは、元婚約者であり、現魔王であるユーリとその一番の側近で護衛である己の兄コンラートのことだ。鉄板にひかれた肉をナイフで切り分けながら、ちらり、とふたりの様子をうかがう。次兄のコンラートとユーリは変わりなくみえる。けれど、それがヴォルフラムには不愉快だった。
 演じているようにしかみえない。猿芝居もいいところだ。
 なぜこのような下手な演技をみながら食事をしなければならないのか。ヴォルフラムにはよくわからなかった。
 喉の奥で彼らを罵倒したくて暴れまわる言葉を肉や飲み物で無理やり胃のほうまで落とす。こんなまずくてつまらない食事を繰り返したのは今日を合わせて何日目だろうか。
 コンラートとユーリが笑っている。それをみる下女や護衛の兵も小さく微笑みを浮かべている。普段とまったくと言っていいほどの穏やかな雰囲気なのに、彼らの笑顔がいびつに見えるのは自分だけなのだろうか。
 食欲がわかない。
 ヴォルフラムはひたすらに鉄板にのる大きな一枚肉を切り分けることだけに集中することにした。と、不意に向かいの席から視線を感じた。目を向ければ、意地悪そうで、それで呆れているような嘲笑を浮かべた村田健こと、大賢者と目が合う。視線がかちあうとより大賢者は目を細めた。その仕草に、いつかのユーリの言葉が思い出される。
 目は口ほどにものをいう。
 まったくだ。ヴォルフラムはすぐに大賢者から目を逸らした。彼のいうことはすでにわかっている。この拙劣な遊びに付き合ってやれと言っているのだろう。
 そんなこと、わかっている。
 拙劣な彼らの道化もあのふたりにとっては本気なのだろう。透明な壁を一枚隔てて笑いあうコンラートとユーリ。自分は、こんなふたりを見たくて、婚約を破棄したわけではないのに。なにがどうなってこんなことになってしまったのか。どうしてこんな状況になるまで気がつかなかったのか、鈍い自分が歯がゆい。
「どうしたの、ヴォルフラム。なんか嫌いなものでもあった?」
 心配そうに隣席で食事を摂っているグレタが尋ねた。
「いや、なんでもない」
 しかし、考えたところで罵倒したところで自分はふたりの関係を修復することはできないのだろう。それに、自分まで道化に飲まれる必要なんてどこにもない。
 ヴォルフラムはグレタの頭を撫でた。
「グレタは本当にかわいいな」
 好きなものも嫌いなものも言える。偽らない少女が本当に愛おしい。
 それこそ、子供だからということもあるがそれでも、彼女の存在はヴォルフラムの心を癒した。
「今日は一緒に寝ようか、グレタ。僕が絵本を読み聞かせてあげよう」
「本当! ありがとう、ヴォルフラム!」
 憂鬱であった気分が、わずかに晴れる。
 細かく切り過ぎた肉を口に運びながら、ヴォルフラムはどうしようもない兄と元婚約者のことを思う。
 彼らにもはやく知ってほしい。そんなことをしても、状況が長引くだけでなんの解決にもならないことを。
 どんなことも思いを相手に伝えなければ意味がない。
 

だからさっさと仲直りして、僕らを安心させろ!
thank you:怪奇

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