溜め息の切れ端に



「さすがの隊長も、おつかれの様子ですねえ」
 城下町にある元部下が担う酒屋でコンラートがひとり、カウンターで酒を飲んでいると突然声を掛けられた。
「ヨザック。仕事終わったのか」
「おう! 今回も滞りなく順調に任務終えて明日朝一番に地方限定ケティ人形と一緒に閣下に報告行くんだ。にしても、最近隊長はオレより仕事が多いってのにここで酒飲んでもいいのか? 睡眠時間足りてる? あ、そこの店員さんオレにもこいつと同じ酒ちょうだい」
 心配とからかいの混じった口調でヨザックは尋ね、コンラートの隣の席に腰をかける。
「睡眠時間は三時間もあれば十分だ。それにたまにはこうして連日に渡る任務をするのも悪くない。……これでも、軍人だからな」
「動かないとからだがなまっちまうってのはよくわかるけど。でも、隊長はユーリ陛下の護衛をしてるときが一番似合うよ」
 一番似合う。それは一体どういう意味なのだろう。自分のことを自分でも理解しきれていないのに、他人に一体自分のなにがわかるというのか。
 コンラートは琥珀色の酒を煽り、口から出そうになった言葉を酒とともに飲み下し、強いアルコールで喉を焼いて「そうか」と呟いた。
「しかし、いまはグウェンダルと猊下のお怒りを買っているから、なかなか陛下の護衛につくのは難しいだろうな」
「なんだ、アンタも知ってたのか。最近の激務の要因。……夜遊びもほどほどにしておいたら?」
「ああ」
「生返事ほど、信用ならないものはないな。しっかし、これまた強い酒を飲んでんのな。これをもうボトル一本は開けて、三時間睡眠、起床なんてオレにはできそうにないね」
 睡眠なんていらない。どんなにいまは酒を煽っても酔いつぶれることはない。本当に昔に戻ったようだ。感覚が。己に纏う雰囲気が。
 彼に、ユーリに出会って明るい道を歩いてはずだというのに。どこで自分をまた踏み間違えてしまったのか。その答えはすでにわかっている。けれど、それは口に出してはいけないこともよく理解している。
 これは、一生隠さなければならないことだ。
「なあ、いつだって正直に生きるのは正しいとは思わない。だけど、いまのアンタのように気持ちを偽って、本当の気持ちを嘘で塗り固めて腐らせちまうのはどうかと思うぜ」
 あんたの悪い癖だ。
 吐き捨てるようにヨザックはぼやき、コンラートはそれを喉奥でくつくつと笑った。
 そんなのとうの昔に理解している。でも、癖というのは治らない。意識しようとしまいが、無意識に出てしまうのが癖だ。
「そうだな。いつか治るようにと心がけはしておこう。そんなことより、俺のはなしではなく最近の血盟城や陛下の様子に変わったところはないか? 彼はよく執務中に脱走するから」
次第にちらちらと目が左右に動いては、自分と目があうようになり声まるで外に出たがる家ねこのみたいな唸り声をユーリはあげるのだ。そのサインを知っているのは、おそらく自分だけだろう。グウェンダルもギュンターも可愛らしいサインを送る彼を見てはいないのだ。だから、毎回脱走される。
 と、普段のユーリの行動を思い出してふと、違和感を覚えた。
 そういえば、最近彼は脱走などしていない。
 疲れたようにため息つくことはあるが、自分に助けを求める視線を向けることはない。自分のいう普段のユーリが見当たらないのだ。
 日頃の疲労と酒がコンラートの表情筋を緩くする。それを、となりに座る男が見逃すはずもなく、空になったグラスに並々と酒を注ぎながらヨザックは小さく口角を吊り上げた。
「なあ、知ってるか。なにも変わらないように見えて日々違うんだ。天気が変わるようにひとの気持ちも変わるし、新兵だって毎日訓練受けてりゃそのうち立派な兵士になる。猊下が仰っていた。体内にあるありとあらゆるものはすべて死んだり新しく生まれ変わったりしているんだって。変わらないものなんてこの世にありゃしないのさ。アンタの感情が変わったように」
「なにが言いたい」
 はなしがみえない。尋ねれば、ヨザックは憐みをにじませたため息を溢して静かに口を開いた。
「……血盟城やユーリ陛下にとくに問題が起こったってのはない。でも、それはオレから見ただけのはなしだ。今日で隊長も任務終えて明日帰還するんだろう。自分自身の目で確かめてこいよ。城や陛下の様子を確認すればいいだけのはなしだ」
 空になったグラスのなかで氷がカランと音を立てた。
「本当にいまのアンタはどうしようもないよ。……ユーリ陛下を心配している感じじゃない。むしろ陛下に変化があることを望んでいるような口調だ」
 そんなことはない、と言おうとしてヨザックのこちらをみる目に言葉が詰まる。
「大丈夫、安心しろよ。ユーリ陛下は魔王として日々自分自身のなにかを殺して生まれ変わっているだけだ」
 この目は心底、憐れみと同情それから落胆の籠った瞳だ。
 ヨザックのため息の切れはしには、憎しみが滲んでいる。


thank you:怪奇
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -