無邪気な殺人鬼



 本当に彼らは愚かなのだな、と村田は眞魔国の長い廊下を護衛についているグリエ・ヨザックにはなしかけた。
「まったくですね、猊下」
 ヨザックはどこか寂しそうに笑い、答えた。その表情は、自分が笑顔の裏に隠しているものによく似ている。
「……彼らは、性格も考えもふだんはまったく違う平行線を歩んでいるのに、自分たちのこととなるとなぜか同じような間違えを犯すんだ。まあ、彼らのいまの関係に火に油を注いだのは自分でもあるけどこうもこじれるものなのかな」
「好きなひとのまえでは素直になれないってのは、よくわかるんですが。隊長らは度が過ぎますねえ。根本的なところ隊長のほうがたちが悪いですけど」
「そうだね。きみの友人はどうしてあんなに性格が屈折してるんだろ」
「わかりません」
 真夜中の廊下は巡回や警備をする兵や、明日に準備を整える下女らと数人しかおらず、とても静かだ。ただ穏やかに月が闇夜を照らしている。
 そうして、他愛のない会話をしているうちに目的の部屋のまえに到着した。目的の部屋……魔王陛下の自室だ。部屋を警備している兵をヨザックと交代してもらい、村田は人払いを手早く済ませるとドアを叩いた。
「夜も遅くにこんばんは。ムラケンが参上しましたよー」
「……まだ、おれいいよって返事してないぞ?」
「いいじゃない。僕と渋谷のなかだし、まえもってきみに白鳩便を飛ばしておいただろ」
 寝台のふちに座る友人であり、この世界の魔王である有利のとなりに村田は腰をかけ、持ってきていた書類を見せる。
「はい、僕が作った房事の日程。渋谷の希望の通りウェラー卿とその側近の兵士たちには漏れないよう完璧に作ったからね」
 ありがとう、と口にする有利の瞳にはひどく濁っているように見えたが、村田はそれを無視した。尋ねてみたところで、作り笑いを浮かべるのが容易に想像つく。
「明後日から、ウェラー卿には五日間ほど国境付近の街で地域調査に赴いてもらうことにしている。でも、優秀な彼のことだから二日、三日で任務を終えて帰ってくる可能性もあるから、彼が城を出る初日に一回目の房事の授業を組み入れることにしている」
 書類の文字を指で追いながら淡々と村田は有利に説明をする。書類はすべて日本語で書かれている。万が一彼が目を書類を見てしまっても、期末試験用対策の問題集だと偽れるように。有利は、村田の説明に他人事のように頷く。気の乗らないことだとわかるが、それを村田は窘めた。
「おいおい、きみのはなしだよ。嫌々やらなきゃいけない勉強だとしてもそんなんじゃ、房事に関わるひとたちにたいしてちょっと失礼なんじゃないかな?」
 それともやめる? べつにいますぐやらなきゃいけないってはなしじゃないし、そう続ければ有利は首を横に振った。
「ごめん、なんだか実感がわかなくて。……嫌ってわけじゃない。おれ、ちゃんとやるよ。おれは、魔王になるんだ」
「……そう。それならいいけど」
 みんなの理想のために、魔王になるためにと、有利はそれらを言い訳にしていることに気がつかないのだろう。本当の理由はほかにあるくせに。
 と、村田はいいかけて、やめた。
 きっと彼にはそんな自覚はないし、自分が教えることではない。彼が気付かなければいけないことであり……いまきっとどん底に落ちて堕ちて墜ちて、絶望に浸りたいのだろう。
 自分は、彼の臣下。忠実な臣下。
 王の望むことを叶える義務がある。
「慣れるまでは、男性に担当してもらうね」
「……わかった」
 まるで、魂の抜けた声で有利は頷く。
 村田は小さな彼の肩を抱きしめて「大丈夫」と囁いた。
「きみは立派な魔王だ」


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