おれの花嫁さん
『花嫁さん』著:星野リリィ先生のWパロ

 ただいま、高校三年生。今年の夏十八歳になったまだまだ青春真っ盛りのおれこと渋谷有利は人生最大のピンチを迎えています。



 ――ときを遡ること数十分前。

 ギャルゲー大好きのインドア派の兄、勝利が大学のときから付き合っている彼女と結婚して一年が経った今年、久々に実家に帰ってきた勝利は柄にもなくおれに土下座をした。
 家族全員が居間。そこに床に擦りつけるような土下座を。

「ゆーちゃん、本当にごめん!」

 最初は一体なぜ、勝利がこんなにも必死に謝るのだろうとおれも親も頭を傾げたが、そのあとに続く言葉におれは息を飲んだ。

「……子供ができました」

 二次元の女の子にしか興味が持てなかった兄が、三次元、しかも可愛い彼女ができて結婚しただけでもおれのなかでは奇跡に近いものがあったのにさらに子供まで。いいことだと思った。おれは勝利の彼女かなえさんと勝利の間にできた新しい命に心から「おめでとう」と手放しで喜んだ。だけど、勝利は顔を上げない。

「たしかに、俺と彼女の子供ができたのは嬉しい。だけど、ゆーちゃん本当にごめん!」
「なんで謝るんだよ? おれ、べつに十八歳で勝利の子供がおれのことおじちゃんって呼んでもそんなにショック受けないぜ?」

 言えば、「そういうことじゃない!」と未だ床に突っ伏したまま勝利は首を横に振る。隣にいるかなえさんの顔を伺うと彼女もまた申し訳ないように顔を俯かせていて、おれと親は顔を見合わせた。

「勝ちゃん、どうしたんだ、一体。お前たちに子供ができて喜ばないやつはこの家族にいないぞ」

 そう、心配そうに口にしたのは勝馬、親父だ。それに同意するようにおれとお袋も頷く。

「勝利、本当にどうしたんだ? かなえさんも。おれに謝ってもらっても理由がわからないと困るよ」 なあ、お願いだから頭を上げて教えてくれよ、と言えば勝利は力なく頭を上げて、それから何度かためらいがちに口を開閉させると唸るように理由を口にした。

「子供……男の子なんだ」

 その言葉に固まったのは、おれと親父だった。

「は? え、え! おと、この、こ?」

 勝利が口にした単語に急速に鼓動が早くなる。どもりながら聞き返せば、勝利はこくんと頷いた。

「……ちゃんと病院で診察してもらった。何度確認しても……男だ」

 頭からざあっと血の気が引くのがわかる。勝利と同じようにおれは深くうなだれた。ぽんぽんといたわるように肩を叩いた親父の優しさが胸を抉る。
 表情が変わらないのは母親だけだ。

「ごめんなさいね、有利くん。こんなことになっちゃって……っ」

 涙の混じる声音で謝るかなえさんにおれは首を横に振った。

「いいや! かなえさんのせいでも、勝利のせいでもないから! 気にしないで! おれ、本当にふたりの間に子供ができたこと嬉しいと思ってるんだ。……お願いだから、泣かないでください」

 そうだ。ふたりには罪はない。もちろん、生まれてくる赤ちゃんも。
 だけど、声は動揺を現すかのように震えてしまう。これではだめなのに。無理やり口角を上げて笑顔を浮かべてみるも、不自然なのはやはりわかってしまうのか、親父も勝利も、かなえさんも痛々しいものをみるような目でおれを見ていた。

「大丈夫よ! ゆーちゃん、そんな泣きそうな顔をしないで! ゆーちゃんだって、ちゃんと幸せになれるわ!」

 相変わらず、普段を全く変わらないテンションでお袋はおれの背中を叩いた。
 わかってる、わかっているんだ。この現実を受け止めなければいけないことだって。だけど、素直に喜べないってものがあるだろう、お袋よ。
 うらみがましく、背中を叩くお袋見れば唇を尖らせてお袋は口を再び開いた。

「これは仕方のないことだって、ゆーちゃんもわかっているでしょう。これは由緒代々渋谷家に受け継がれてきたしきたりなのよ。もう諦めなさい」
「諦めろっていっても……」
 
 知らずと小さくため息がこぼれる。
 この事実はもうどうしようもないことだってわかってるけど……。

「あら、ゆーちゃん。ため息なんてついちゃだめよ。幸せが逃げていってしまうわ。白人も黒人もみんな一緒。男女差別なんて持ってのほかのこの時代よ。愛があれば、性別なんて越えてしまうわ! 大丈夫、ゆーちゃんならお嫁さんが男のひとだって十分幸せになれるのよっ」

 そうは言ってもお袋さま、母上さま。
 ……やっぱり、同性と結婚するのは気がひけます。

 まだ、まともに誰かを好きになったことも、女の子と付き合ったこともないおれは、今日を持ってホモ街道に足を踏み入れることとなったのだ。



 * * *



 ≪長男が婚姻し、男の子を授かれば、次男以下のものは後継者争いを避けるため、同性と婚姻を結ばなければならない≫

 なんていう、わけのわからないしきたりが渋谷家には存在する。
 後継者争いなんて、正直おれと兄貴では絶対ありえない。
 勝利はお嫁さんのかなえさんにまでコスプレを強要させる根っからのオタクではあるけど、おれよりもずっと頭がいいし、いまは昔からの夢である県知事を目指して、市会議員をしている。幼稚園から中学まで根っから野球づけで赤点を取るのが日常茶飯事だったおれはさらさら、家を継ぐ気なんてないのだ。

 親、兄弟では解決している問題だが、親族では通用しないのが問題であったりする。
 おれの生まれた渋谷家は、この地域で由緒代々伝わる武士の本家で家も地位も高い。政治との交流もある。家族では解決している問題であっても、後継者問題は大きく、一応親族を安心させるために、このしきたりはずっと守られてきているのだ。

 親父は祖母が昔から体が弱かったために兄弟を作ることもできなかったため、一人っ子として育てられてきたために、この問題には関与することはなかったが、通常は、必ず二人以上子供を産まなければならないと決められていた。ふたりのうちどちらかが、女の子を授かれば、もうひとりに男の子が生まれるよう託すためだ。
 そうして生まれてきたのがおれたち兄弟で小さいころからこの話については何度も聞かされてきたのだが、兄貴が子供を授かるまでこのことをすっかりと忘れていたのだ。

 昔は、このしきたりは法律に反するものだと、親族間での暗黙のしきたりだとされていたけど、おれが小学生に上がったときに法律は改正し、同性でも婚姻が認められることとなり、いまでは近所のひとも渋谷家のしきたりを知っている。
 勝利とかなえさんの間に生まれた子が、男の子だという事実もそのうちに周りに広がるだろう。

 一応、無事に長男に男の子が生まれて後継者問題は、解決する。
 が、おれとしては、何度も言うが後継者問題なんて本当にどうでもいいのだ。
 そのあとが大問題だからだ。

「……なんでおれが、男と結婚しなきゃいけないんだよ」

 おかしいだろ、普通に考えて。
 衝撃的な朝を迎えて憂鬱な足取りで学校へと向った。気が重いどころじゃない。一切勉強もなにも頭に入らなかった。どの教科のノートもほとんど白紙だ。あっても無意識にシャープペンシルで描かれた黒い渦。

 後継者問題が終われば次はおれの問題だ。結婚相手が男性であれば一応、恋愛事に関して自由恋愛が認められるものの、一応すぐに同性愛者のひとを見つけるなんて同性間の結婚が認められた現在であっても、そこまで公なひとはこの日本には存在しない。

 なので、昔から渋谷家と関係の深い交流のある家柄では、男性のお見合い相手が存在しているらしい。その相手と婚姻しようが断ろうがそれはおれの勝手らしいけど、きっとお見合い相手も見ず知らずの男と結婚なんて嫌に決まっている。
 相手の立場を考えて、おそらく相手は見合いを断ることなんてできないからおれから断わりを申し出ないと……なんて考えていたらついに最後の授業も終えてしまった。一番苦手な英語の授業なのに、これぐらいはノートにとって置くべきだった。いまさら後悔しても遅い。おれは何度目かのため息をついた。

 問題は早々に解決しようと、今日の夜にお見合い相手が家を訪れる。いまからどうやって断りを入れようか試行錯誤中だ。
 
 放課後になり、友人に遊びに誘われたがそれを断って、帰らなければならないのにおれは未だひとり教室に残り、机に突っ伏していた。こんなの時間稼ぎにもならないのはわかっているけど、腰が上がらない。
 家に帰ったら、お袋に小言を言われながら一通りのお見合いの流れを聞いて、おそらくまだ「男にゆーちゃんの貞操を奪われるなんて嫌だ!」なんて下品なことを口走っている兄貴の頭を思いっきり叩いて、そのあと、居間で待機をするんだろうな。足がかなり痺れるに違いない。

「……渋谷くん?」

 ああ、嫌だなと思っていたら、ふいに声を掛けられて顔をあげる。
 声をかけたのは英語担当の教師、ウェラー先生だった。

「ウェラー先生」
「具合でも悪いんですか? 今日は授業もぼんやりしていましたが……」

 心配そうに尋ねる先生に「具合っていうか、まあいろいろと……」と曖昧な返答を返す。心配そうに顔色を伺い眉根を顰める先生をみてぼんやりとそんな顔をしても男前っていいなあ、と思う。
 ウェラー先生は学校一モテる男性職員で、おれが入学する一年前にこの学校に勤務していて、ドイツ生まれのアメリカボストンの海外暮らし。爵位までもっているらしい彼はここらでは有名な高級ホテルに住んでいるという、お金持ちだ。
 顔良し、人柄良し、生まれ良しとまったく神様はこの先生にどれだけの幸運を与えたのか。女子生徒のみならず、女教師にも狙われていると噂されている。

「今日は先生が見回りなんですか?」
「ええ、部活動をされている生徒以外はそろそろ日も暮れるので帰宅していただければならないので。……体調が悪いのであれば送って行きましょうか?」
「いえ、大丈夫です。すみません、少し落ち込んでいただけなんです。気を使わせてしまって」

 教室に飾られている時計をみれば、もうかなりの時間が経過していた。 こんなに時間が経っていたのか。机の横に下げていた鞄を手に取ると気遣ってくれるウェラー先生に頭を下げた。

「無理はなさらないでくださいね」
「はい。体調は大丈夫なので、心配してくれてありがとうございます。それじゃあ、おれ帰ります」
「渋谷くん、そんなに落ち込まないでください。できれば、あなたには次に会うときも笑っていてほしい」
「……はい?」 

 次回の英語の授業は笑っていろということなのか?
 ウェラー先生の言葉が理解できなくて首を傾げる。
 あれなのか、やはりモテる男は平然と恥ずかしい言葉も口にできるのか。微かに憂いを帯びた微笑みでいうので、まったく先生の言葉は理解できなかったけど、とりあえずもう一度「はい」と答えた。
 部活をせず校内に残っていたのはどうやらおれだけだったらしく、昇降口までウェラー先生がつきそってくれた。
 先生は、気取った印象がなく話上手で聴き上手だ。普段は女子生徒中心に先生の周りを囲んでいるのであまり話したことはなかったが、こうして話していても気まずくならなくて、野球の話から勉強、好きな食べ物など昇降口に着くまで気がつけばたくさん話していた。

「それじゃあ、渋谷くん。またね」
「はい、また明日!」

 少しだけど、先生と話していて、重たい気分が軽くなったような気がする。
 手を振って送りだしてくれるウェラー先生に手を振り返して、家路へと向かう。
 もう、なるようにしかならないのなら、仕方がない。
 ウェラー先生は話してみて思ったけど、口は堅そうだ。もし悩みがあったら心身になってくれそうだ。今度、なにかあったら相談してみよう。
 軽くなった足取りでおれは一度も下を向くことなく、先を急いだ。



 ――そうして、家路につけば案の定予想した通り、勝利は嘆いていて、その頭をひっぱたいてから、着なれないスーツに身を包み、居間で正坐のままお見合い相手をお袋と待つこととなった。

「お見合いの相手は、ゆーちゃんよりも年上の方でとってもハンサムなのよ! 家事もそれ以外もなんでもござれなひとでなにより、とても優しい方なの。きっとゆーちゃんも好きになると思うわ!」
「はあ、そうですか……」

 まるで少女のようにはしゃぐお袋の隣でおれは息を吐くことしかできない。
 お見合い相手は、お袋の昔から仲の良い友人の息子で、おれと同じく次男らしい。たぶん、親同士が勝手に盛り上がって、お見合いの相手にさせられた口だろう。不憫としか言いようがない。だれが、喜んで男の嫁になるって言うんだ。
 おれは心のなかで今日の見合い相手のことを思い心から同情する。変なしきたりに巻きこんで本当に申し訳ない。でも、ちゃんとお断りしますから安心してください、と。

「あら、お見合い相手がいらっしゃったみたいよ、ゆーちゃん」

 心のなかで朝の勝利のように深く土下座をしていると、たしかにふすまの向こうの足音がする。

「どうぞ、なかに入ってくださいね」
「はい」

 相手の声に聞き覚えがある。どこで聞いたのだろうと考えながらうなだれていた顔をあげておれは言葉を失った。
 人間、本気で驚くと声が出ないっていうのは本当だったようだ。
 ただ、金魚のように口をぱくぱくとしてぴっしりと正坐をし、頭を下げるお見合い相手を凝視してしまった。

「こら、ゆーちゃん! ひとを指さしちゃだめでしょう!」

 無意識に相手に向かって伸びた指を窘められて、慌ててさげる。
 いや、まさかこんな展開になるなんて全然予想してなかったし、考えてもみなかったんだ。

「失礼します。……申し訳ありませんが、ただいま母は体調が良くないのでお見合いは自分、ひとりで参りました」
「あら、ツェリさま大丈夫かしら、心配だわ」
「大丈夫です。軽い風邪だと医者はおっしゃってましたので」

 居間へと足を踏み入れ、再び綺麗に正坐をする自分よりも一まわりは年のいった男性をおれはよく、知っている。

「いつも母がお世話になっています。美子さん。……それから、今日はよろしくお願いしますね。渋谷ユーリさん」

 俺の名はコンラート・ウェラーと言います。

「……ウェラーせん、せい?」

 上擦った声で呼べば、彼は嬉しそうに微笑んだ。






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