久々に眞魔国に帰ってきた。まだ地球では冬だと言うのに、もうこちらではほんの少しだか春の気配がする。
今回現れたところは幸運なことに魔王専用浴場であった。だが、待てど暮せど名付け親兼護衛兼恋人はユーリの前に姿を現すことがなかった。もう少しすればくるだろう、と淡い期待をしていたが現れたのは、自称婚約者のヴォルフラムだった。

思わず「え、コンラッドじゃないの?」と言ったのがまずかった。すぐにヴォルフラムお得意の怒涛が浴室に響き渡った。

「貴様ああああ! 迎えにきた僕に対してその発言はなんだー! っこの浮気者おおおお!」と。

耳を塞ぐ間もなく、鼓膜を震わせた彼の声にユーリの頭はぐあんぐあんと揺れた。実際問題既に彼の兄、コンラッドと夜を共にしているのだから、正直に言えば浮気をしているから、反論できなかった。勿論、ユーリは元々ヴォルフラムとの交際関係など認めていないのだから、浮気、ではないかもしれないが。これ以上ややこしくなることは極力口を開かない方が得策だ。

そうして、ポメラニアンのように騒ぐ三男に出迎えられ、ユーリは最近の城内の様子を聞いた。今回は特に、書類も溜まっておらず、集中してやれば一、二時間で終わるらしい。ユーリの代わりに国政を担う摂政を請けおうグウェンダルや王政のギュンターも相変わらず、特に変わりなくどこまでも今日の眞魔国も平穏かつ穏やかであるそうだ。

が、それはユーリを除いてのことだが。
ユーリの日常には【コンラッドが傍にいる】がないと成り立たない。そして、そのコンラッドは現在城下町の巡回に赴いているらしい。たいして時間のかかる巡回ではないのだろうが、やはりいつものように帰ってきたら一番に出迎えた欲しかったと、我儘な思いが胸を燻ぶる。

ユーリは戻って早々、不機嫌な気持ちを胸に頂いたまま、執務室と向かう。
ヴォルフラムの絵のモデルをするならたまった紙束と時間を過ごす方がマシだと思ったからだ。



―――そうして集中して仕事に取り組んだ結果、ほんの少しだが予定よりも早く終了した。が、予想外のことが起きた。机に向って固くなった体をゆるくストレッチをして伸ばしていると、慌しい雰囲気を醸しながら兵が執務室へと現れた。どうやら、城下町で窃盗事件が起きたらしい。そして急遽、コンラッドはその事件に繰り出されることになったそうだ。

……折角、早く終わらせたのに。
更にユーリの機嫌は下降する。しかも折角口実をつけてヴォルフラムの絵のモデルを断ったのに、結局はやることになってしまった。
どうにも絵の具の匂いに耐えられず、途中で逃走したが……。のちに捕まれば、また小言を言われそうだが、それは捕まったときにどうにかすればいい。

いまはそれよりも気になることがある。
ユーリは上手くヴォルフラムから逃走を図ると目的の場所へ向かった。



向かうは勿論、彼、コンラッドの部屋。
不在ではあるが一応扉をノックしてから室内に足を踏み入れる。見れば、相変わらず殺風景な部屋だ。必要最低限なものしか置いていない。

「めえ」

見渡すこともなく目的のものがユーリの目に止まった。

「いた」

それは寝台に設置してあるサイドテーブルの上にそっと置いてある。木箱のなかにタオルが敷き詰められ、そのなかに子猫が一匹無邪気にめえめえと鳴いている。黒に近い毛色がふわふわとしていてとても柔らかそうだ。おそるおそる手を伸ばしてみれば、警戒もなくぺろりとユーリの指を舐めた。

可愛らしい仕草に思わず笑みが浮かぶ。
そっと子猫を抱き上げてみれば、温かな体温が心地いい。顔を近づけてみると。微かにミルクの匂いがする。彼が出かける前に飲ませてあげたのだろう。

グウェンダルが、コンラッドが昨日子猫を拾ったらしい。本当は、自分が面倒を見たかったのだと言っていたが、最近仕事が忙しく面倒がみれなかったそうだ。それをコンラッドに預けていたと聞いてユーリは子猫が見たくて仕方なかったのだ。

愛くるしい顔付きに愛くるしい声。面倒みのいい彼はどんな表情をしてこの子猫と戯れていたのだろう。

「……お前はどんな風に彼に優しくしてもらったの?」

きゅるりとした目をユーリに向けながら子猫はめえめえと鳴くだけだ。

「ねえ、教えてよ」

急に暴れ出した子猫を抱きなおす。子猫の鼓動が速くなるのをユーリは指先から感じていた。



* * *




「……どこにいらっしゃるのかと思えば、こんなところにいたんですね。昼間は温かくなり始めましたが、日が暮れると寒くなりますよ。部屋に戻りましょう。温かい紅茶で体を温めましょう、ユーリ」

どこにいたかというと、ユーリは裏庭のひっそりと影のある場所にいた。シャベルを持ち足もとには小さな土の山がある。

コンラッドは近づくといつもの柔和な笑みを浮かべて「何を埋めたんですか?」と問う。

「こねこ」

悪びれるそぶりも見せず、静かにユーリは答えた。

「コンラッドの部屋にいた子猫。埋めたの。だって、コンラッドの部屋におれ以外の誰かが、何かがあるのが嫌なんだ。だから、」

コンラッドに特別扱いをされるのは、どんな些細なこともユーリには許せなかった。右手を開いたり閉じたりしながら先ほどまであった体温を思い出そうとするが、思いだすことができない。

「だから埋めたんですか」

「うん。あの子猫が嫌いになっちゃった。でもね、埋めたら、すごく愛しい気持ちになったんだ。やっとあの子猫が好きになった気がする」

コンラッドの目を見てそう言えば、一層に彼の笑顔が深まった。

「子猫もきっと喜びますね。ユーリに好きになってもらったんだから」

啄むようなキスをされる。ああやっと、彼と一緒に過ごせる。ユーリは満面の笑みを浮かべてコンラッドに抱きついた。


END


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