仮初めの憂鬱



「おれ、もしかしたら心は女の子だったのかもしれないなあ」

 セックスが終わって、ユーリはコンラッドの腕に持たれながら抑揚のない声で言った。
「どうしたの、急に?」
「んー? コンラッドにさ、かわいいって言われるの、おれ好きなんだよ」
 まえは格好いいって言われたいって思ってたけど。
 そう言ってユーリは子猫が甘えるようにコンラッドの胸に頬を擦りつける。先ほどまであんなに汗を掻いたのに、シャワーを浴びてさっぱりしたからか、互いの肌はさらりとしていて、それでいて吸いつくような心地のいい感触がする。柔らかな彼の髪を弄りながらコンラッドは話に耳を傾けた。
「これってちょっとおかしいだろ?」
「そんなことないですよ。俺はとても嬉しい」
 自分の言葉でユーリが幸せな気持ちになれるというそれは、至極の幸福でしかない。 愛しい人を胸に抱いて、コンラートは嬉しそうに眼を細めた。
 どこから変わったんだろうなあ、と彼は言う。既に決まった答えを胸に秘めて、問うようにユーリは言葉を紡ぐ。
「最初は、かわいいって言われるのも嫌だったし、女装もいやだって嫌だったんだ。女の子と付き合ってみたいーって悩んだこともある。思春期真っ盛りだからね。でも、コンラッドを好きになって、キスして……えっち、するようになってから変わったのかもしれない」
 適当に相槌を打って先を促す。勿論、彼の話を聞き流しているわけではない。ユーリの言葉のリズムを崩さないためだ。ピロートーク中のユーリはいつもより艶めいて、大人っぽい。普段とは違う彼の一面をみるのがコンラッドはとても好きなのだ。
「……どんな風に変わったの?」
「もちろんさ、今だって気持ちいいとへんな声出ちゃうのは恥ずかしいんだけど。そんな自分が嫌いじゃないし、足を広げて受け入れるって本当は女の子がすることだろ。だけど、あんたがおれのなかいるときすごい幸せな気持ちになるんだ。……きっと、コンラッド限定だけど」
「ユーリは、俺を煽るのが大変お上手だ」
 故意に人を誘惑するのではなく、無自覚に無意識に人を魅了する。それに見堺がないから不安になり一層にこの人の魅力を引き立てる。誰もがユーリを欲するが彼にこうして触れて、愛を囁かれるのは自分だけだと思うと甘美な優越がコンラッドの脳髄を刺激した。
「その言葉、まるまるコンラッドに返してあげたいね。おれは」
 ちゅっちゅっとユーリが胸板にキスを落とす。それから、少しだけ怯えるような声音でユーリはコンラッドに言った。おそらく、今回の話の答えだろう。
「あのさ、たぶんきっとないだろうと思うけど……もしさ、おれが本当の意味で女の子になりたいって言ったらコンラッドは気持ち悪いと思う? スカート穿いて、女性用下着を身につけたいって言ったらどうする? それでも可愛いって思うのかな。えっちしたいと思う? コンラッドと付き合ってから、なんかたまーにそんなことを思うんだ。おれは頭おかしくなったのかな?」
「まさか、おかしくなんてありませんよ。気持ち悪いとも思いません。だってそれがユーリの考えで、感情でしょう。もし、男の子をやめて本当に女の子になりたいと言うなら、俺はそれを受け入れるし、ユーリがユーリでいられる本当の形になる手伝いをしたい。お洋服もそうですね……スカートは俺が選びましょう」
 外見は大事だ。
 ユーリがユーリの外見をしているから好きになったことも少なからず本当だとコンラッドは思っている。けれどもそれ以上に内面……中身が好きなのだ。ユーリがユーリの心を持っていなければ、どんなに外見が美しくとも恋愛感情としてユーリを好きになることはなかっただろう。
「俺はあなたがあなたらしく生きられるのならそれが一番いいと思う。それが、俺の幸福です」
「ありがと、コンラッド」
「ねえ、ユーリ。もし反対に俺が外見も中身も女性になりたいっていたらどうします?」
 きっと、そんなことなんてないだろうけれど。とコンラッドが言えば、ユーリは女性になったコンラッドを想像したのか、くすくすと肩を震わせて笑った。そんなに似合わないだろうか、と思わず問いたくなったが、確かに以前事情によりウェデングドレスを着用したときは服が肩幅に合わず背中のチャックが開けっぱなしという大変見苦しい格好をしたのだ。笑われても仕方がない。思い出してコンラッドも喉奥でくつくつと笑う。
「俺じゃ似合いませんね」
「それって必然的におれは女の子の服が似合うって言いたいのか。てかおれも同じだよ。コンラッドがコンラッドらしく生きられるんなら別にあんたが女性になったって大歓迎さ。その代わりおれがあんたを抱くってことになるけど、依存はない?」
「もちろん。身に余る幸せ光栄です」
 ユーリの柔らかな髪にコンラッドは接吻を落とした。風呂に入ったばかりだからか、いい匂いがする。自分と同じものを使っているのに、彼は自分よりも甘い香りがするように思えるから不思議だ。それから、小さく欠伸をしたあとユーリは言う。
「……眠たくなると余計に変な思考が迷路みたいに深みにはまっちゃうや。まあ、いいか。コンラッドがおれのこと嫌いになんなきゃそれでいいんだ、うん。その話がしたかっただけ。それだけ」
「そうですか。ちゃんと安心した? 俺の言葉は」
「うん。安心した。いま、すごい……ねむい」
「明日もお仕事がありますから、今日はもう寝ましょう。おやすみユーリ、素敵な夢を……」
「おやすみ、コンラッド。おれはあんたの夢を見るよ」
 幸福そうな顔をして目を瞑り眠りに入ろうとするユーリに、コンラッドは苦笑した。
「……だからどうしてそう人を煽るのが上手いんですか」
 ああ、だからこの人を手放すことはできない。例え彼が、どんなことを望んでも自分はきっと受け入れてしまうだろう。ユーリが幸せである先にきっと自分の幸せがあるのだ。女性でも、男性でも。それ以外であろうとも。
 コンラッドも目を瞑り、いまある幸福を噛みしめた。

END

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