いくら種付けしたって実らないの


「……コンラート」
 夜から朝に変わる刻限。朝日がいまだ顔を現さない静かな廊下でとある人物を見つけ声をかけた。
「なんですか。グウェンダル」
 冷えた微笑みを浮かべる実弟にグウェンダルは、微かに不快感を覚え、眉をひそめる。
「いやだな、そんな顔を朝からしないでくださいよ」
「そういう顔をさせる理由があるからだ。コンラート、もうお前をかばってやれんぞ。ちらほらと、城内から色恋の噂を耳にする。それに、城下からもだ。一体お前はなにをやってるのだ」
 故意に声を低く、咎めるもコンラートは苦笑し「それは、すみません」と気持ちのない謝罪を口にするだけだ。それが余計にグウェンダルの気持ちを不快にさせる。いまは昔、自分たちが一番の絶望の淵に立たされていたアルノルド戦のときでもここまでコンラートが、暗く淀んだ思いに陶酔をすることはなかったというのに。
 一体なにが、彼、コンラートを暗闇に誘ったというのか。
 グウェンダルは己の心に尋ねるが、その答えはもう解り切っていた。薄い氷のような笑みを浮かべるコンラートの感情を壊したくなくて、いままで見て見ぬふりをしていた。けれども、もうそんなことを言っている猶予はない。弟の悪い癖が、自分たちがこの世で一番護るべきであるひとに向いてしまっているのだから。
「……ユーリ陛下となにかあったのか」
 こちらへと歩むコンラートの足が止まる。心の芯が誰も強い弟のそれが、ぶれるときは必ず、王が関わっている。
「べつに、なにも」
「うそをつけ」
 無意識に拳を強く握る。早朝のために気温が低いわけではなく、ふたりの間に漂う空気が緩やかに張り詰めて冷たくなるのを感じる。
 自分は無力な存在であるということをグウェンダルは知っている。王の代わりに国政を担ういまとなっても、自分が摂政という地位にいることがおこがましいと日々思っている。実弟であるコンラートの気持ちを理解できないばかりか、助けることさえもできないのだ。だが、自分は王に教えていただいた。
 この無力な自分でも、前を向いて歩く足があること。誰かに差し伸べられる手が二本もあるということを。
 だから、コンラートの本音が聞きたい。見て見ぬふりはもう、嫌だ。
「毎夜、異なる女の匂いといかがわしい雰囲気を身にまとって帰ってくるお前を見ていたくないのだ。そのように、冷えた笑いを浮かべるコンラートなど見たくはない。もう一度、問う。ユーリ陛下となにがあった。お前も陛下もおかしいぞ」
 表面上は、なにもないような顔をする。護衛と王。しかし、両者とも以前とは決定的になにかが破綻している。理由が知りたい。なにか、なにか自分にできることがあるはずだ。
 と、コンラートが突然、肩を震わせ喉奥で笑う。否、嗤う。
「……なにが、おかしい」
「なにって、あなたが言うことがおかしいに決まっているでしょう。グウェンダル。陛下とはなにもないよ」
「ならば、なぜ……っ」
「だって彼と俺は、主従関係だ。それ以上でもそれ以下でもない。平坦な関係なんだよ。グウェンダルは勘違いをしている。その言い方だと、まるで俺達はそれ以上の関係があるみたいじゃないか。……付き合っているわけでもないのに」
 コンラートの笑みが深まる。が、グウェンダルを見る瞳は恐ろしく冷ややかだ。いつか、王が『コンラッドの瞳には銀の星が散っていてきれい』と言っていたが、その双眸にある星のかけらは砕けてみえた。
 こんな嗤いかたをする弟をグウェンダルは知らない。ひゅっ、と息を飲む。
「しかし、このような行いをしていると、陛下に心配をかける。あいつはお前のことを心配しているだろう」
 おそらく、コンラートの噂は王の耳にも届いている。王は、実弟のこととなると驚くほど悟く、心を痛める。ふたりの間であった問題であったとして、コンラートに非があったとしても、それは変わらず日々、悲しんでいるに違いない。
 そもそも、おかしい。だれよりも陛下に忠実で敬愛しているはずの男がこのようなことを平気で口にできるはずがないのに。
 グウェンダルの思いを読みとったのか、コンラートは口を開いた。
「……俺の気持ちは変わらないよ。ユーリ陛下にこの命を、一生を捧げることは俺の本望だ。だけど、それとこれとは違うでしょう? 仕事と私情は違う。男ですし、ときには性欲を昇華させたくなる。酒を飲んだり、煙を吹かすのと同じ。娯楽が必要で、いまは女が欲しい。ただそれだけだよ」
「ならば、もっと足のつかぬようにすればいいだろう。わざわざ噂を生むような行動をみせるのは、誰かに構ってほしいからか? ユーリ陛下に構ってほしいのか?」
「憶測のはなしや、勝手な詮索は好かないな。……でも、よくわかった。今後は周囲に配慮した行動を心がけるよ」
「……」
 そういうことではない、とグウェンダルは喉元までせり上がった言葉を口内で噛み潰す。もちろん、はなしのきっかけとして、最近のコンラートの軽率な行動を題にはしたが、根本のところはその行動のきっかけを知りたかったからだ。コンラートはそれを理解しているうえではぐらかしていることは明らかだ。
 止まっていたコンラートの歩みが、再開し、すれ違う。
「でも不思議ですね。娼婦というものは、中で達してもなかなか子を授からない。俺の子なら欲しいと言っているわりには」
「コンラート!」
 卑しい物言いに思わず、グウェンダルは声を荒げた。その口にコンラートが人差し指を立てる。
「朝とは言っても、まだほとんどの者が寝ているというのに大きな声をあげるのはいけないよ、グウェンダル」
「お前が……っ!」
「おそらく、薬や中絶やそのほかにも子を授からないように配慮してあるからこそ、実りはしないんでしょうね。すみません、まだ夜の気分が抜けないようだ。部屋に戻ってからだを清めてくるよ。それでは、またあとで」
 二度めの謝罪の言葉も空っぽだった。
 コンラートはそれきり、グウェンダルのほうを振り向くことはせず、自室へと歩む。その背中にグウェンダルは声をかけた。無力な言葉を。
「……以後、気をつけろ」
「兄上は本当にお優しいかただ」
 もうすぐ朝日が昇る。グウェンダルは、その様子を窓から見つめて、嘆息した。握り拳であった手を開けば平手に濃い爪痕が残っている。

わかったのは、彼らの間になにか亀裂が生じていることだけ。しかしそれはすでに予測のついていたことだ。やはり、自分は無力な存在なのだと、暗闇に心地よく浸っている男の姿に思い知らされただけであった。
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